第7話 意地

 マオが追いかけてくるのを感じながらも、サハラは振り返らずに駆け抜ける。

 今、自分に出来ることじゃない。

 今、自分がやらなきゃいけないことが、サハラの中には確かにあった。

「禁止命令なんて聞いてられるかよ……!」

 その言葉の裏の思いは、部屋でくすぶっていたそれとは違うのもだった。

 そうしてサハラが辿り着いたのは、格納庫だった。

 出撃準備のために、多くのカトスキア職員が走り回っている中を、サハラも駆け抜ける。

 そうして二人が辿り着いたのは、セイゴ隊の《アステロード》が置いてある区画だった。

 しかし、そこには。

「お前――東雲サハラ」

 セイゴ隊のメンバーではなく、サハラに出撃禁止を命じた例の上官の男がいた。

 サハラが足を止めると、男はつかつかと怒りを露わに詰め寄ってくる。

「お前には出撃禁止命令を出したはずだが」

「それは……わかってます」

 俯いたサハラは、しかし顔を上げ、男の目を睨んだ。

「でも俺は――戦うしか、俺にはないんです」

 そのまっすぐさに男は一瞬たじろぐ。だが彼はサハラの右腕を掴み上げると、彼を格納庫から追い出そうとした。

「駄目だ。まだアンノウンとお前自身への判断が下されていない。命令違反なら出撃禁止では済まないかもしれんぞ」

「それでも……!」

 サハラは焦りを感じていた。

 基地の中で感じた疎外感。セイゴから貰った言葉。マオから貰った言葉。そしてこのタイミングの、天使襲来。

 ここで動かなきゃ何かが手遅れになる。サハラは直感的に、そう確信していた。

 しかし無慈悲に、男はサハラを連れ戻そうとする――その時だった。

「サハラ、お前……!」

 サハラの後ろから訊き慣れた声が呼ぶ。

 振り返ると、そこにいたのはパイロットスーツに着替えたシューマだった。その隣にはセイゴ、後ろにはマオもいる。

 セイゴはサハラの姿を確認すると、シューマの一歩前に出て、問いかけた。

「サハラ、お前は出撃禁止だろう」

 あくまでも厳しい口調のセイゴに、サハラは正面から言い返す。

「俺も――俺も、出してください」

 サハラとセイゴは睨みあっていた。

「次は処分保留じゃあ済まないかもしれんぞ」

「覚悟の上です」

 正面からぶつかり合う二人。

 しかしサハラもまた、退く気はなかった。

 ここで、アイツに乗ってもう一度戦う。戦えることを、俺がこの力を使えることを、証明する。

 サハラが決めた『活かし方』『変わり方』は、これだった。

 もちろん、通らない可能性の方が高い。でも、これしかサハラにはなかった。

 二人が正面から睨みあう中、その腕を掴む男は、もう一度サハラに告げる。

「東雲サハラ、お前の出撃は認められてないと言ったはずだ。戻れ」

 男は引き戻そうとするが……それを、セイゴが遮った。

「……何をする、雪暗セイゴ」

「待て。今は隊長である俺と、隊員であるサハラが話している」

 セイゴは男の腕を離すと、サハラに向き直った。

「サハラ、お前は今『覚悟の上』と言ったな」

「はい」

 サハラはセイゴの瞳を正面から貫く。

「それはお前がカトスキアを追われること、お前が人でなくなること、そして――隊の全員が命を落とすかもしれないこと。全て含めての……『覚悟』なんだな?」

「――はい。俺は、覚悟してます」

 その言葉は嘘ではない。

 サハラはある意味自分に言い聞かせるように答えた。

 そんな言葉で、そんな脅しで、そんな現実を相手に退く訳にはいかなかった。

「戦って、勝つ。それが俺の仕事です」

 サハラの言葉が届いたかどうか。それもわからないような無表情のまま、セイゴは更に問う。

「あの力がお前に扱えるのか。『アズゼアルの昇天』の二の舞になるぞ」

 ぐっ、とサハラは拳を握る。

 その言葉を聞いても。

 それでも、サハラは今、前に進むには首を縦に振るしかなかった。

「やります。やってみせます」

 強く、頷く。

「二人目の旭 ウリュウにはならない、と?」

「はい。俺ならアイツを――この力を、使いこなしてみせます」

 この自信がどこから来るのか。そもそもこれは正しく自信なのか。今のサハラにはそんなことどうでもよかった。

 ただ、男として立つなら今だと……そんな気がしていた。

 次の言葉を選ぼうとするセイゴの先手を打って、サハラは一歩、前に出た。

「隊長。俺も自分でどれだけ無茶なことを言っているかわかってます。でも」

「でも?」

「でもこれは、俺の意地なんです。東雲サハラとしての、意地なんです。……退けません」

 馬鹿だ。

