第23話 黎明の子
「……!」
見えて来た。
白い巨大な建物。描かれたシンボルは『角を持つ獅子』。
その整然とした様は研究所のようであり、腕を広げ空を仰ぐ様は空港のようであり、そして海を臨む厳然たる様は要塞のようであった。
テノーラン基地。
その外観を、サハラは輸送艦バアルゼーヴェの甲板で眺めていた。
「アンタ、テノーランは初めてなの?」
そんな声をかけながら隣に立ったのはルディだった。
「いいや」
サハラはテノーランを見つめたまま首を横に振った。
「カトスキアに入る前……まだただのガキだった頃に、何度か来たことがある」
「あぁ、なるほど」
そりゃそうだ、とルディは納得した。
「じゃあ久々の親子水入らず?」
「水入らず、ねぇ……」
サハラは少し空を仰ぎながら、その姿を思い返した。
よく白衣を着ていた、その背中。
「……そんなガラじゃあねぇかもなぁ」
『こちらサターネ級三番艦バアルゼーヴェ――』
基地が近付き、艦が通信を始める。
もう入港も近いことを悟ると、サハラはテノーラン基地の外観をもう一度見て、ルディと共に船内に戻るのだった。
「遠路はるばるご苦労だった」
サハラたちの乗っていた輸送艦、そして護衛をしていた戦艦が入港し、補給が始まる。
堕天機も格納庫へと移される中、サハラたちセイゴ隊はテノーラン基地の高官に出迎えられていた。
「そして――久々だなセイゴ隊」
その高官というのが。
「なッ……!」
冷たく淡白な声。こちらを見下ろす長身。
「あ、あさ……!」
サハラの隣に立っていたアランが、わなわなと震えながら声を漏らす。しかしその先を忘れていたらしく、高官の男は一つ咳払いをするとアランの言葉を訂正した。
「朝霧マイト、だ。先日付けでこのテノーランへの配属となり、以後はセイゴ隊も管轄となる」
朝霧マイト!
サハラもアランと同じく驚いていた。
ユデック基地で別れた男が、まさかこれほど早く再開することになろうとは……!
「構わないな? 雪暗セイゴ」
「あぁ」
事務的でありながら有無を言わせぬ朝霧の言葉に、セイゴは頷く。
「見知った貴方であればこちらも動きやすい」
「それならば良い」
朝霧はそれで会話を切り上げると、今度は新顔であるルディを見た。
「……星影ルディか」
「あぁ。アタシがルディだ」
ぐっと胸を張ってみせるルディ。その挑発的な態度に、朝霧はいつもの如く突き刺すような視線を送る。
何か思ったマイトが口を開こうとしたとき、しかしそれを別の声が遮った。
「東雲博士をお連れしました」
そう朝霧に声を掛けたのは、彼の直属の部下らしき職員。そしてその傍らにいた女性が不敵な笑みを浮かべる。
「あら……これはなかなか、並べてみると面白いじゃない」
腰まである黒髪を一本に束ね、脇に抱えるのは最先端のタブレット。異様なまでに似合う白衣と、赤い伊達メガネ。
相変わらず化粧っ気の薄いその姿を、サハラが見間違うはずもなかった。
「知っているとは思うが……こちら、東雲アシェラ博士だ」
朝霧に紹介され、女性は一歩前へ出る。
「
アシェラがまた不敵に笑った――かと思うと、サハラは自分が首根っこを掴まれ引き寄せられていることに気付いた。
「この東雲サハラの母親です。以後よろしく」
「あのな――」
サハラが文句を言おうとすると、アシェラはその頭をむんずと掴んで無理矢理に礼をさせた。
「さて!」
アシェラはそれでサハラを離すと、セイゴ隊の面々をもう一度見る。
「雪暗さん、いつもサハラがお世話になってます」
「いえ」
挨拶をするアシェラと、簡単に応じるセイゴ。
サハラはそれを、掴まれた頭をさすりながら少し気恥ずかしいような感じで眺める。
シューマとアランにも似たように挨拶を交わすと、アシェラはルディにも向き直る。
「久しぶり、ルディ。調子は?」
「久しぶりアシェラ。アタシはいつでも万全。それより、サハラって面白いじゃない?」
「そう?」
二人してサハラを見る。サハラとしては見られても、といった具合だが。
「……お腹痛めて生んだ甲斐はあったと思うけど」
「エースパイロットに言われれば報われるわね」
