第40話 覚醒する翼

 少し白み始めた空に、サハラの決意が響く。

 淡い蒼天を背に白亜の《アルヴァ》が《フムス=セラフィーネ》を睨んでいた。


『――人だと? 人間だと?』


 ウリエルの哄笑が止み、その声が冷徹な天使のものへと変わる。それを確かに感じつつも、サハラはしっかりと目の前のウリエルと対峙していた。


『――何故力を拒む?』

「拒んだんじゃない、その先にいるのは俺じゃないだけだ」


 お前とは――旭ウリュウとは、違う。

 サハラはそれを敢えて誇示するように、そう告げた。それに反応して、《フムス》の金文様が妖しく光る。


『――否、貴様は堕ちる! 必ず!』


 ガバリと広がる《フムス=セラフィーネ》の怪腕。それは一瞬にして《アルヴァ》を捉えると再び汚染能力が発動し、反応するように《アルヴァ》の文様が点滅する。どんどん早くなる点滅。文様も唸りを上げていく。

 虹色に満ちるコックピット。しかしサハラは苦悶の表情を浮かべながらもそれを振り払った。


「無理矢理ってことかよ……上等だッ!」


 ペダルを蹴っ飛ばして、サハラが操縦桿を押し倒す。ブースターが火を噴いて目前の《フムス》をそのまま弾き飛ばした。《フムス》の元々の腕が次元障を展開し、直接のダメージは入らない。


「ここからは俺が、東雲サハラとして戦うッ!」

『――……くく、くははは……そうか。左様か……』


 サハラの啖呵。しかし、少し間を置いて静かにウリエルが嗤い始める。まるで喜びを抑えられない、と言うように。


『――お前は、貴様はそうなのかも知れんな……だが』


 その言葉と同時に、サハラは胸の奥に嫌な予感を感じる。漠然と全身を包むような嫌な予感。そしてサハラはそれがコックピット中に満ちたものだと確信する。


「……まさ、か」


 操縦桿に目を落とす。何の変化もない、いつもと同じ操縦桿。しかしサハラはその先に、得体の知れない意志を感じ取っていた。そしてウリエルの哄笑の意味を知る。


「まさか……《アルヴァ》……ッ!」

『――貴様の聖天機は如何どうかな!』


 ――ヴィォォォォォゥゥンッ!

 その瞬間、ウリエルの声に応じるように《アルヴァ》が咆哮をあげた。全身の文様が荒々しく光り、背には翼のような淡い光が集う。

 ぐい、と急に《アルヴァ》が動き出そうとするのを察してサハラは操縦桿を抑える。しかしその制止をも振り切って《アルヴァ》は獣のように目の前の《フムス》へ突っ込んだ。

 ――ヴィォォォォォッ!

 唸る文様。掌を大きく広げ天を仰ぐ白亜の《アルヴァ》。理性の欠片も見せず、サハラの愛機は眼前の宿敵目掛けただ真っ直ぐ突撃していく。


「くそッ、どうした《アルヴァ》! このッ!」

『――く、ははは! 力の方が暴走するとは叉皮肉だな東雲サハラ!』


 呪光砲を乱射しながら《アルヴァ》は飛び行く《フムス》に迫る。その胸部を抉らんと伸ばされた拳。しかし稚拙とも呼べるその攻撃は決して《フムス》には届かず、翻弄される《アルヴァ》の咆哮とウリエルの哄笑が戦場に響く。

 ――ヴィォォォォン!

 ――ヴゥゥゥン……!

 空を蹴るようにして咆えながら方向転換する《アルヴァ》。操縦桿を握り締めるサハラを振り払い、薄明の空を駆ける。呪光砲を乱れ撃ちながらの鋭い蹴り。しかし《フムス》は悠然とそれを受け流し、光集う《アルヴァ》の背をそのまま蹴り飛ばす。


「くっそ……! いうことを聞けッ! 《アルヴァ》!」

『――無駄だろう、嗚呼、そうだとも!』


 額をモニターにぶつけながら、サハラはなお愛機に呼びかける。落ち行く《アルヴァ》をウリエルが次元翼で瞬時に追い、正面に現れてはまた上空へ殴り飛ばす。

 ――ヴォォォォォッ!

