第15話 負け犬
『――東雲サハラ……楽しませてくれよォ!』
そう言った直後、《ヘルヴィム》が《アルヴァ》の盾を蹴り飛ばす。
「くッ……!」
シートに叩き付けられ呻くサハラ。上空では《ヘルヴィム》が盾を構える。白銀のそれが、モニター越しに挑発するように煌めく。
『――
「うるせェッ!」
前のめりに咆えると、素早く体勢を立て直し、サハラはアサルトライフルと呪光砲を放ちながら突っ込む。
『――
ウリエルは笑い、盾を構えて飛び去ろうとする、が。
『後ろが留守だ!』
その声は《ヘルヴィム》の後ろ、先程まで《アルヴァ》と並んでいたシューマの《アステロード》が回り込んでいた。
『貰った!』
ウリエルの背後を取り、アサルトライフルを叩き込むシューマ機。弾丸は直撃するかに見えた。
しかし。
『――どうかなァ!?』
『なっ!?』
シューマが目を見開く。
《ヘルヴィム》は剣を空高く投げ上げ、空いた掌をシューマ機へかざした。
シューマ機が放った弾丸。その全てが掌の前に展開された不可視の障壁が阻む。
『――前も見た手品だぜ?』
ウリエルが煽る。
シューマは舌打ちをすると腰にマウントした剣を抜こうとするが、しかしそれより速く、《ヘルヴィム》の右足がシューマ機の肩を蹴り飛ばす。
『くッ……!』
グラリと体勢を崩すシューマ機。《ヘルヴィム》は
落ちて来た剣と騎士の影が交差する。
剣を再び取り、眼下の《アルヴァ》へ向き直った《ヘルヴィム》。だがその後ろで、一つの機影が銃を構えていた。
『後ろが留守だと、言ったはずだ』
肩に『Ⅰ』が刻まれた《アステロード》、セイゴ機。
今度はウリエルが反応するより先に、銃口が火を噴く。撃ち抜かれた白銀の羽が宙を舞う。
『――ハッ! 中々やる』
振り向きざま、《ヘルヴィム》が剣を薙ぎ払うも、即座に身を引いていたセイゴ機には届かない。
そしてその頃には、サハラとシューマも揃い《ヘルヴィム》をセイゴ隊三機が囲む形になっていた。
『――……成程……』
眼のように走った銀色の文様が、ゆっくりと三機を睨む。
『――いいじゃねェか……戦争だ』
一対三? 上等。
そう言い切ったウリエルの声色に真っ赤な興奮が滲む。
『――
「らぁぁぁッ!」
サハラが雄叫びと共にペダルを全力で踏み込む。青い火を噴くブースター。《アルヴァ》が敵へ駆ける。
セイゴ機もそれに続き、シューマ機は援護射撃に回る。
ウリエルは射撃を避けると、自分もまた突っ込んだ。サハラ機、セイゴ機が剣を抜き放つ。
サハラはちらりとセイゴ機を見やり、呼吸を合わせた。
「おおぉッ!」
『はッ!』
サハラが大上段から斬りかかり、セイゴがその隙を守るように突く。
騎士もまた、動いた。
《ヘルヴィム》は突きを盾の上を滑らせるようにいなす。《アルヴァ》の剣は己の剣で受けると、滑らせた勢いのまま盾でセイゴ機を殴り抜いた。
『ぐッ……!』
衝撃にセイゴが呻き、《アステロード》が後方へ飛ぶ。
サハラはその様を知りながらも、このチャンスを無駄にしまいと操縦桿を押し込んだ。
「うおおおッ!」
気合の咆哮。
激しく弾ける火花と金属音。ウリエルの声が跳ねる。
『――いいぞ東雲サハラ! もっと俺を愉しませろ!』
「冗談じゃねぇ!」
俺はお前を倒す、それだけだ!