アシェラはルディにそう笑うと、パンと手を打って切り替えた。
「さて。セイゴ隊は各自の部屋へ案内してもらっていいかしら、朝霧さん?」
「えぇ。元々そのつもりです」
朝霧に確認すると、アシェラは頷いて次の指示を飛ばす。
「ルディは自室に戻る前に一応リェスタに入ること。いい?」
「わかってる」
アシェラの指示で、ルディは基地の中へ歩き出す。朝霧に案内され、サハラもセイゴたちと共に行こうとするが――その襟を、またもやアシェラに掴まれた。
「ちょっとちょっと」
「なんだよ……」
アシェラはサハラと向き合った。
自分とあまり身長の変わらぬ高身長な母と並ぶことで、お互いの視線も並ぶ。
「おかえり、サハラ」
突然のアシェラの言葉に、サハラは少し唖然とした。
何を、家でもないのに……そう言おうと思ったが、久々に聞いたアシェラの言葉に、それも野暮かとサハラは頷いた。
「あぁ」
「よし!」
サハラの反応にアシェラは気をよくすると、早速歩き始めた。
「じゃあ早速だけど異天二号機……じゃなかった。《アルヴァスレイド》、見に行くわよ」
「これが……!」
テノーラン基地の、多くある格納庫――その一つ、第六格納庫に立つ《アルヴァ》を見上げて、アシェラは感嘆の声を漏らしていた。
「データではもちろん貰っていたけど、生で見ると迫力違うのね」
「観光客みたいなこと言うなよ……」
サハラも同じく、自分の愛機を見上げる。
その姿はすっかりウリエル戦を感じさせないものになっていた。左腕は外見からもすっかり馴染み、完全に《アルヴァ》のものになっている。
「おお、これはこれは」
「おや……」
そんな親子二人の姿に気付き、《アルヴァ》の管理をしていたゴロウとユードがこちらへ来る。
「サハラ、こちらが?」
「あぁ。母さん」
ゴロウはアシェラに会うのが初めてなのだろう、サハラにそれを確認すると、手袋を脱ぎタオルで手を拭くと、握手を求めた。
「残夜ゴロウと言います。いやぁ、まさかお会いできるとは」
「貴方がゴロウさん? いつも《アルヴァ》と息子がお世話になってます」
「いえいえ……」
握手に応じ、挨拶を交わすアシェラ。彼女はユードにも声を掛ける。
「久しぶりユード。早速だけど《アルヴァスレイド》のこと、聞かせて貰っても?」
「久しぶりです……博士。では早速ですが……呪光の波長なんですが、変化……というか波が……」
「安定していないということ? へぇ……」
専門的な話をしながら、《アルヴァ》の方へ歩いていく白衣の二人。サハラがその後姿を見送っていると、ゴロウが歩み寄ってくる。
「東雲アシェラ博士……なるほどなぁ」
「なんだよおっちゃん、気持ち悪いな……」
珍しくにやにやと笑うゴロウに、サハラは少し辟易する。
「いやぁ……カエルの親はカエルだな、と思ってな」
「どういうことだよそれ……」
不思議と褒められている気がしない。
そんなことを話していると、アシェラが駆けて戻ってくる。
「詳しくは後で見ることにするわ。さて、サハラ次に行くわよ!」
「次って……」
サハラが尋ねようとするが、アシェラはもう歩き始めていた。
「あぁもう……じゃあおっちゃん、後は頼んだ!」
「おーう!」
追い駆けていくサハラの後ろ姿を見送りながら、ゴロウはやはりカエルの親はカエルだと感じるのだった。
だだっ広いテノーラン基地。
その白く大きい廊下をしばらく進むと、アシェラは一つの部屋に入る。
サハラがそれを追って入ると、そこには見覚えのある機械があった。
「浄化カプセル……か」
輸送艦の一室で見た、《デイゴーン》パイロットのための浄化装置。同じようなカプセルが部屋には四つほど並んでいた。奥にある機械は前に見たそれより大仰で多いが……。
「ルディは?」
「先程浄化が終わったので、もう戻りました」
「そう、ありがとう」
アシェラは看護師のような制服の職員の一人に声を掛けながら、こちらに例の薄着を投げ渡す。
「サハラ、リェスタは使ったことあるんだっけ?」
「リェスタ……?」
聞き慣れない単語だ。……そう言えばルディにもそんなことを言っていた。これのことか?
