第22話 双流星

 甲板を蹴り、仲間に続いて飛翔する。

「よし……ッ!」

 まだ数秒も経っていないが、サハラは己の手足のように動く《アルヴァ》を頼もしく感じていた。

 やっぱり俺の相棒はコイツだ。

 そう確信しながら、振り返り次元のゲートと相対する。

 敵影は多くない。ざっと十いるかいないか。……しかし。

『来やがったな……!』

 シューマが息を飲む。

 次元のゲートの真下にいる天使群、そのほとんどの機体はイーナク基地でも戦闘した《エクスシア》だった。

 しかし。

 その中に一つ佇むのは、騎士の影。

 剣と盾を携え、四翼を広げる聖天機――《ヘルヴィム》の姿があった。

 ――ヴィゥゥゥン……!

 敵もこちらを認め、緑と銀の文様が一斉に閃く。無機的な敵意が灯り、こちらを覗きこむ。

『またアイツってことはないだろうな……』

 そう呟くシューマと同じく、サハラもまたあの戦闘を思い出していた。

 ウリエル。セイゴ隊を蹂躙し、《アルヴァ》の左腕を落とした天使。

 思い出して、サハラは自分の胸の奥がうっすらと熱くなるような感覚に陥る。その感覚からサハラはあることを確信していた。

「いや……アレはウリエルじゃない」

 漠然としたものだったが、それは確信だった。

 モニター越しに、《ヘルヴィム》を見てもそれは揺るがなかった。

 ウリエルと相対したときの込み上げるような感情は、この《ヘルヴィム》には感じなかった。

「……!」

 サハラは左腕に力をこめる。

 いける。

 敵がウリエルでないのなら、今の《アルヴァ》なら戦える。

 そんなサハラの耳にもう一つ、頼もしい声が届く。

『へぇ……面白いじゃない』

 もう一人のエース、ルディ。

 その声は力強かった。

『ルディ、相手は《ヘルヴィム》だ。ここは――』

『アタシの《デイゴーン》は』

 セイゴの声を遮って、ルディは続けた。

『アタシの《デイゴーン》は、《ヘルヴィム》にだって負けはしない。……アンタはどうなの』

 その言葉はセイゴでもなくシューマでもなく、自分自身に向いていることをサハラは感じ取る。

 不思議とその言葉には有無を言わさない、強さがあった。

 サハラはコックピットでニヤリと笑いながら構える。

「俺の《アルヴァスレイド》だって、負けねぇ」

『上等!』

 ルディが高らかに応じ、赤い《アルヴァ》の隣に青い《デイゴーン》が並び立つ。

「隊長。俺とルディで《ヘルヴィム》をやります。……《エクスシア》、頼めますか」

 刹那の空白の後、低く何かを決めた声が返ってくる。

『あぁ。シューマ、やれるな』

『前は任せたぞ、エースたち』

 エース二機の後ろに、黒い二機の《アステロード》が構えた。

 それを確認して、サハラは咆える。

「いくぞルディ!」

『遅れないでよ!』

 瞬間、《アルヴァ》と《デイゴーン》は弾丸の如く飛び出した。

 天使群の中央、《ヘルヴィム》目掛け加速していく。

 《エクスシア》が動く。《ヘルヴィム》の前に隊列を組み、壁を築く。

 サハラはチラリ、と隣の《デイゴーン》を見た。

 厳ついあぎとの双眸は、《ヘルヴィム》だけを真っ直ぐ見据えている。ブースターが更に燃え上がる。

 ルディがそのつもりなら!