 憎悪に駆られるように、低く、或いは悲鳴のような方向を上げる《アルヴァ》。サハラは操縦桿を握り、ペダルを踏みしめるも《アルヴァ》はその通りに動かない。汚染の影響か、まるで天使化したサハラのように猛り狂っていた。


『――人の貴様では! 人間を超えられぬ貴様では其の機体は制御できまい!』


 その言葉と共に再び《フムス》の拳が振るわれる。《アルヴァ》の胸に直撃し、その衝撃でモニターの一部が割れる。破片がサハラの額を切り裂いた。


「ぐッ……!」

『サハラ! その機体じゃ……!』


 耳にマオの声が届く。サハラは熱い赤が視界を覆うのを拭いながら、ひと呼吸、目を伏せる。

 人間のままの俺じゃあ制御出来ない? 上等だ。

 もう自分は吹っ切れた。サハラはそれを再確認して、目をかっ開いた。


「お前がその気なら俺だってやってやるさ……《アルヴァスレイド》!」


 サハラはイメージする。己の中の、天使の部分を。強く、強く。そしてそれに応じるように、サハラは体が熱くなっていくのを感じる。


『コックピット内パイロットの呪光濃度上昇……サハラ、お前何を!?』


 モニターしていたアランの声が耳に届き、サハラはこれでいいと頷く。どうやら意図的な天使化はこの方法で良いらしい。サハラは改めて操縦桿を握り、愛機に呼びかける。


「――お前が人間に制御出来ないなら、《アルヴァ》! 俺は人間のまま、天使の力でお前を扱ってみせるッ!」


 ――ヴィォォォォォッ!

 応じるように、抗うように咆哮する《アルヴァ》。白亜の機体は白雲を切り裂いて《フムス》を追う。まだ暴れ狂うその機体を、サハラは天使化しながら抑えつける。


「こ、の……ッ!」

『――何を! 自ら堕ちるとは! 然し無駄だ!』


 驚愕と好奇の混じったウリエルの声を《アルヴァ》は追う。天使化し、《アルヴァ》と感応していくサハラ。少し《アルヴァ》に追いついたイメージと同時に、操縦桿からどす黒い憎悪が逆流してくるのが分かる。


「――ぐ、ア……!」


 胸の内にまた黒い炎が集うのを必死に振り払いながら、サハラは操縦桿を離さない。それに抗うように《アルヴァ》はますます猛々しく《フムス》を追う。その単調で、突進的な攻撃を嘲笑いながら、《フムス》の文様が光る。


『――く、くく! これを滑稽とわず何と云うのかおしえてくれ東雲サハラ! 己が憎悪で白く染め上げた剣に、此度は己が呑み込まれるのが!』

「――……じゃ…ぇ……!」


 サハラは呻きながら、唸りながら、しかし己の全ての気力を愛機へと向ける。半端な天使化の影響だろうか、体が燃え滾るように熱く、脳の中では金属音が飛び交って煩わしい。それでも、サハラは操縦桿を抑え続ける。

 何故か?

 それは既に彼が――この力に結論を出しているからだった。


『――何?』


 サハラの声が上手く聞こえず、或いはそれが泣き事か何かかと思って聞き返すウリエル。しかし、顔を上げたサハラの目には闘志が燃え盛っていた。


「――冗談じゃねぇ! ああそうだ、お前の言う通りだよウリエル!」


 金色に目を輝かせながら、しかしサハラは人間として己の愛機と敵機を睨む。


「――剣に振り回される剣士なんて冗談じゃねぇ、だから、俺が! 俺がお前を扱うんだ《アルヴァ》! 勝手に暴れてんじゃねぇぞ!」


 ――ヴィォォォォォッ!