サハラが言い放つと、ウリエルは高く笑う。
『――そうだ、俺たちは其れで良い!』
『サハラ!』
そこへ、銃を構えたシューマ機が飛び込んで来る。後方ではセイゴ機が位置を入れ替えていた。
「シューマ!」
サハラはモニター越しにそれを確認すると、合わせるために《ヘルヴィム》の脇腹を蹴り飛ばした。同時にブースターを噴射し距離を離す。
『――馬鹿の一つ覚えか!』
ウリエルはそう笑い飛ばすと、挑発するように天高く飛び上がった。
サハラはシューマ機と共にそれを追いながら、呪光砲と小銃を合わせ撃つ。しかし《ヘルヴィム》は舞うようにそれを躱していく。《アステロード》との性能差もあるのか、その差がどんどん開く。
『速い……!』
シューマの苦しい声が通信越しに聞こえて、トリガーを引き続けていたサハラの我慢が切れた。
「俺が追う!」
『サハラ!』
シューマが呼び止めるより早く、サハラは飛び出していた。《アルヴァ》の緑眼が閃くと赤い流星になり、銀色の軌跡を追い駆ける。
天使と堕天機の入り混じる戦場。その中を駆ける銀と赤。
早々にウリエルも、後ろから猛追する《アルヴァ》の姿を認める。
『――来るか! 来い!』
愉し気にそう叫ぶと、《ヘルヴィム》は羽ばたき、更に加速する。サハラはそれを睨むと、ペダルをより強く踏み直した。《アルヴァ》が青い尾を引く。
剣戟と弾丸の中を、縫うように二つの機影が飛び行く。
「《アルヴァ》……!」
その中でサハラは、乗機の名を頼もしく感じていた。
今日はいつも以上になんか、こう……良い。
《アステロード》が《アルヴァ》になったあの日から、徐々に上手く扱えるようになっていく愛機。
その中でも今日は抜群だった。
混戦をくぐり抜け、銀の文様が近くなる。
まるで自分の手足のような感覚。
「……いける」
俺と、この《アルヴァスレイド》なら!
サハラは金色の瞳に改めて《ヘルヴィム》の翼を捉えると、雄叫びと共に一気に加速した。
「おおおおおおッ!」
《アルヴァ》もまた咆えるように緑眼を閃かせると剣を抜き放ちその銀色の文様へ迫る。
サハラは《ヘルヴィム》の横に並ぶと右手を突き動かした。呼応した《アルヴァ》が勢いのままに剣を振り抜く。
『――
《ヘルヴィム》の盾が剣を受け、戟音とウリエルの声がサハラの耳を貫く。
《ヘルヴィム》の剣が《アルヴァ》を襲う。
サハラは前方に迫っていた《エンジェ》を確認すると、《エンジェ》を剣へ殴り飛ばした。《ヘルヴィム》の剣がその黒い文様を無情にも切り裂く。
後ろへ流れていくアンゲロスの爆裂を尻目に、《アルヴァ》と《ヘルヴィム》は更に飛ぶ。
《アルケン》、《アステロード》、《エンジェ》……その間をくぐり抜けながら剣戟が続く。
一瞬も気を抜けない高速戦闘の中、ウリエルが再び笑う。
『――上等だ、東雲サハラ!
途端に《ヘルヴィム》が向きを変える。
一瞬止まったかと思うと、弾かれたように天高く舞い上がった。サハラの金眼が上を睨むと、《アルヴァ》もまたそれを追う。
混戦の中から飛び出した、基地を遥か下に見下ろす上空で《ヘルヴィム》と《アルヴァ》が対峙する。
『――予想以上だ!』
一気に間合いを詰め斬りかかってくる《ヘルヴィム》。サハラはそれを同じく剣で受けた。
《アルヴァ》の緑眼を《ヘルヴィム》の文様が覗きこむ。妖しく光る銀色は、ツインアイ越しにサハラを捉える。
『――予想以上だ東雲サハラ!
「一緒に……するなッ!」
ウリエルの言葉を否定すると、《ヘルヴィム》の剣を押し返した。
再び対峙する二機。
いいや同じだとも、とウリエルは嗤(わら)う。
『――では答えろ東雲サハラ! 貴様は何の為に其の力を
悪鬼の如く、ウリエルは猛り嗤う。
『――人の身を超えた
頭の中に響くウリエルの声に、サハラは操縦桿を握る己の手を見る。
思い出すのはあの日。出撃禁止を言い渡されて、それでも意地を通したあの時。
そしてあの日。マオの仇を討つため、走り出したあの時。
サハラはそれを全部込めて、答えた。
「天使を倒して、後ろにあるもの全部俺が守るためだ!」
隊長、シューマ、アラン、そしてマオ。
他にも大勢自分の後ろにはいる。おっちゃん、朝霧、整備班、他にも大勢の人たちが。
言葉に出して初めて、サハラは自分が戦っている意味を再確認した。
『――……守る為……か』
ウリエルの乾いた低い声がサハラに届く。
『――全く興醒めだ東雲サハラ』
その声には、先程とは違う黒い興奮が滲んでいた。
『――戦場以外の事等、最早邪魔でしか無い!』
