第6話 サハラはサハラ
「どうだった?」
セイゴの部屋に招き入れられたサハラ。
椅子を勧められ、セイゴと対面する形で座った途端、こう問われた。
「どうだった、サハラ」
「……どう、って」
入って来た入り口の方へ顔を向けるサハラに、セイゴは正面から訊く。
「基地の中はどうだったか、と訊いているんだ」
「っ……」
直球だった。
薄々感じてた、『セイゴはこの視線、空気を味合わせるために連れ出したのだ』という予想が確信に変わった。
「……」
サハラは、視線を逸らしたまま黙る。
セイゴはしばらくその様子を正面から睨むと、口を開いた。
「お前、出撃禁止を言い渡されただろう」
「……はい」
サハラは拳を握り締めて答える。
「それでお前は、逆ギレしたわけだ」
「逆ギレって……!」
サハラは部屋に入って初めてセイゴの方を向いた。
そんな、陳腐で軽い感情じゃない。
そう言おうとしたが、セイゴは有無を言わさず続けた。
「――お前、自分が英雄だとでも思ったか?」
「っ!?」
何故言葉に詰まったのだろう。サハラは自分でも分からなかった。でも、セイゴはわかっているらしかった。
「エースパイロットにでもなったつもりだったか? 撃墜王か? スーパーパイロットか?」
セイゴはつらつらと並べ立てた後、急に低い声で正面からサハラを睨んだ。
「馬鹿を言うなよ」
「っ……!」
その気迫に気圧され、サハラは思わず肩を震わせる。
「いいか、サハラ」
セイゴは続けた。
「今のお前は、基地の中じゃあそんな『凄いヤツ』扱いはされていない。お前が帰って来てから、一度も、だ」
「……」
「いいか、サハラ。お前は今、基地の中じゃあ『化け物』扱いなんだよ。天使と同じ武器背負って帰ってきた、訳の分からない『化け物』だ」
「そんな……!」
そんな言い方ないだろう。サハラがそう言おうとしたのを、セイゴは一言で遮った。
「じゃあマオは何故あんな目をした?」
「っ……!」
セイゴは畳みかける。
「訓練生時代から仲のいい、面倒見のいい、優しいマオが……あんな目をしたのは何故だ、サハラ」
「…………」
サハラは、自分の掌を見つめた。
……俺は、化け物なのか?
本当に何かに変わったのか?
セイゴはそんなサハラの心を見抜いたかのように、続けた。
「お前だって……『アズゼアルの昇天』を知らない訳じゃないだろう」
その言葉に、伏せたサハラの目が見開かれた。
『アズゼアルの昇天』。
色んな光景がフラッシュバックする。画面を見つめる母親。鳴り響くアラート。閃光。純白の翼。誰かの叫び声。
自分でも気付かないうちに少し震えていたサハラの手を、セイゴはしっかりと握り、続けた。
「いいかサハラ。よく聞け」
その言葉に、サハラは顔を上げる。
セイゴはその力ない目を、正面から見据えた。
「俺はお前がどんな力を手にしたのかわからない。お前が本当に変わったのかどうかもわからない。だけどな、環境は確実に変わった。少なくともお前は『力』を手に入れ、その『力』の扱いは誰にもわからない」
セイゴはそこまで告げると、サハラの襟首を掴み上げた。
サハラは息が詰まりそうになりながらも、セイゴの目を見る。
「いいかサハラ。今、お前がどう動くかで、お前が誰にとっての化け物になるか決まる。その手に入れた『力』、活かすも腐らすもお前次第だ」
セイゴがそこまで告げると――突然、部屋の中に乾いた音が響いた。
気付いたら床に倒れ、左の頬が熱い。そのじりじりとした痛みから、自分が殴られたのだとサハラは知った。
セイゴはサハラを見下ろして、言い放つ。
「わかったら、そのスッカスカの脳味噌使って考えろ。考えたら、動け」
それだけ言うと、セイゴは部屋の奥へと消えて行った。……もう用は終わったということだろう。
「……」
サハラは、頬の痛みと共に言われた言葉を噛みしめながら、立ち上がった。
……ふらふらするが、歩けないことはない。
外に出たらまたあの視線にさらされる。しかしセイゴの与えてくれた言葉のお陰だろうか、不思議と恐怖は別の何かに変わっていた。
「……失礼します」
一応セイゴに断りつつ、サハラは部屋を出る――と。
「あっ」
「あ……」
そこには、話にも出て来たマオが立っていた。
「……マオ」
サハラがおずおずと口を開くと、マオは何かに気付いてサハラに駆け寄った。
「そ、そのほっぺどうしたの……? 凄い真っ赤だけど……」
マオがそう言って心配そうに見たのはサハラの左頬だった。
隊長、そんなに強く殴ったのか……。
少しだけ呆れつつも、サハラはマオに「大丈夫」と告げた。
するとマオは何かを恥じるように俯きながら、サハラに尋ねた。
「ねぇ、サハラ……少し、話せないかな」
断る理由はなかった。
そうして、二人は少し廊下を進んだ先にあった小さな休憩室へ入る。
そのベンチに腰掛けて、サハラはマオが話を切り出すのを待った。
少しの間、マオは目まぐるしく表情を変えた後――ずばっと切り出した。
「あの、私っ、サハラは何があってもサハラだと思うの!」
「……うん」
一瞬何を言っているのかどちらもわからなかっただろう。しかし、マオがたまに結論だけを先走ってしまうことを知っているサハラは、苦笑いしながら促した。
「どういう意味で?」
「あ、あの……」
マオは言葉を選びながら語った。
「さっき私、隊長と一緒に歩いてたサハラ見たとき、実は怖いって思っちゃったんだ。もしかしたらサハラ、本当に変わっちゃったのかもって」
俯きながらも、反省するように語るマオ。
「でもね、よく考えてみたらわかったの。サハラは何があってもサハラなんだって。もしサハラが呪光に侵されちゃっても、東雲博士の息子じゃなくても、東雲サハラは東雲サハラ。……わかるかな?」
マオはサハラの顔を伺う。
随分と漠然とした話だったが、マオが言わんとしていることや言葉に出来ていない思いは、サハラにも伝わっていた。
「あぁ、わかる」
「うん、だからね。周りがどんなに変わっても、サハラはサハラのままでいい。……変な言い方だけど、サハラはサハラのまま、変わればいいんだよ」
「俺は、俺のまま……」
サハラはまた、自分の掌を見た。
この体に、何が起きているのか。
それは誰にも――現時点では誰にもわからない。
でも。
考えるサハラの頭に、頬の痺れとセイゴの言葉が蘇る。
『いいかサハラ。今、お前がどう動くかで、お前が誰にとっての化け物になるか決まる。その手に入れた『力』、活かすも腐らすもお前次第だ』
この力を、どう使うか。
俺がどう動くか。
俺は俺のまま――東雲サハラのまま。
「……うん」
サハラは顔を上げた。
マオはなんとなくだが、サハラが迷いを振り切って、いつもの強気で自信家なサハラに……強いサハラに、戻った気がした。
「ありがとう、マオ」
「うん」
そうしてサハラが拳を握り締めた、と同時に。
『天使の襲来を確認。天使の襲来を確認。カトスキア各員は戦闘態勢に移行せよ。繰り返す――』
聞き慣れた、しかしサハラにとっていつもとは違う意味を持つ放送が耳に届く。
「あっ……でもサハラ、確か――」
マオがそう言い切る前に。
サハラは何かを覚悟して、走り出していた。
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