第12話 エース

  通路を走る。

 サハラの足取りはいつもよりも確かで、そして強かった。

 しかしサハラは同時に、基地内もまたいつもとは違う様相であることを感じていた。

「なんか、騒がしいな……」

 決してスピードを緩めることはないが、そう口に出した途端、まるで地震のような揺れに襲われた。

「うぉっ!?」

 転びそうになるのを必死に踏ん張る。周りの職員も騒然となる。するといつもの天使の襲来を告げる警報とは別の警報が鳴り響いた。

 ビーッ! ビーッ!

 アナウンスはなく、ただただ鳴り響く警報が不安を掻き立てる。するとサハラの耳に、近くの職員の声が届いた。

「おい、どうやら例の中級天使が基地を直接襲撃してるらしいぞ!」

 その台詞に、サハラはあの冷たい声を思い出した。同時に、弾かれたように走り出す。

 俺が、アイツを倒す――!



 パイロットスーツを着込み、《アルヴァスレイド》のコックピットで機体を起動させる。即座にアランの通信が入る。

『細かい指示は抜きだ!』

 その声から切迫した状況が伝わってくる。

『例のサドキエル及びハシウマルが基地を攻撃中。隊長とシューマはもう出撃してる! サハラもすぐに出てくれ!』

「わかった!」

 発進の為に、揺れ動く基地の中を慎重に機体を動かす。土埃の中を、悠然と進む《アルヴァスレイド》。

 カタパルトに至ると、サハラは手元で素早く操作し、発進までのシークエンスを緊急用でこなしていく。

『――発進シークエンス、三から七まで省略。進路クリア――』

 カタパルトが開き、先の空が見える。上がる煙。散る火花。飛び交う機体。サハラは顎を引いて、その先を睨んだ。

『――サハラ』

 発進シークエンスを早口に終えたアランが、一言だけ告げる。

『ぶっ飛ばしてこい!』

「おうッ!」

 サハラは力強く応じた。《アルヴァスレイド》の両眼が輝く。

『――では、発進どうぞ!』

「東雲サハラ、《アルヴァスレイド》出る!」

 弾き出される《アルヴァ》。強力なGがサハラを後ろへ押し戻そうとする。しかしサハラはそれすら振り切って、戦場の空へ躍り出た。

 視界が赤と灰色で染まる。

 基地からもうもうと踊る黒煙。弾ける炎。乱れ飛ぶ黒い堕天機と白い天使。戦闘による爆炎とアンゲロスの輝きが視界の端々で炸裂していた。

 そしてその視界の中央で、サハラは二つの影を捉える。

『――現れたぞ』

『――全くだ』

 黒煙の向こうで、赤と青の文様が浮かび上がる。有翼の並び立つ影。

 またも見下ろす形で、《ヴァーティス》と《ドミニア》はそこにいた。

『――獣を追うには巣穴を突くに限る』

「やっぱり目的は俺か……!」

 頭の中で響く、サドキエルの声。不快感と怒りでサハラの目が猛禽類のように鋭くなる。

『《ヴァーティス》は任せろ』

『あぁ、お前は《ドミニア》だけに集中しろ』

 二機と対峙する《アルヴァ》の傍らへ、シューマとセイゴの 《アステロード》がやってくる。

『バックアップは任せろ!』

 そしてその通信に乗っかるように、アラン。

 俺は一人で戦う訳じゃない。

 サハラはそれを強く感じて、仲間を頼もしく思った。

 改めて、二機の天使を睨む。グリップを握り締め、心を決める。

「いくぞッ!」

 瞬間、《アルヴァ》のブースターが火を噴いた。

 流星のように飛ぶ。目標は――《ドミニア》。

「まずはお前をぉぉッ!」

 剣を抜き放ち、突きの構えで突撃する。迫る《アルヴァ》。ハシウマルは先日の戦いのように、双剣を交差に構えた。

『――見え透いた真似を』

 三振りの剣が激突する。弾ける火花。しかしサハラはスピードを緩めない。《ドミニア》が流麗な動きで剣を逸らそうとする、が。

「させるかッ!」