声色は変わっていないのに感じる「圧」に、サハラは構え直す。
『――殺し合う為に戦う! 其れが俺たちの在るべき姿だと――』
その一瞬。
その一瞬で――《ヘルヴィム》は《アルヴァ》の眼前で剣を振りかぶっていた。
「なッ……!?」
構えていたはずのサハラが虚を突かれる。
最早見ていたとか見てなかったとかいう話ではなかった。
まさに一瞬。
モニターを覆いつくす《ヘルヴィム》の影。銀色の文様が、ギラリと煌めいた。
『――在るべき姿だと、教えてやろう!』
その言葉と共に、轟音と衝撃がサハラを襲った。
「がぁぁッ!」
シートに激しく叩き付けられ、視界の奥がチカチカと白く染まる。唇を噛んで必死に意識を繋ぐ。
真っ逆さまに落下するのを感じると、サハラはなんとかバーニアで制御し防いだ。
しかし、眼前には再び《ヘルヴィム》が迫っていた。
『――守る
鋭い突き。サハラは左腕のシールドで防ごうとする――が。
「ない……!? まさか!」
先程からけたたましく響くアラート。そして反応しない左腕部。全天周モニターの足元を見れば、遥か下へ落下していく《アルヴァ》の腕が見えた。
「くそ!」
『――強さを損なう事を知れ!』
ギリギリで操作した右手の剣が間に合うが、それも弾かれまた眼下へ突き落される。
『サハラ!』
『そこまでだ……!』
追い込まれる《アルヴァ》の救援に、シューマ機とセイゴ機が飛来する。
『――人間風情が』
二機を一瞥する《ヘルヴィム》。
突っ込んでくるそれへ《ヘルヴィム》は手にした盾を投げる。先程までの攻撃とは圧倒的に違うその速度に、シューマ機が餌食になる。
『ぐあああッ!』
『シューマ!』
盾を胸部に受け落下するシューマ機に、セイゴが一瞬気を取られる。その瞬間にはもう、《ヘルヴィム》はセイゴ機の眼前に迫っていた。
『な……!』
セイゴ機のブースターが火を噴く前に、《ヘルヴィム》がその腹部へ拳を叩き込む。
『ごぁ……ッ!』
低く短い呻き声。《ヘルヴィム》が続けざまに放った回し蹴りで、セイゴ機もまたシューマ機の後を追った。
「シューマ! た、隊長!」
次々と屠られていく味方。通信越しにマオの声が聞こえるが、ウリエルの言葉がそれを遮る。
『――弱者程、群れる!』
ヴン。
文様の銀色が閃いたのは再び、《アルヴァ》の目の前だった。
《ヘルヴィム》は《アルヴァ》の首を掴むと、そのまま一気に地上へ飛ぶ。
『――エースだと? 守るだと? ハッ!』
「うおおおああッ!」
先程を遥かに超えた速度で飛ぶ《ヘルヴィム》。
サハラも全力でブースターを燃やすが、速度は一向として加速し続ける。
「このォッ!」
残った右腕と握る剣で己を掴む《ヘルヴィム》を攻撃する。しかし白銀の機体はブレすらしない。
混戦の中を突き破り、白銀の彗星は地上へ飛ぶ。
『――人の中では強く在ろうとも! 下級を前に強く在ろうとも!』
全天周モニターの背中側が鈍色に染まる。
まさか。
サハラはそれが、己の出撃してきた場所――カトスキア基地であることに気付くのは、遅くなかった。
同時に、《ヘルヴィム》が《アルヴァ》を振りかぶる。
その行為の意味を知って、サハラは怒りと無力のままに叫んだ。
「ウリエルァァァァッ!」
『――東雲サハラ! 貴様は弱者でしか無い!!』
轟音。
閃光。
サハラの感覚があらゆる音と光で覆われる。
そして次の瞬間、凄まじい衝撃がサハラの全身を揺らし、一切の感覚を一時的に奪い去る。
次にサハラの耳を貫いたのは幾重にも重なるアラート。それはコックピットの中だけの数ではなかった。
次にサハラが目にしたのは黒煙と瓦礫だった。
「…………!!」
そこは見覚えのある場所。
並ぶ起動前の堕天機。長く伸びた通路。そして作業着。
見知った格納庫は黒煙に覆われ、崩れていた。瓦礫の間に見える黄色のヘルメット。煙を照らす赤い警告灯。悲鳴。怒号。指示。声。
見知った格納庫は、自身の機体の下に在った。
そして最後に目に入るのはノイズ交じりの欠けたモニター、赤いアラートと黒煙の中央――碧空に佇む、白銀の騎士。
『――もう咆えないのか、東雲サハラ』
ウリエルの耳障りな声が頭の中に響く。
サハラは何かを言い返そうとするが、口が声を発さない。息が上手く出来ない。
そんなサハラの状況を見透かしたかのように騎士は悠然と剣を構え――宣言した。
『――強く在るとは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます