第4話 目醒めし暁

 程なくして、今回の戦場が見えてきた。

 《アステロード》、《エンジェ》、《アルケン》……様々な機体が入り乱れるその上空には、大きな穴が開いていた。

 これが次元のゲートだった。金の魔法陣のようなものが天に描かれ、その中には黒い虚空が見えている。そしてそこからときたま、天使の機体が吐き出されていた。

『戦況はこちらがやや優勢です。活動限界には気を付けてくださいよ』

 接近しつつある時に、アランが注意を促す。それを受けつつ、セイゴも言い放つ。

『では、散開ッ!』

「了解ッ!」

 サハラは従って《アステロード》を前進させる。まずは目についた《エンジェ》へ、ライフルを撃つ。弾は見事当たり、《エンジェ》は散った。

「次はッ!?」

 サハラはそこで、少し奥の《アルケン》と《エンジェ》を発見する。そこ目掛けて足はバーニアを吹かそうとする。

 しかし。

「いや、待て……ッ」

 突っ込もうとした瞬間、サハラは迷った。

 セイゴ、マオ、ゴロウの顔が脳裏をよぎる。仲間と、自分を守るためにはここは……!

 ガンッ!!

「っ!?」

 迷った一瞬。その一瞬に、他の《アルケン》に背後を取られていたことにサハラは気付いていなかった。

 横っ腹を殴られたようで《アステロード》は体勢が崩れている。姿勢制御が効かず、空中で完全に安定を失っていた。

 ヴゥン、と《アルケン》の橙文様が不気味に光った。

「しまっ――」

 油断した……!

 焦ったサハラが対応する前に、《アルケン》は槍を突き出した。

 放たれた槍は《アステロード》の肩を捕らえ、眼下へと叩き落とした。

「ぐぁぁッ!?」

 ゴウン、と機体が大きく揺れサハラはシートに叩き付けられる。《アステロード》は旧市街の廃ビルを押し潰して墜落した。衝撃でコックピットが激しく揺れる。

『サハラっ!?』

 落とされた瞬間を見ていたのだろうか、マオから悲痛な通信が入る。

「大丈夫、まだ動ける!」

 計器やカメラを見る限り、致命的なダメージはなかったが。

「レーダーがやられたか……」

 周りの天使を表示するレーダーが故障したようだった。

 だがそう動じることなく、サハラはすぐさま先ほどの《アルケン》を探す。当然、目視になる訳だが。

 しかし、辺りは不気味なまでに静まっていた。どう考えても追ってきているはずだが……。

 しかし、ここでコックピット内にアラートが鳴り響く。

「まさか!?」

 サハラは活動時間に目を移すと、既に一分を切っていた。普段であればもう撤退をしなければいけない状態だ。

『サハラッ! 撤退できるか!?』

 それに応じて、セイゴから通信が入る。どうやら隊の皆は既に撤退を始めているようだった。

 サハラはバーニアに不具合がないことを確認すると、

「大丈夫です! 戻りますッ!」

 と応じて飛び上がった。少し離れたところに、隊の《アステロード》が見える。《アルケン》のことが気になったが、今は気にしている段ではなかった――が。

 ヴゥン!

 背後で何かが《アステロード》に合わせて舞い上がったいた。

 先ほどの《アルケン》である。

「くそッ、後ろにいやがったかよ!」

 振り返ろうとするが、今度もまた間に合わない。《アルケン》が掌の呪光砲をこちらに定める。

『サハラ!』

 気付いたマオから通信が入るが、あれだけ離れていれば支援は見込めるわけもない。

「くっそ……ッ!」

 至近距離。呪光砲が光りを放ち始める。避けようがなかった。

 この距離で受ければただでは済まないだろう。いや、どう考えても……。

 サハラは覚悟した。あぁ、戦場で悩むとは……俺としたことが。

 呪光砲が放たれる。サハラは目を閉じた。そして、《アステロード》は光に包まれて――!