 急に中空で止まり、もがくように天へ咆哮する《アルヴァ》。そしてそこへ逃すまいと《フムス》が次元翼で現れ、再び怪腕で捉える。《アルヴァ》を犯す呪光。当然、サハラも例外ではない。


『――咆える! 弱いいぬ程よく咆える! 為らば成して見せろ!』


 またコックピットを覆う虹色の呪光。熱と痛みで歯を食いしばりながらも、サハラはギリギリのところで《アルヴァ》と渡り合う。限りなく天使化しつつも、しかし、人間のままで。


「――の……ぐァ……っく……!」


 一歩踏み外せば、また天使に、憎悪に堕ちる。そのギリギリのラインでサハラは《アルヴァ》を抑える。《フムス》の怪腕の中、《アルヴァ》がもがき苦しみ絶叫する。

 ――ォォォォォォォォォォォォッ!


『――無理だ、貴様では! 俺と同じ貴様では!』


 《アルヴァ》とサハラ。二つの存在の苦悶に一種の狂喜を覚えながら、ウリエルはそう高々と告げる。


『――俺が堕ち、貴様も堕ちる! 其れが何故解らない!』

「――其れは、俺の……俺たちの台詞でも在る」


 ウリエルの、もう幾度めかもわからないご高説に、サハラは飽き飽きしながら口答える。額から垂れる熱い血を拭うこともせず、汗と苦悶にまみれながらも、目の前の《フムス》とウリエルを睨む。


「――お前は、旭ウリュウは確かに天使化した。《アズゼアル》と共に。その状況と、俺たちの状況がひどく似てる。……あぁ、俺も言われたさ」


 サハラは自分でも息が荒くなっているのを感じる。思いを馳せるのはユデック基地。奇異の眼差し。異様な空気。厳しい口調で告げるセイゴ、朝霧。マオの目。


「――だが、同じじゃない。俺はお前じゃない。《アステロード》は《アズゼアル》じゃない。《アルヴァスレイド》は《フムス=セラフィーネ》じゃない」


 あぁ、そうだ。そうだとも。サハラは口にしながら実感する。灼熱の呪光の中、改めて痛感する。


「だから――俺はお前のように、天使に堕ちはしない。自分に負けは、しない!」

『――貴様ッ……!』


 何かの琴線に触れたのだろうか、ウリエルの声が分かりやすく苛立つ。と、同時に呪光の濃度が急激に増し、サハラは呻き声を上げる。


「ぐぅ……あ……!」

『――く、くはははははは! 口程にも無い! 抑々そもそも其の天使の力は使わないのではなかったか? ん? 己自ら人を外れるのか!?』

「ああ、そうだ……ッ!」


 サハラは呪光で満ちるコックピットを眺める。邪悪な、そして魅惑的な力を宿した光。しかしもう、その光に手を伸ばすことはしない。


「――だが、是は同時に俺の力だ! 使えるもんは使う。利用できるもんは利用する! 力尽くでも!」


 あぁ、そうだ。今までだってそうしてきた。サハラは焼けるような痛みの中、流れ来る憎悪の中、不敵に笑う。

 《アステロード》が《アルヴァスレイド》に変わった時も。訳の分からない力をこの身に宿したときも。サドキエルから武器を引き千切ったときも。イーナク基地での《モレイク》も。《セラフィーネ》化したこの、《アルヴァ》も。

 人だってそうだ。セイゴ隊の皆、ルディたち新型、朝霧やデオン、そして――母さんだって。母さんの名前だって、使えるもんは今まで全部使ってきた。

 なら――これからだって!


「――俺は『純粋な自分の力だけで』なんて面倒なことは言わねぇ! 使えるもんは全部俺の力だ! だから、コイツも! コイツの全力も、俺が!」


 手元のパネルを殴るように拳を打ちつけ、サハラは《アルヴァ》を支配するべく全霊を注ぐ。同時に《アルヴァ》もまた、サハラを支配しようと取り込んでくる。加速度的に増す呪光濃度の中、サハラの脳内に声が響く。


『――暁の残滓、黎明の子よ』


 遠くから、小さくだが確かに聞こえる声。サハラはそれがテノーラン基地の深くに幽閉されたメタトロンのものだと知る。メタトロンの声は、厳かだか、しかし何かを恐れているようだった。


『――其の黒き焔は、貴様自身の憎悪であり、同時にルシファーの力だ。人のままで扱えるとは、とても――』

「うるせぇッ!」


 その助言を、サハラは一声で遮る。強く、《アルヴァ》を制御することをイメージしながら、かつて聞いた言葉でメタトロンに反論する。


「ルシファー? これはもう死んだソイツの力じゃねぇ……奴が俺の中に残した記憶も! この力も! もう全部俺の力だッ! 俺が使う力だ! だから俺は、俺のまま、この力を使う。俺が!」


 あと少し。あと少しだ……!

 サハラのイメージがどんどん《アルヴァスレイド》に近付いていく。同時に、もう自分の体がそろそろ持たないことも勘付いていた。勝負を――掛ける。


『――其の儘堕ちろッ!』


 同時に勘付いたのか、ウリエルが更に呪光濃度を上げる。《アルヴァ》の白亜の体躯が煌めき、その全身が虹色の光そのものと化す。その中で、サハラは愛機に、己の力に訴えた。


「いいか《アルヴァ》……! 目の前のコイツは俺たちの、俺の敵だ。人類の……敵だ。そしてお前は、俺の力だ。誰でもない、俺の、東雲サハラの翼だ! だから――あとは、簡単なことだ」


 赤と虹色で染まりゆく視界から全く目を逸らさず、サハラは言い放つ。


「俺が、俺たちが――コイツを倒す! そのために俺の力に為れ、《アルヴァスレイド》――ッ!」





 端的に言えば、時間が止まったようだった。

 サハラには、相変わらず何が起こったのか――起こっているのかは、わからない。

 全てを包んでいた呪光も、ウリエルの哄笑も、全てが止まっていた。

 そしてそれらが、サハラには黒いフィルムを通したように見えていた。まるでこの『黒』が、時を止めているかのようだった。

 声は――……聞こえない。

 だがそれは、サハラにとって一つの証明でもあるような気がした。

 漆黒のとばりが下りた世界で、サハラは目の前の宿敵を睨む。操縦桿を握り締め、シートに腰を下ろす。深く息を吸って、ペダルに足を掛ける。歴戦の勇士が、剣を携えるように。雄々しき鳥が、翼を広げるように。


「さぁ、《アルヴァスレイド》……いいや」

 

