第18話 知っている男

 仕切り直し。

 サハラはそう言い放ったが――しかして事態はそう劇的には動かなかった。

 何故か?

 それは、相手が《エクスシア》だったからに他ならない。

「こ……のォッ!」

 《アルヴァ》を駆り、一機の《エクスシア》の背後に迫るサハラ。剣で突くが、間に別の《エクスシア》が割り込むことでその攻撃は防がれる。

「またそれだッ!」

 吐き捨てながら、《エクスシア》の腕を蹴り飛ばして離脱する。しかし《エクスシア》たちの包囲からは逃げられていなかった。

 《アルヴァ》を囲むようにぐるぐると回る《エクスシア》。

 硬直状態。

「妙な陣形だと思ってたけど……こういうことかよ」

 じりじりした緊張に煽られながら、サハラはその緑色の輪を睨んでいた。

 腕に付いた盾のせいで、《エクスシア》への前方からの攻撃は通りにくい。

 それならば、と背後に回るが――それを他の《エクスシア》がカバーするのだった。

 だからこその、この陣形。

 ヴィゥゥン……!

 煽るようにも見えるその鈍い文様の煌めきに、サハラはイライラがつのる。

「万全の《アルヴァ》だったら……!」

 先のウリエル戦で消耗してから、ゴロウの言う通り『応急手当』的な処置しかしていない《アルヴァ》では自慢のパワーも機動力も今一つだった。

『サハラ!』

 どうしたものか、とサハラが考えているとシューマの《アステロード》がこちらへ飛んできていた。周りの《エンジェ》を片付けたのだろう。後方では残りの《エンジェ》をセイゴが相手取っていた。

 それを尻目に確認したサハラは

「何機が引きつけてくれ!」

とだけ伝えると、ペダルを踏みこんだ。《アルヴァ》の緑眼が閃き、赤い機体が飛翔する。

『了解だ、こっちだ丸いの!』

 サハラの作戦に乗ったシューマ機が、アサルトライフルを叩き込み、数機の《エクスシア》の足を止める。

 他の《エクスシア》は《アルヴァ》を追って飛び上がり、ここでその輪のような陣形が乱れる。

「いまだッ!」

 サハラはそれを全天周モニターの足元で確認すると、ぐるりと機体を反転させた。風景がひっくり返り、《アルヴァ》が追ってくる《エクスシア》を睨む。

「らぁぁッ!」

 雄叫びを上げると、急降下すると共に、右掌の呪光砲を撃ち放った。《エクスシア》たちに矢の如き光が降り注ぐ。

 ヴィゥゥゥン……!

 一斉に光る緑の文様。《エクスシア》たちは胸の前に両腕の盾を構えた。盾が蓋のように収まった姿は、完全な防御姿勢である。

「それがどうしたァッ!」

 咆えるサハラ。重力をも借りて加速しつつ、更に呪光砲を降らせる。盾で受ける《エクスシア》。攻撃を受けた瞬間、盾のような前腕は淡く光を宿したようにサハラには見えた。

 それに微かに違和感を覚えた――が、サハラは突っ込んだ。

「ここだッ!」

 ギリギリまでその白い壁のような陣形に近付くと、勢いのまま右の操縦桿を引いた。呼応した《アルヴァ》が腰の剣を抜き放つ。狙いは、防御形態になった《エクスシア》。

「たぁぁぁッ!」

 振り抜かれた剣は真一文字、《エクスシア》を背中から切り捨てた。緑色の文様が鈍く点滅した直後、虹色の光と共に爆裂する。

「まずはこれで、一機!」

 アンゲロスの煌めきの中、周囲を睨む隻腕の《アルヴァ》。周りの《エクスシア》はというと、防御形態を解き陣形を戻しつつあった。

「さて……!」

 次はどう出たものか。そう考えたサハラの耳に、セイゴからの通信が届いた。

『こちらセイゴ機、活動限界が近い。シューマ機もだ。後退する』

 それは今戦線にいる全員への報告だったらしい。サハラはコックピットから下がりつつある二機が見えた。

 そしてシューマ機が引きつけていた《エクスシア》数機が戻ってきて、その陣形がまた整う。

『サハラ、そっちは!』

 アランの通信。

 サハラは己を囲む《エクスシア》を見ながら苦々しく応えた。

「拮抗してる……全部やるには時間かかるぞ」

 セイゴ隊の《アステロード》は元々活動時間の余裕がなかったとは言え、護衛の《アステロード》もじきに下がる。そうなれば、この数を《アルヴァ》一機で対処するのは難しかった。

「さぁて、どうするかな……!」

 取り敢えず動くか。

 サハラがそう思って操縦桿を握り締めたその時。

 サハラを囲んでいた《エクスシア》、その一部が次々と撃ち抜かれる。

「!?」

 サハラがその弾丸の飛んできた方を見ると――

『こちらイーナク基地第一小隊。待たせた!』

 そこには天使たちの数をゆうに超える堕天機が飛来していた。

「イーナクからの援軍か!」

 そう言えば『もう近い』と言っていた。なるほど、それでイーナク基地から迎えに来てくれたらしい。

『バアルゼーヴェの機体は艦に戻れ、後は我々が引き受ける!』

 そう通信が聞こえたかと思うと、多くの堕天機が突入してきた。《エンジェ》や《エクスシア》が気圧され後退する。

「助かる!」

 サハラは短く礼を言うと、護衛の《アステロード》たちと共に甲板に降り立った。天使を押し返す援軍を頼もしく思いながら、格納庫へ《アルヴァ》を戻す。

「……ふぅ」

 一息ついて、サハラはシートの足元に転がっているヘルメットを見つけた。

「あー……」

 外して戦ったこと知れたらマズいよなぁ。

 拾い上げながらサハラはそんなことを考える。

「……でもなんともなかったし、大丈夫だろ」

 楽観的にそう呟くと、サハラはヘルメットを抱えてコックピットを出るのだった。



 間もなくして、輸送艦はイーナク基地に入った。

 湾を囲む三日月のような陸地に、海を臨んで建てられたそれは元いたユデックより少し小さい基地だった。

 山を背にして、街は小さいものが見える。ユデックの田舎版か、というのがサハラの抱いた印象だった。

「遠路御苦労」

 輸送艦バアルゼーヴェから降りた一行を迎えたのは、この基地の高官らしい人物だった。

「先ほどの天使は我が基地の部隊が――」

 そこからの話は、サハラにとって半分程度しか聞こえていなかった。それよりも遥かに気になるものがあったからだ。

 それはその高官の後ろにいた、白衣の老人である。腰が曲がっているほどではなく、背丈はサハラより少し程度。

 なにより目を引くのは髪と同じく真っ白なその髭。東国に聞こえた昔の武人……とまではいかずとも、立派なそれだった。丸眼鏡、ほりの深い顔と相まって、とても威厳ある感じだ。

 そして何故その老人が気になっていたかと言うと、その威厳ある彼が好奇の目でこちらを見つめていたからだ。話し掛けたくてうずうずしている転校生のそれのようである。

 なんだあの人……。

 サハラがそう考えていると、話していた高官がその老人を指示した。

「――紹介しよう、こちらが春雷デオン博士だ」

 春雷デオン。確か俺たちが迎えに来た人物のはずだ……サハラが思い出していると、デオンは頭を下げて挨拶をする。

「ご紹介に預かった、春雷シュンライ デオンという。天使や呪光、次元のゲートの研究をしているのだが――」

 落ち着いた声でデオンはそこまで述べた……と思うと、がしりとサハラの肩を掴んだ。

「!?」

 突然のことにサハラも反応出来ない。デオンは構わず、その丸眼鏡でサハラの黒い瞳を覗きこんだ。

「君が! 君が東雲サハラか!」

「あ、あぁ……」

 好奇の目と思った以上の勢いで迫られ、サハラも困惑する。どこでスイッチが入ったのか、という謎のテンション。デオンは楽しそうに早口でまくし立てる。

「そうかそうか! 君の母上の功績は素晴らしいものだ! 東雲アシェラ、まさかあの年であれだけの研究者とは! そして東雲サハラ! 君自身も、あぁ、傑物だよ間違いなく! 異天機二号……あぁ、確か《アルヴァスレイド》と呼んでいるのだったか? 素晴らしい! あんな対象を見たのは久々だ! 君自身には何も影響はないのかね? 虹彩反応は……ないな。よしそれなら――」

「……博士」

 高官、大きめの咳払い。

 デオンはそれで我に返ったらしく、同じように咳払いをすると短く「……以後、よろしく頼む」と付け加えた。ばつが悪そうに見えるが、しかしその口元が楽しみを堪え切れていない。

 ……また厄介な大人が増えたな。

 母の名前を出されたこともあり、少し疲れたサハラの感想はそれだった。

 仕切り直した高官は、最後にこれからを手早く説明した。

「バアルゼーヴェには補給を受けてもらう。そしてセイゴ隊の堕天機だが、《アステロード》二機と《アルヴァスレイド》はそれぞれ修理のためにこちらで回収させてもらう。構わないな?」