 サハラは再び前を見据えると、更にペダルを踏みこんだ。《アルヴァ》のブースターもまた唸りを上げ、目前に《エクスシア》たちが迫る。

『邪魔ッ!』

「どけぇぇッ!」

 《アルヴァ》と《デイゴーン》がほぼ同時に剣を抜き放つ。サハラは盾を構え『甕』と化した《エクスシア》たち、その間隙を見据えた。

「うおぉッ!」

 狙い澄ました一撃。繰り出した剣は壁に突き刺さるように道を拓く。

 サハラが操縦桿を薙ぐ。《アルヴァ》のツインアイが閃き、剣が《エクスシア》たちの壁を切り開く。

 開けた空、モニターの向こう側に《ヘルヴィム》を捉える。サハラは再び、ペダルを踏みこんだ。《アルヴァ》が青い尾を引き壁を抜ける。

 隣には再びルディの《デイゴーン》が並んでいた。すぐ後ろには突破された《エクスシア》たちがこちらの背中を睨んでいるが、構わない。

『お前たちの相手はこちらだ』

『うちのエースたち邪魔すんなよ』

 声と共に、追撃の《エクスシア》を貫く弾丸。振り返らずとも、セイゴ機とシューマ機ならば信頼できた。

 白銀の騎士が眼前に迫る。

 《ヘルヴィム》は体の前にその剣を構えると、弾かれたように飛び上がった。白い翼が蒼穹に舞う。

「行かせるかッ!」

『もちろん!』

 《アルヴァ》と《デイゴーン》も飛ぶ。サハラの瞳が上空の《ヘルヴィム》を睨む。全力でペダルを踏みながら、隣を飛ぶ青い流星を強く感じる。

 《デイゴーン》、速い。

 並の堕天機を凌駕する《アルヴァ》や《ヘルヴィム》にも引けを取らない運動性能だった。そしてそれをいとも簡単に操ってしまうルディのセンスも。

 ……だが。

「俺の《アルヴァスレイド》はこんなもんじゃねぇ!」

 久々の愛機。久々の全力。そして申し分ない相手。

 サハラはそれらに沸騰する心のまま、身を乗り出して咆えた。踏み抜かんばかりにペダルを蹴り、《アルヴァ》が赤い流星になる。

『《アルヴァスレイド》……!』

「俺が先に行くッ!」

 サハラは更に加速すると、先を飛ぶ《ヘルヴィム》へ呪光砲を放つ。

 《ヘルヴィム》が身を翻す。前面を覆うようにその大きなシールドを構え、サハラの攻撃が防がれる。

 しかし、それで良かった。

 身を翻し、盾を構えるためには減速せざるを得ない。

「捕まえたッ!」

 その時には既にサハラは《ヘルヴィム》に追いつき、その足を《アルヴァ》が掴んでいた。

 ヴゥゥゥン!

 困惑したように銀の文様が光る。

「うおおぉッ!」

 サハラは雄叫びと共に、《ヘルヴィム》を高みから引きずり下ろす。《アルヴァ》の左腕が元のそれと同じく赤に染まる。《アルヴァ》は己が飛び上がると同時に、《ヘルヴィム》を下へ蹴り飛ばした。

「ルディ!」

『貰った!』

 そこには同じく空へ突き進むルディ。

 即座に盾を構える《ヘルヴィム》。《デイゴーン》はガバリと腕を広げると、その盾へ掴みかかった。

『まずはその大盾を頂く!』

 《デイゴーン》の両の掌が煌めく。次の瞬間、《ヘルヴィム》の盾は二門の呪光砲によって破壊されていた。

「接射!?」

『これなら確実、ってね!』

 驚くサハラに、ルディが調子よく笑った。

 盾を破壊された《ヘルヴィム》の剣が《デイゴーン》に迫る。

「させるかッ!」

 サハラはそれを睨むと、《アルヴァ》を二機の間に滑り込ませた。《アルヴァ》の腕部のシールドが、《デイゴーン》の頭部ギリギリでそれを受け止める。

 火花と金属音が散る。《アルヴァ》の腕が押し込まれそうになる。操縦桿を全力で押し込みながら、サハラはモニターの向こうの《ヘルヴィム》を睨んだ。

「パワーで《アルヴァ》が負けるかよ!」

 《ヘルヴィム》の文様が一瞬光る。無貌の騎士は翼を大きく広げると、また素早く飛び抜けた。向かった先は《エクスシア》と《アステロード》の戦線。

『追うよ!』

「当たり前だッ!」

 《デイゴーン》が先に飛び、《アルヴァ》もすぐ続く。

 青と黒の背を前に、サハラは自身の高揚を感じる。

 それほどに、ルディとの戦闘はいつもと違った。自分が自分以上に動けている感覚。ルディの纏う自信が、自分にも宿ったような感覚。

 そして同時にサハラは、眼前の《ヘルヴィム》をそれほど脅威と感じていなかった。

 流石にこの短期間で自分が以前弄ばれた相手と同等になった、と思っているわけではない。

 目の前の《ヘルヴィム》からはあの時――ウリエルの時に感じた『猛々しさ』のようなものを感じない。

「……いけるッ!」

 サハラはそう確信すると、ペダルを更に踏み込むと同時にトリガーを引いた。《アルヴァ》が小銃を抜き、その弾丸が《ヘルヴィム》の翼を追う。

 《ヘルヴィム》は再び振り返る。射撃を確認したように文様が光ったかと思うと、盾を失った左手を構えた。途端、障壁のようなものに弾丸が阻まれる。

「次元障か……!」

『これだから上級は!』

 ウリエル戦でも見た聖天機の防御兵装、次元障。

 サハラがどう突破するか、と考えた刹那にルディが吐き捨てる。

『サハラ、これ借りるから!』

 借りる?

 サハラがその意図を捉えられないでいると、コックピットが大きく揺れた。身を乗り出していたサハラはシートに強く背中を打つ。

「ってぇ……ッ!」

 呻きながら隣を見ると、《デイゴーン》の手には《アルヴァ》の剣が握られていた。

 勝手に抜いたってのかよ!?

 無茶なことを、とサハラが驚いていると《デイゴーン》が《アルヴァ》の剣を構える。

「ルディ?」

『そのまま飛んで!』

 スピードが緩んだサハラへ、ルディの声が届く。サハラはその意図は理解せずとも、その言葉を信じて《ヘルヴィム》の背中を追った。

『呪光砲でもアサルトライフルでもいい、ばら撒いてヤツを動かさないで』

「……応ッ!」

 まだ意図は理解できない。

 しかしやはり、その言葉には信じられる強さがあった。

「幸い《アルヴァ》に呪光砲の弾数制限は――ないッ!」

 再び加速しながら、サハラはトリガーを引き続ける。《アルヴァ》の両の掌が光を放ち、呪光が乱れ飛ぶ。

 ヴィゥゥゥン!

 《ヘルヴィム》の文様が閃く。無駄だと言わんばかりに次元障を展開し、呪光砲は届かない。呪光砲の嵐の中、《ヘルヴィム》が半球のように次元障を展開する。

 その時だった。

 《アルヴァ》の後ろを飛んでいた《デイゴーン》が急停止し、剣を肩上に構える。

 それはまるで、投槍兵の如き姿。アンゲロスが唸り、海獣の双眸が騎士を睨む。

『そこだァァッ!』

 ルディの咆哮。

 《デイゴーン》は唸りを上げると《アルヴァ》の剣を真っ直ぐに投げ飛ばした。掌を離れる瞬間、呪光砲が炸裂し剣は更に加速する。

『サハラ!』

「あぁッ!」

 ようやく、サハラにもその考えが読めた。

 サハラは猛然と突き飛ぶ剣と共に加速し、次元障を展開する《ヘルヴィム》に迫る。

 《ヘルヴィム》を目前にして剣が《アルヴァ》と並ぶ。サハラは無理矢理それを掴んだ。

 《アルヴァ》の腕が唸りを上げる。

 勢いは、殺さず――更に!