 サハラが叫ぶ。双剣を流そうとした《ドミニア》の左腕を、《アルヴァ》のもう片腕がガッシリと掴んだ。

『――何』

 ハシウマルが一瞬呆気にとられる。サハラはそれを見逃さなかった。雄叫びと共に、ペダルを全力で踏み込む。

「ぶっ飛べぇぇぇッ!」

 《アルヴァ》の瞳が閃く。《ドミニア》を掴んだまま、全速力で天空へ。引き上げられる《ドミニア》。

「おらぁッ!」

 それを慣性のままに投げ飛ばすと、《ドミニア》の構えっぱなしの腕を蹴っ飛ばした。

『――……!』

 蹴り飛ばされた《ドミニア》が仕切り直しだと言わんばかりに態勢を立て直す。再び剣を構えた。

 その様子をサハラは熱い息を吐きながら、見据える。

「一対一……二度は、負けねぇ……!」



『――其処そこか』

 天空へ飛び去った《アルヴァスレイド》へ、残されたサドキエルの《ヴァーティス》が長大な呪光砲を構える。

 しかし、セイゴ隊の二人も動いていた。

『邪魔をさせるか!』

 狙いをつける砲身をシューマ機が撃つ。察知した《ヴァーティス》が《ドミニア》を追うように、上空へ避ける。追うシューマ機。

 シューマ機が次弾を撃つより先に、上空の《ヴァーティス》が砲を構えた。真っ直ぐに狙う、赤い堕天機。

 しかし次の瞬間、横から飛んだセイゴ機の拳が《ヴァーティス》の頭部を殴り飛ばした。

 完全に予想外の攻撃だったのか、ギギギと音を立てるようにゆっくりとセイゴ機を振り返る《ヴァーティス》。

 そんな《ヴァーティス》へ、コックピットの中でニヤリと笑うセイゴ。

『ようやく俺たちが見えたか、赤いの』

『――雑魚が……!』

 セイゴは頭の中で響く耳障りな声に、初めて怒気のようなものを感じる。……これで、サハラは一対一になる。

 《ヴァーティス》の砲の照準が、《アルヴァスレイド》から《アステロード》へ変わる。

『――邪魔な塵から片付けてくれる』



『隊長とシューマが《ヴァーティス》を引き付けた!』

 アランからの通信でサハラは後方の状況を知る。

 しかしその間も、《ドミニア》との攻防は続いていた。

 互いに接近と離脱を短く繰り返し、剣戟で火花を散らす。

 拮抗した戦闘に少しの焦りを感じながら、サハラはシューマから話された作戦を思い返していた。


 《ヴァーティス》と《ドミニア》を、それぞれが請け負う。ただそれだけのものだったが、それはシューマとセイゴにとってはある意味賭けだった。

 二機とは言え、中級の天使である《ヴァーティス》に《アステロード》が勝てるのか。場合によっては、撃墜される可能性があった。

「だから、この戦いはお前に懸かってる」

 シューマはそう、サハラに告げた。

「お前がハシウマルの《ドミニア》を如何に早く撃破できるかだ」

 サハラは俯いた。先程の戦いで敗れた、俺に出来るのだろうかと。シューマはそんなサハラの肩に手を置いた。

「お前と《アルヴァスレイド》ならやれる。お前はこの隊のエース、なんだろ?」


「そうだ、俺はセイゴ隊のエース……!」

 言い聞かせるように、呟く。

 何度目かの《ドミニア》の剣戟が迫る。《アルヴァ》はそれを後ろに退くことで躱した。追う二太刀目。これは実体剣で捌く。

「どこか、どこかにきっとチャンスが……!」

 集中力を尖らせて、どこかにある決着のチャンスを探す。《ドミニア》の一つ一つの動きに目を光らせる。

 その最中さなか、ふっと不快感に襲われる。嫌に響く声。セイゴとシューマが相手取ったサドキエルだった。

『――ハシウマル』

『――狩りか』

『――来い』

 どこかちぐはぐな会話をすると、ふっと《ドミニア》の攻撃が止む。

 サドキエルの救援に行くつもりか! 

 《ドミニア》はサハラの予想に準ずるように、急降下した。

 させるか――そう思うと同時に、目を光らせていたサハラは直感する。ここが、チャンス!