「あぁ。頼む」

 高官の確認に、セイゴが短く頷いた。

 高官はそれを満足げに認めると、後の手続きをしに艦長たちと共に歩いていった。

「……さて」

 パン、と手を叩いたのはデオン。

「東雲サハラ。君には少し、聞いてもらいたい話がある。お時間いいかな?」



「先ほども話したが、私は研究者だ」

 そう言いながら歩き出したデオンの後を、サハラはついていく。シューマとセイゴ、アランはそれぞれ自機やイーナク基地の管制室へと赴いていた。

「天使の扱う呪光の研究が主だ。天使と言っても、君たちの言う兵器としての天使、ではない。アレは正式には聖天機と言う。アレに乗っている人型の生命体を私たちは天使と呼ぶのだよ」

「……」

「聖天機はむしろ君の母、東雲アシェラ博士の専門だ。彼女は技術職でもあるようだがね。おぉっと、釈迦に説法だったか」

 長々と続くデオンの話を少しうっとおしく思ったサハラは、面倒くさげに切り出した。

「なぁ、えぇっと……」

「博士で構わんよ」

 なんと呼んだものか一瞬迷ったサハラへ、デオンが助け船を出す。

「博士、俺も《アルヴァ》の様子を……」

「そのために、だよ」

 ピンと人差し指を立てるデオン。

「もちろん、端的に私が君へ興味があるというのもだが……君があの機体に乗るために必要な話をしよう、と言っているのだ」

 我々はアレを異天機二号と呼んでいるがね、と付け加えるデオン。サハラはその妙な説得力を信じて、話を聞くことにした。

 デオンはそれを確認すると話を切り出す。

「君は、堕天機が人型をしている理由を知っているかな?」

 士官学校時代に聞いたような問いだ。そう言えば「春雷デオン」、どこかで聞いたと思えば士官学校の授業か。

 サハラはそんなことを思い出しながら首を振った。

「いいや。聞いた覚えはあるけど」

「だろうな」

 デオンは少し馬鹿にしたような、しかし真摯な口調で続けた。

「その理由は戦場には不要だからね。あくまでこちら側の話だ。……さてその理由だが、それは間違いなく『聖天機が人型であるから』に他ならない」

 多少の異論は起こるかも知れないがね、とデオンは笑う。

 聖天機。デオンの話によれば《エンジェ》や《アルケン》といった天使を模した機体――その総称。

 向こうから歩いてきたカトスキアの職員の一団を避けながら、デオンは続ける。

「人類史上最初の堕天機、《アズゼアル》は鹵獲した聖天機を素体にしていた。当時はまだアンゲロスのみの使用ではなかったからね……いわば聖天機に《アズゼアル》というガワを被せた状態だ」

 歩きながらもつらつらと並べ立てるデオン。サハラはそれを頭の中で思い浮かべながら聞いていた。

「そして少数生産の二号機である《メイオッド》は《アズゼアル》の戦闘データを基に作られた。ならば形が同じになるというのも頷けよう」

 もちろん、プロパガンダ的要素もあるだろう。デオンがそう付け加えたところで、サハラが訊く。

「その、《アズゼアル》の戦闘データってのは……」

「あぁ」

 デオンは頷いた。

「当然、『アズゼアルの昇天』の時のものだ。何せ他の実践データは存在しないからね」

 その言葉を聞いて、サハラが黙り込む。その神妙な面持ちに、デオンはひとつ確信した。

「……ふむ。君があの場にいたという噂は本当だったか」

「?」

 サハラが顔を上げるとデオンは、

「なに、学会の休憩時間で暇つぶし程度に囁かれる程度のものだ」

と笑った。

「……しかしそうなると、君は異天機一号――天使化した《アズゼアル》を見てなお、異天機二号アルヴァスレイドに乗っているのか」

 その問いのような呟きに、サハラは頷いた。

「……あぁ。それでも――」

 続けようとしたサハラの口を、デオンの人差し指が塞ぐ。

「皆まで言わずともいい。その決意は君の瞳を見ていればわかることだ」

 デオンは微笑むと、また真剣な表情に戻って続けた。

「ではここからが私の専門の話だが」

 再びピンと人差し指を立てると、語り出す。

「アズゼアルの昇天で起こり、そして今君自身の身にも起きている、使、説明しよう」

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