「おらぁッ!」

 サハラは操縦桿をぶん回して、剣を再び投げ飛ばした。《デイゴーン》のときと同じように、掌で呪光砲を爆裂させる。

 剣が《ヘルヴィム》に迫る。次元障を展開していた《ヘルヴィム》はそれをそのまま受け止めた。堕天機の刃が次元障に突き立てられる。

 そこへ。

「もう一撃ッ!」

 追いついた《アルヴァ》が剣を掴み、更に押し込んだ。次元障と剣が虹色の光を散らす。《アルヴァ》のブースターが咆え緑眼が煌めく。《ヘルヴィム》の文様が強く光り翼を広げる。真っ向から力がぶつかり合う。

「ぐおぉぉ……ッ!」

 歯を食いしばって、サハラは暴れ狂る操縦桿を押し込む。ペダルに全力で踏ん張る。シートから腰が浮き、全体重を掌にかける。

 再び《ヘルヴィム》の文様が光る。もう片方の腕、握られた剣が次元障の向こうの《アルヴァ》に迫る。

「……ッ!」

 無理だ。

 今の状態では反応出来ない……!

 完全に隙を突かれ、サハラは目を見開く。

 その切っ先が次元障をすり抜け、《アルヴァ》の胸へ――

『邪魔、すん、なァァッ!』

迫る直前、青い機影が尾を引き剣を押し止めた。

 《デイゴーン》、その両腕がギリギリのところで《ヘルヴィム》の剣先を掴む。火花が散り、その掌が削れるのが見えた。

 生まれたのはほんの数秒もない猶予。

 しかし、サハラにはそれで十分だった。

「いけええッ、《アルヴァスレイド》ッ!」

 サハラの金の瞳が再び敵を睨む。《ヘルヴィム》の広げた掌の文様が一瞬、点滅する。

 次の瞬間、次元障は《ヘルヴィム》の片腕と共に砕け散った。

「これでぇぇぇッ!」

 そのまま突き進んだ刃が、《ヘルヴィム》の胴体を貫く。銀の文様が激しく点滅して、その胴体が光に包まれ、爆ぜた。

『……サハラ、アンタやるじゃない』

 眼下に落ちていく再結晶したアンゲロスを見ながら、《デイゴーン》が《アルヴァ》に並んだ。

「《ヘルヴィム》を……!」

 シートに腰を落としながら、サハラは己の両手を見る。真っ赤になった両手だったが、この手から零れたものは、ない。

 モニターに大きく映る《デイゴーン》。

 星影ルディ。

 サハラはその存在を強く感じていた。

『さて、まだ終わってない。片づけるよ』

 見れば、遠くで《アステロード》二機が奮戦していた。少なくなったとは言え、まだ《エクスシア》の影も見える。

『《デイゴーン》の活動限界が近い。飛ばすよ』

 ルディの声に促され、サハラは再び操縦桿を握る。

「……あぁ」

 《アルヴァ》と《デイゴーン》は互いの目を見やると、もう一つの戦線へ飛んだ。



『バアルゼーヴェ及びエゴーレスは天使との戦闘に入った模様です。到着が遅れるかも知れません』

「分かりました、ご苦労様」

 白い廊下の中、ヘッドセットに入った通信に落ち着いた声で応じる女性。

 タブレットを抱え、何かを確認した彼女はふと窓の外に広がる海を眺める。

「会うのは……久しぶりになるんだったかな」

 自然と笑みが零れる。何を話そうか。いや、その前に『仕事』として話すとして……その後だ。

 少し思案していると、再びヘッドセットに通信が届く。先程とは別の声だ。

『東雲博士、取り急ぎ確認したいことが』

 その内容を聞きながら、彼女は微笑む。

 まぁ、何を話すかなんて会ってから考えればいいことだ。

「はい、わかりました。すぐに向かいます」

 彼女は通信にそう返すと、廊下の奥に消えた。

 ここはテノーラン基地。

 カトスキアの最重要拠点である。

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