第二章 赤鎧の剣

第5話 帰還と、変化と

 サハラの帰還。

 それは、ユデック基地を騒然とさせるには十分過ぎる事態だった。

 活動限界を突破し、更に謎の覚醒を遂げた機体。

 そしてそのパイロット。

 他の《アステロード》が続々と格納庫入りする中、サハラ機は管制室から直接通信を受ける。

『聞こえるか、東雲サハラ』

 厳しく冷たい、しかし強くはない男の声。少なくとも、訊き慣れたアランの声ではなかった。

「こちら東雲サハラ。聞こえていますが……」

 そしてサハラは、謎の興奮から解放されいつもの調子に戻っていた。

 いや。いつもとは違う。彼もまた、自分に何が起きているのかわかっていなかった。

 声は続ける。

『貴様の機体――仮にアンノウンと呼称しよう。アンノウンを我々の誘導する場所へ動かせ』

 その声は、有無を言わせぬ口調だった。サハラは大人しくそれに従う。

 誘導されたのは、基地から少し離れた空き地だった。飛行場だったのだろうか、乾いた大地にいくつもの白線が見える。

 サハラはそこへ、誘導された通りに自機を停止させた。

 瞬間、サハラの機体は三機の《アステロード》に囲まれる。不穏なことに、サハラ機に銃口が向けられていた。

「な、なんだよ……」

 確かにこの機体はどんな堕天機とも違う。それでもサハラは、銃口を向けられているという現実に心が追いついていなかった。

 そこへ、例の声で通信が入る。

『東雲サハラ、コックピットのハッチを開けたまま降りてこい。下手な動きは見せるな』

 ……まるで、捕虜じゃねぇか。

 サハラはそう感じながらも、コックピットを降りた。

 降りた途端、機体は三機の《アステロード》に抑えられ、サハラ自身も手錠等こそかけられなかったが、ほとんど捕縛に近い形で抑えられた。

 そこからサハラと機体は、調べられることになる。

 機体はメカニックや開発班、サハラは医務班。そしてそれらの対応やこれからの扱いについて、基地全体が動いていた。

 そして、二日に及ぶ検査の末。

 自室での謹慎を命じられていたサハラの下へ、医者と見知らぬ上官、そしてゴロウが訪れた。

「東雲サハラ」

 見知らぬ上官の男が、高圧的に告げる。

「機体とお前の体を調べた『一応の』結果が出た」

「……」

 サハラは黙って、それを聞く。

 すると男に促され、医者の方がサハラに関しての結果を述べる。

「君の体ははっきり言って、変化前とそう差異は見られなかった。天使ではなく、ちゃんと人間のそれだ。いくつか不明な点があることは否めないが、現時点で問題は、ない。経過を見るとしか言えないな」

 それを聞いて、サハラは安堵する。

 どうやら自分は、特に異変はないらしい。

 男はそれを聞き終わると、今度はゴロウを促した。

「機体――アンノウンの方だが……はっきり言って何もわからん。あれは堕天機でも天使の機体でもない。一応アンゲロスや装甲、武器のメンテナンスは出来るが、他の人間で起動は出来なかった。改めて結果を言うなら、アレは『未知』だ」

 ゴロウはお手上げ、という風に首を振る。

 それぞれを促した男は、改めてサハラに向き直った。

「以上の結果によりカトスキアの上部が判断を下すまで、東雲サハラ、お前を処分保留とする」

「処分保留……」

「あぁ」

 男は淡々と続けた。

「基地内での生活は今まで通り行って構わない。しかし、格納庫及び堕天機に近付く場合は隊の誰かを同伴すること。そして、以後何かの処置・処分が下されるまで一切の作戦行動への参加を禁ずる」