 東雲サハラは新しい、真の自分の力に強く呼びかける。


ぶぞ――《アルヴァ=セラフィーネ》!」



 ウリエルにすれば、それは全く一瞬の出来事でしかなかった。

 己の機体、《フムス=セラフィーネ》の特殊能力「汚染」によって極限まで高濃度の呪光の中、苦しみもがいていた東雲サハラと、その聖天機。

 しかし一瞬――東雲サハラの台詞の一瞬の後に、《フムス》による拘束は打ち砕かれていた。


「――何が、起こった――」


 思わず漏れた言葉。《フムス》の特異に伸びた緑の怪腕は振りほどかれ、そしていつのまにか弾き飛ばされたのだろう、敵の姿は腕の中にはなく――


「――否、問題はそれでは――」


 ウリエルは気付く。払暁の空、昇り始めた陽を背にする黒い機神の姿に。

 黒い体躯。そして肩や腕、足などを覆う真紅の装甲。全身を駆け巡る金色の文様。天を突く頭部の角。緑の双眼。そして背に現れた、三対六枚の翼もまた――漆黒。


「――何だ、何だ、何だ其の姿は――ッ!」


 狼狽うろたえる、困惑するウリエルをモニター越しにその緑眼が睨む。その中から聞こえるのは紛れも無く人間の――東雲サハラの声だった。


『《アルヴァ=セラフィーネ》。お前を倒す、俺の力だ』





『――《セラフィーネ》! 《セラフィーネ》だと!? くくく、くはははははははははははは! 面白い! 其れが、其れが貴様の《セラフィーネ》か!』


 哄笑が響く。そして次の瞬間、《フムス》は《アルヴァ》の背後に現れていた。


『――では其の力を示してみせろ、東雲サハラァァァァッ!』

「上等だッ!」


 《アルヴァ》の背に凶刃が迫る。しかし、《アルヴァ》が大きく翼を広げたかと思うと――既にその姿は、消えていた。


『――ま、さか』


 哄笑が止まり、一瞬の静寂。

 そして《アルヴァ》が上空に現れると同時にウリエルも叫んだ。


『――次元翼!』

「言ったはずだッ、《セラフィーネ》だと!」


 《フムス》の上を取ったサハラは呪光砲を乱射する。豪雨のように光弾が降り注ぎ、《フムス》はそれを次元障でさばく。そして再びまた次元翼、《アルヴァ》の正面に躍り出る。


『――くく、次元翼、まで! 其れだ、其れでこそ俺の待ち望んだ強者だ! 此の闘争、此の闘争こそを俺は十年以上待ち望んでいたァァッ!』


 じゃきり、と《フムス》が構えるのは堕天機に配備される対聖天機用小銃。《アズゼアル》時代のその武器を、ウリエルは狂ったように乱射する。飛び行く《アルヴァ》。銃弾がその軌跡を追い、《アルヴァ》は赤と黒の流星と化す。

 敵も味方も顧みぬ乱射。《アルヴァ》の軌跡にいた聖天機や堕天機が撃たれていく。狂っている、サハラはそう感じながら進行方向へ目を向けた。目に入るのは一機の《ヴァーティス》。


「そんなに撃ち合いたいならッ!」


 サハラは《アルヴァ》の翼を広げ、次元翼を起動する。刹那の暗転の後、《ヴァーティス》の背後をとる《アルヴァ》。サハラは《ヴァーティス》の長砲を掴むといつかのようにそれを引き千切り、《アルヴァ》が構える。


『――くははは! 其の拾ったばかりの兵器で何が!』


 ウリエルが嘲笑と共に《ヴァーティス》諸共サハラを狙う。弾丸に撃ち抜かれ、爆散する《ヴァーティス》。しかしその後ろの《アルヴァ》は、それを次元障で防ぎきっていた。いや、それよりも。


『――貴様、其れは《ヴァーティス》の武装のはずだ』

「違うな――もう、俺の武器だ」


 《アルヴァ》が《ヴァーティス》から奪い取った長砲。元は聖天機と同じ白亜のそれは、今は黒く染まり、そして走る文様の色は金へと変わっていた。


『――其れが貴様の、貴様の聖天機の特殊能力か!』

「さぁな……だが、これでッ!」


 狙いを定める《アルヴァ》。長砲から放たれた呪光の奔流が《フムス》目掛けてほとばしる。咄嗟に翼を広げ、次元翼で遥か上空へ瞬動する《フムス》。しかしその背後に現れるのは長砲を携えたままの《アルヴァ》。


『――しまっ――!』

「貰ったッ!」


 呪光の放たれ、《フムス=セラフィーネ》の翼が撃ち抜かれる。結晶が砕けるような音と共に片翼は砕け散り、《フムス》は次元翼の能力を失う。


『――くく、是だ! 俺を! 俺の翼を撃ったな! 其れでこそ闘争だ、東雲サハラァ! そうだ、もっと俺と戦えッ!』


 狂ったように止まらない笑い声と共に《フムス》の携えた剣が《アルヴァ》へ迫る。次元障を構える、が展開する前に差し出した右腕が斬り落とされた。次元翼で遥か下へと逃げるサハラ。


「旭ウリュウ……人類初の堕天機乗りは伊達じゃねぇな……ッ!」


 例え天使になっても、その強さは衰えず。サハラはそれを痛感すると、サッと辺りを見回す。上から猛スピードで迫り来る《フムス=セラフィーネ》。そしてアルヴァを狩らんと両側から《アルケン》が二機迫っていた。


「《アルケン》……か!」


 初めてこの力を手に入れた戦闘を思い出しながら、サハラは左側から迫る《アルケン》を呪光砲で撃ち抜く。爆散するその手から朱槍を奪うと、振り返りざま、もう一機を朱槍で貫く。爆散する《アルケン》から朱槍を引き抜き、それを《フムス》目掛け投げ飛ばした。