「逃がすかァッ!」

 剣では届かない。そう感じたサハラは自身も急降下すると同時に、右足で《ドミニア》の頭部を蹴り飛ばした。

『――!』

 衝撃に揺れる《ドミニア》。なお逃げようとする青い文様へ、今度は銃を抜き放つ。

「《アルヴァ》と俺から逃げられると思うな!」

 背中を追う形で、弾丸を叩き込む。背中越しに躱す《ドミニア》。しかし一発が左足に命中し、再び態勢を崩した。

『――成り損ないが』

 ぐるり、と振り返る《ドミニア》。再び双剣を構える。

 その瞬間、フッとサハラをあの静かな興奮が包んだ。

 ……いける。

『――ッ!』

 急加速し、突っ込んでくる《ドミニア》。サハラは軽く下がると、そこへアサルトライフルを投げた。

 双剣がライフルを貫いた。残弾が炸裂する。《ドミニア》の眼前を爆炎が包む。

 その爆炎の向こう側を、サハラの金の瞳が睨んだ。

「ここだぁぁぁッ!」

 爆炎へ突っ込む。サハラが全力で操縦桿を押し込み、《アルヴァ》が手を突き出す。

『――貴様……!』

 その手は、《ドミニア》の青い文様が走る、その胴へ開かれていた。掌――《アルヴァ》の呪光砲が光を宿す。

『――人間、風情が……!』

「散れぇッ!」

 トリガーを引き、呪光砲が《ドミニア》を穿った。

 ヴウン、と電源が落ちたように全身の青い文様が消える。そして次の瞬間、虹色の光と共に機体は砕け散った。


 サハラはフッと、息を吐いた。

 まずは一機撃破。そう、まだ片割れを撃破したに過ぎない。

 サハラは気持ちを新たにすると、《ヴァーティス》を探した。

『――想定外だ、これは』

 そう一人呟くサドキエルは、上空にて次元の穴(ゲート)を開いていた。

『逃げる気か……』

 先程まで《ヴァーティス》と戦闘していたシューマ機、セイゴ機が《アルヴァ》の隣に並ぶ。

 そのとき、サハラの脳裏でマオの声が蘇った。

『仇を討って』

 途端に、サハラの中で熱い何かが巻き起こる。怒りだ。サハラは例の静かな興奮とは別の、真っ赤な怒りを己の中に感じた。

 そしてそれを自覚した瞬間、サハラはブースターを全開にしていた。

「逃がすかあああああああッ!」

 獣のように叫びながら、飛ぶ。その怒りに呼応したように、《アルヴァ》は瞬く間に《ヴァーティス》へ突っ込んだ。

『――無翼如き、が』

「落ちろぉッ!」

 《ヴァーティス》が砲を構える。しかし既に《アルヴァ》は懐に潜り込んでいた。《アルヴァ》の右手が、その乳白色の頭部を掴む。

「おおおおおおおおッ!」

 サハラの雄叫びで、《アルヴァ》が真下へ飛んだ。ブースターが燃え尽きんばかりの勢いで落ちる。地面目前というところで、サハラは《ヴァーティス》をそこへ叩き付けた。コンクリートが砕け、《ヴァーティス》の一部が衝撃に歪む。

「マオの仇はッ! 俺がッ!」

 サハラの眼が燃える。《アルヴァ》は《ヴァーティス》の長大な砲を掴んだ。

「討つッ!」

 言い放つと同時に、サハラは《ヴァーティス》の腕ごとそれを引きちぎった。轟音と共に火花が散る。

 天使に扱えて、《アルヴァスレイド》に扱えない道理はない。

 サハラはどこかでそう確信すると、倒れた《ヴァーティス》へ、砲を構える。

『――其の機体の何処に、翼が』

 サドキエルの声。しかしサハラにはその不快感も今は感じられなかった。砲に刻まれた文様が、《ヴァーティス》の赤いそれから黒い文様へと変わる。

「俺は東雲サハラ」

 サハラは誰に言うでもなく、否、全てに言い放った。

「俺はエース、東雲サハラだッ!」

 ――閃光。



「マオ!」

「サハラ!」

 ハシウマル、サドキエル。

 二人の天使を葬ったサハラは、帰投したその足でマオの病室へ向かった。

 病室もまた、襲撃によって散々な状態だった。カーテンは落ち、花瓶は倒れ、誰も寝ていなかったベッドは足が折れていた。

 サハラはマオの無事を確認すると、駆け寄る。

「サハラ、大丈夫だった?」

 人の心配を先にするマオへ、しっかりと頷く。サハラはマオの右手を取った。

「仇は、討った」

 その短い言葉に、マオはハッとする。

 そして寂しいような、嬉しいような、悲しいような笑顔を浮かべた。

「ありがとう」

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