 俺は今、どうしようもない馬鹿だ。

 でも馬鹿になってでも、俺はここで戦いから離れるわけにはいかない。

 先程までサハラの中でもぼんやりとしていた思いが、ここに来て強くなる。

 セイゴはそれを見透かすようにサハラを覗きこむと、ふいに自機である《アステロード》へ向いた。

「行け、東雲サハラ。セイゴ隊全員出撃だ」

「隊長……!」

 サハラが声に安堵を滲ませる。と同時に、上官の男は声を荒らげた。

「おい待て雪暗セイゴ! お前、何を判断したかわかって――」

 皆まで言わせなかった。セイゴは突然上官のネクタイを引っ掴み顔を合わせ正面から言い放つ。

「わかってる。俺だって『覚悟の上』だ。…………それにな。一人の男が覚悟して、意地貫こうとしてんだ。俺はそれを、尊重する」

 セイゴはそれだけ言って突き放す。しかし男は我に返ると、その背中へ告げた。

「もしも――もしも、最悪の事態が起きたらどうする雪暗セイゴ」

「その時は」

 セイゴは振り返らず、酷く冷徹な声で、言い捨てた。

「その時は、俺がサハラを殺す」

 サハラはその言葉を重く、重く受け止めた。

 男はふぅ、と長い溜息をつくと「執務室へ戻る」とだけ言い残し格納庫を去っていった。

 途端、また格納庫が慌ただしくなった。セイゴ隊は続々と《アステロード》に乗っていく。しかしここに、サハラの自機はなかった。

「畜生……!」

 サハラがやみくもに走り出そうとした時、それをある男が止めた。

「サハラ、こっちだ!」

 通路の奥、サハラを呼ぶのは残夜ゴロウだった。その姿に気付くと、サハラは彼の方へ駆ける。

 ゴロウはサハラを別の格納庫へ案内し始めた。

「ありがとう、おっちゃん!」

「話は聞いたぞサハラ……無理はするなよ」

「それは聞けないな」

 サハラは決して笑うことなく、前だけを見て走る。

「俺は今から、全力で無理を通す」

「はっはっは!」

 ゴロウはそれを聞き、嬉しそうに笑うのだった。

「いいだろう、やってやれサハラ!」

「あぁ!」

 話していると、格納庫の現在は使われていないブロック――その中央近くに、赤い機体があった。

「……これが、俺の力」

 サハラは改めて見上げる。

 この未知の力を、使いこなす。戦って、勝つ。ただそれだけに全力を注ぐ。

 ゴロウが整備班や研究班を散らしているのが視界の隅に映る。

 セイゴ、マオ、シューマ、そしてゴロウ。

 俺は、色んな人に助けられて、ここに立てている。このチャンスを、貰えた。

 なら、最大限に……活かして、返す!

「じゃあ、行ってくる」

 サハラはゴロウにそれだけ言い置くと、簡易タラップを駆けのぼり胸元のコックピットへ滑り込んだ。

 改めて見ると、コックピット内も少しだけ《アステロード》とは違う。でもサハラには、それらを全て操縦できるという、確信があった。

 機体を起動させる。順調にモニターが付く。計器が動き始める。アンゲロスの波長も通常。武装も問題ない……当然、呪光砲を含めて。

 赤い機体の双眸に光が宿る。コックピットで操縦桿を握りながら、サハラはやれる、と確信していた。

「コイツは俺だ。俺の、力だ!」

 口に出すほど、それは強い確信へと変わる。

『サハラ! 大丈夫かサハラ!?』

 アランの通信だ。サハラは力強く答えた。

「あぁ。今から俺は無理を通す。……付き合ってくれるな? アラン」

 通信の向こうで、唾をのむ音が聞こえる。そしてアランもまた、力強く返した。

『おう、俺ちゃんに任せろ!』

 サハラはアランの出して行く指示通りに機体を動かし、格納庫を移動する。そして――セイゴ隊の一番後ろ、いつもの場所にセットした。

『今回の戦域は海上。確認されてる敵機は今回も《エンジェ》と《アルケン》。次元のゲートは依然開いている、との情報です』

 アランの声を聞きながら、全天周のモニターを睨む。

 操縦桿を握る手が熱い。でも不思議と心は、落ち着いていた。

 やれる。俺と、コイツなら。

 サハラがそう信じると同時に、セイゴ隊の出撃が始まる。

 セイゴ機、シューマ機、マオ機の《アステロード》が続く。サハラもまた、アンノウンをカタパルトにセットする。

『――アンゲロス波長確認。ハッチ解放。カタパルト推力正常。進路クリア――』

 アランの声がいつもより冷静に聞こえる。大丈夫。やれる。

『――サハラ機、発進どうぞ!』

 その言葉に、サハラは己の迷いを振り切って言い放つ。

「東雲サハラ。四番機、アンノウン――出るッ!」

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