「一応」
察したサハラが頷くと、アシェラは
「なら良し。入って」
と促した。サハラは部屋に数人いる看護師の目を少し感じながら着替えると、カプセルの扉を開けて入る。
「今回はちょっと長めに寝て貰うから」
扉を閉めようとしたところを、アシェラの手が防ぐ。
「長め?」
「浄化と一緒に体も調べるからねー。まぁ、あんた寝るのは得意だし大丈夫でしょ?」
「……まぁな」
アシェラの言葉に、よく叩き起こされたことを思い出しながらサハラは扉を閉める。
『じゃあ始めるけど、準備はいい?』
「あぁ、いつでも」
カプセルの中に聞こえたアシェラの声に、サハラは静かに応じる。
静かな駆動音が耳に届いたかと思うと、体が軽くなる感覚に陥る。心地いい浮遊感。自然と体から力が抜けて――そのまま意識も落ちた。
――君は、この私を心配してくれるのか?
どこかで見たことのある光景。
そこにいるのは……そうだ、黒い翼の男。
金色の目をした、傷だらけの男。
――やはり私の思った通りだ。彼らは蹂躙されるべき相手ではない。
――これが私の最期の力だ……君に託そう。
――この黒い翼を。この私の……想いを。
あぁ、いつもここで終わる。
この熱いものが胸に沈むところで……
――来たか、黎明の子。
!?
「――……ハラ。終わったわよ、サハラ」
懐かしい声に呼び戻され、サハラは自分が浄化カプセルの中にいることを思い出した。
しかし以前使ったときと違うのは、全身が燃えるように熱いことだった。汗はかいていないし、どこかに痛みを感じる訳でもないが体に熱を感じていた。
「大丈夫?」
「あぁ……大丈夫」
カプセルから出て、近くのベンチに腰を下ろしながらサハラは先程まで見たものを思い出す。
途中までは……途中までは、いつか見たあの『黒い翼の男』の夢だった。
……でも最後の声だけは、全く聞き覚えのない無機質な声だった。しかも、耳元で囁かれたような近さを持っていた。
「途中から波長が乱れている……いや、何かに同調しようとしている……? ……やはり……」
機械の方では、アシェラがデータを見ながら唸っていた。彼女はしばらく頭を抱えると、何かを決意したように部屋を出ようとする。
「サハラ、着替えておいて」
「ん? あ、あぁ」
そのいつになく強い言葉に、サハラは取り敢えず応じるのだった。
数十分後。
「お待たせ、さぁ行くわよ」
そこには、いつになく真剣な表情をしたアシェラの姿があった。
とうの昔に着替え終えていたサハラはその様子に少し気圧されながらも、共に部屋を出る。
「ふむ、その様子だと体調は悪くないようだね?」
「デオン!」
ドアの向こうには、待っていたようにデオンも立っていた。その表情を見るに、これからの『何か』を知っている様子だ。
「では行きましょう、春雷博士」
「もちろん」
二人は顔を見合わせるとどこかへと歩き始めた。エレベーターで下へ降りると、また階段へ下へと降りる。
サハラはその真剣な表情の二人を追っていく。
「しかし東雲博士、さすがに早計なのでは?」
「……いえ、いずれ見せねばならないのなら早い方がいいかと」
二人はそう話しながらもずんずんと突き進んでいく。下へ、下へ、下っていく。
廊下の白い壁はどんどん真新しく、しかし黒くなっていく。
「……東雲サハラ、いいかい?」
どれほど下ったかもわからない頃。
真っ白い、しかし赤い進入禁止のマークのある扉の前でデオンは語り出した。アシェラは真剣な顔で何かパスコードを打ち込んでいる。
「キミがこれから目にするのは、カトスキアの最重要機密の一つだ。あぁ、だがキミはこれから度々ここに来ることになるだろう。……くれぐれも他言無用でな」
重い音を響かせながら扉が開くと、そこは異様なまでに白一色の空間が広がっていた。
ここはまだエントランスなのだろうか、もう一つ奥にある扉の横に機械のような警備員が二人立っている。
アシェラとデオンに導かれて、サハラもまたその空間に足を踏み入れる――と。
――来たか、黎明の子。
「ッ!?」
あの声……!
どこからか聞こえた声に、サハラは思わず身を固くする。
「どうした?」
「いや、今声が……!」
デオンにサハラがそう答えると、アシェラが頷く。
「えぇ、私たちは今からその声に会いに行くの」
「この、声に……」
アシェラが扉に向かうと、電子音声が聞こえてくる。
『声紋認証開始。認証コードをどうぞ』
「コード:エノク」
『……東雲アシェラ、承認』
電子音声が応じると、扉の中央にあった赤い光が緑に変わる。
アシェラが扉を開けると、その先には下へ続く坂になった通路があった。
「……行って。見て」
母の声に、そう促されて――サハラは、通路を進み始めた。
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