 ――今が……ときか。


 声が、聞こえた。

 ……俺は、死んだのか……。

 サハラはゆっくりと目を開ける。

 しかし、まだ彼は死んではいなかった。

「どう、なってやがる……?」

 サハラには、何が起きているのか理解が出来なかった。

 いや、端的に言うなら、時間が止まっていた。

 呪光砲の光も、《アステロード》も、隊からの通信も、全てが止まっていた。

 そしてそれらが、サハラには黒いフィルムを通したように見えていた。まるでこの『黒』が、時を止めているかのようだった。


 ――東雲サハラよ。


 再び声がする。しかしサハラには、それがどこから聞こえているかわからなかった。

 声は静かに、淡々と続ける。


 ――君に授けよう。『叛逆の刃』を。

 ――そして導け。


 その台詞と同時に――時が動き始めた。

 《アルケン》の呪光砲が放たれる。しかし、それがサハラを貫くことはなかった。

 動き出した瞬間に、サハラの《アステロード》が黒い光を放った。呪光砲はそれに阻まれ――そして、黒い光は《アステロード》を自身をも包み込んだ。

 そして、それが晴れた時。

 そこにあった機体は《アステロード》ではなかった。

 本来かの機体は、黒く鋭い機体。細長い四肢と漆黒の体躯。

 しかしそこにいる機体は、そうではない。

 より厚く、逞しく装甲で覆われた胴と四肢。

 一角獣のように天を突く頭部の角。

 そして変化した部位を表すような真っ赤な機体色。

 どの堕天機でもない未知の機体が、そこには存在していた。

『なっ……!』

『嘘……』

 その場にいた全員が、息をのんだ。

 その赤と黒は、禍々しいようで神々しく、同時にとても聖なるものにも見える。

 それが圧倒的な何かなのだと、そう感じた。

『……だ、大丈夫かサハラ!』

 その光景を振り切り、セイゴが思い出したようにサハラへ声を掛ける。姿が見えないだけに、その生死も含めて何か確認が欲しかった。

「――大丈夫です」

 サハラは応答した。

 彼は今、静かな興奮の渦の中にいた。

 先程まで感じていた焦りは完全に消え去っている。

 そして《アステロード》ではない未知の機体――この機体の扱い方を、サハラは慣れ親しんだ手足のように心得ていた。

「貰った!」

 サハラは機体を反転させ、《アルケン》の頭を掴む。

 《アルケン》の文様が驚いたように光る。

 しかしサハラは容赦なく、力を加え、その橙色を握り潰した。

 ガキィッという音と共に《アルケン》の頭部は粉砕される。

 サハラは続けざまに《アルケン》の腹部に拳を叩き込んだ。

 それを受けた《アルケン》はコアを破壊され、無残にも爆散する。

 後には、サハラの機体が無傷で残っているだけだった。

「これなら……!」

 サハラは驚きと、奇妙な高揚感を感じていた。

 《アステロード》とは圧倒的に違う。

 その強さが、あの声の言っていた『叛逆の刃』なのか。

 今のサハラにはそれはわからなかった。

 ただ、自分が未知の力を得たことだけはわかった。

 ふとサハラが目を上空に向けると、いつの間にか次元のゲートは閉まっていた。残りの天使はそう多くない。

 サハラは今己が得た『強さ』を確信すると、残る天使に向かって飛び立った。

 両脇に《エンジェ》が見えてくる。サハラはそれぞれをライフル一発で爆砕する。

 ライフル自体は変化していないはずだが、それを未知の機体の圧倒的運動性能がカバーしていた。

 速い。《アステロード》も《アルケン》も比にならぬほど――速い。

 続けざまに、実体剣を抜き放つ。この運動性能なら、ライフルよりこちらの方が強い。

 サハラは迷うことなく突っ込んだ。

 味方である《アステロード》の間を縫うように進みながら、《エンジェ》を次々と斬る。斬る。斬る。

 実体剣もまた、先の黒い光を薄く纏っており、《エンジェ》など難なく切れていた。

『サハラ! 突っ込み過ぎだ! 戻れ!』

 セイゴから再び怒号が飛ぶが、サハラは一蹴する。

「大丈夫です! 今の俺なら――こいつとならやれます!」

『活動限界を考えろ、死にたいのか!』

 それを応じてちらり、とだけ活動時間を確認する。

 不思議なことに、活動時間の表示は消えていた。少し不安になるサハラ。だが、アラートも消えている。

 なにより、この未知の湧き上がる力がサハラに戦闘を続行させた。

 目の前に、《アルケン》が見えてくる。同時に、サハラは機体に見慣れぬ武装があることに気付いた。しかし扱い方はわかっていた。

「これでッ!」

 サハラの機体が掌を《アルケン》に向ける。直後、光の弾丸がその《アルケン》を貫く。

「呪光砲、か……!?」

 呪光砲。それは見知った、天使の武装だった。

 何故、天使側の兵器が使えるのか。

 冷静に考えなければならない気もしたが、今のサハラにはそんなことは関係なかった。

「……上等だ!」

 今の彼にとっては、ただ天使を屠るための新たな手段でしかなかった。

 無双する現実に更に興奮したサハラはそ疑問を感じることもなく、再び戦闘に舞い戻る。

 黒い赤が戦場を駆け巡る。

 斬る。撃つ。駆ける。

 誰もその『未知』の相手ではなかった。

 そして――二分も経たぬ後。

 サハラは、その戦場にいた天使を全て撃墜し、帰路についたのである。

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