「貫けぇッ!」

『――其の程度!』


 飛来するのは、あまりに些末な下級聖天機の武装。ウリエルは鼻で笑いながらそれを剣で弾こうとした――が。


「追いついたぞッ!」

『――ッ!?』


 朱槍を弾く瞬間、投げた張本人である《アルヴァ》が《フムス》の眼前でそれを再び掴んだ。《フムス》の剣は逆に弾かれ、《アルヴァ》の緑眼が光る。朱槍を走る金色の文様。


「狙うのは――此処だッ!」


 火花が散り、轟音と共に《アルヴァ》が穿ったのは緑の怪腕――その右側。朱槍は砕け散ったが、同時に緑の怪腕も片方が落ちる。そして《アルヴァ》はそれを奪い取ると、斬り落とされたばかりの己の右肩に接続した。


「お前の、《フムス》の腕だって使わせてもらう! 俺が!」


 サハラの言葉と共に、《フムス》のものだった怪腕が《アルヴァ》と融合していく。緑は黒と赤に染まり、改めて金色の文様が腕を走る。瞬く間に、それは紛れも無い《アルヴァ》の右腕と化した。


『――くく、くははははははははは! 成程! 其れが、其れが貴様の真の力か、東雲サハラ!』

「そうだッ! だからこれで――終わりにするッ!」


 そう言い放つと共に再び次元翼で消える《アルヴァ》。そして再び現れるときには両手に《ドミニア》の双剣を携えていた。残った怪腕で襲い掛かる《フムス》。しかし、その哄笑ごと《アルヴァ》がそれを切り裂く。


『――闘争! 闘争! 是ほど悦ばしき、喜ばしき事は無い!』

「おおおおおおおおおおおッ!」


 最早ただただ高笑うだけの《フムス=セラフィーネ》の胴体を巨大な右腕で掴み、サハラは雄叫びと共に上空へ飛ぶ。猛烈な加速と共に、二機は流星となって天高く突き抜けていく。


『――矢張り! 矢張り俺たちは同じ覚醒者だ! くははは!』

「違う! お前は力に負け、俺は力と共に戦う!」

『――否、違わぬとも! お前も其の力に至った!』

「あぁ、そうだ! だが力に使われるお前とは違う! 力に溺れるお前とは違う! 俺は、俺が力を使う!」


 基地を遥か目下にして、背にしてサハラは飛ぶ。払暁の、白亜の空に《アルヴァ》が黒と赤の軌跡を描き出す。


『――くはははははは! では改めて問おう、東雲サハラ! 貴様は何故戦う! 戦う為に戦うの無ければ、何故其の力に手を!』


 それは、かつてウリエルに大敗を喫したときに聞かれた言葉。ユデック基地を己の機体で崩し、壊したときの言葉。あの時、サハラは気圧された。しかし、いま、彼は毅然として答える。


「俺は――俺は! 俺が俺であるために戦う! ……いいか、よく聞けッ!」


 サハラは宿敵を、その金眼にしかと焼きつけながら告げた。ウリエルを捕らえた《アルヴァ》の拳が呪光の光を宿す。


「お前を倒すのは覚醒者でも暁の残滓でも天使でもない。セイゴ隊四番機、東雲アシェラの息子――人間の! 東雲サハラだッ!」


 ――ヴィォォォォン!

 《アルヴァ=セラフィーネ》の文様が掌に向かうように煌めき――呪光の奔流が《フムス=セラフィーネ》を穿った。





「い、異天二号機……《セラフィーネ》を撃破しましたっ!」

 刹那の静寂。そして湧きかえる管制室。その勝利と畏怖の混じる不可思議な色の歓声の中、春雷デオンは拳を握り締め巨大モニターを見つめる。

 そこには、朝日を背にして堂々と佇む黒き翼の機神――《アルヴァ=セラフィーネ》の姿が神々しく輝いていた。

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