「……何だって?」

 聞きたくなかったのか、はたまた本当に聞こえなかったのか。

 サハラは自分でもわからなかったが、そう聞き返していた。上官の男は更に強い口調で、言い直す。

「わかりやすく言うと――何かまた言いに来るまで、出撃は出来ない。以上だ」

 上官は言い捨てると、「目を通しておけ」と資料を置いて部屋を出て行った。

 しばらく、サハラは閉まった扉を見つめることしか出来なかった。

「……出撃できない? 俺が?」

 呆けたように、そう口に出した。

 ガキの頃から、堕天機に乗りたくて、カトスキアのパイロットを目指していた。堕天機の操縦なら、セイゴやシューマにも後れをとらない自信があった。

 多分それは、何か一つ「これ」というものがないと、一生『東雲博士の息子』という評価が付いて回るから。

 それが嫌で俺は堕天機の操縦は磨いてきたし、それだけに堕天機の操縦や実戦だけは相応の自信を持っていた。

 その俺が、出撃を禁じられた?

 その俺が、出撃できない?

「……馬鹿言うなよ」

 ふと、サハラは自分が腹を立てていることに気付いた。

 そうだ、俺が出られない? 馬鹿を言うな。

 機体の姿が変わった後、俺が何体天使を落としたと思ってる。その俺を出さないなんてどうかしてる。

 あの時俺は確かに――あの場の誰よりも強かったじゃないか。

 サハラはふつふつと湧き上がる怒りのままに立ち上がると、あの男を追いかけて部屋を出ようとした、が。

「――起きてたか、サハラ」

 扉を開けた瞬間、その前にいた人物とぶつかった。

 その声と体の主は、セイゴであった。

「隊長……」

「これからお前と話そうと思っていたんだ。丁度良い所に出て来た、ついてこい」

 セイゴはそれだけ告げると、つかつかと歩き出してしまった。

 その勢いと、強い口調に怒りを忘れてしまったサハラは慌てて後を追う。

「あの、隊長。どこに」

「いいからついてくるんだ」

 セイゴは振り返ることなく、しかし決して早歩きとは言えない普通の速度を保ったまま歩く。

 サハラはその後ろを不思議に思いながらついていく。

 そして、しばらくも歩かないうちに。

「……!」

 サハラは、基地の中が確実に変わっていることに気付いた。

 いや、建物自体が変わった訳ではない。人が総入れ替えされた訳でもない。

 変わったのは――空気。

 変わったのは――視線。

 堕天機のパイロット、カトスキアの職員、医務班、整備班、開発班……サハラを見た全ての人間の視線が、今までとは違った。

「おい、アレが……」

「アレがか……」

 遠巻きの人の帯の声が、サハラの耳にも届く。ひどく小さく、ひどく耳障りな音で。

 それらの視線には、興味とか恐れとか色んなものが含まれていて……痛くはない。痛くはないが、痒い。

 そのくせに、誰も近寄ろうとはしなかった。そういう意味では興味より恐ろしさの方を肌が敏感に感じ取った。

 まるで動物園の檻の中で人間たちに見られる動物のような……そんな気分に、サハラは襲われていた。

「……!」

 俺は見世物じゃない。

 そう叫びたいのを抑えながら、大きな背中を追う。

 セイゴはそんなことを気にも留めず、どこへ向かってか歩く。サハラはいっそ、速足で歩いてくれとさえ思った。

 そして、何よりも辛かったのは。

「あっ……」

 食堂の近くで、会ったマオがそう口にしただけだったという事実だった。

 いつものマオだったら心配して駆け寄ってくれたかもしれない。

 しかしマオは、会った瞬間、怯えたようにも戸惑ったようにも見える瞳で俺を見ただけだった。

 サハラにはそれが一番堪えた。

 そんな視線を一身に浴びたサハラとセイゴが立ち止まったのは、サハラの部屋から歩き出して数分の場所だった。

 そこは、セイゴの部屋。

「入れ」

 部屋の主であるセイゴはそれだけ告げると、自分はさっさと中に入ってしまう。

 サハラは建物中の視線から逃げるように、部屋の中へ滑り込んだ。

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