第48話 楽園の蛇

『抑えるぞシューマ!』

『了解ッ!』


 向かって来た二機の《デイゴーン》を迎え撃つセイゴ隊の《アステロード》。操られたルディ機とセイゴ機が、タオ機とシューマ機が激突する。

 振り下ろされるルディ機の凶爪。セイゴはそれを実体剣で捌くと、そのまま背面へ回り込む。青い百合を斬らんと振り上げる剣。しかし振り向きざま、ルディ機が乱暴に薙ぎ払う。セイゴ機が飛び退き、再び間合いが開く。


『――なめてんのかッ! 《アステロード》じゃあ無理だ!』

『なめてるのはお前の方だな、ルディ』


 迫り来るルディ機に牽制の小銃を撒きながら、セイゴはそう言い放つ。


『敵に自由を奪われる程度のエースに追い詰められる俺じゃあない!』

『――なんだとォッ!?』


 ルディの怒号に合わせるかの如く、《デイゴーン》が急接近しセイゴ機を叩く。肩部装甲を切り裂かれ火花が散る。態勢を崩したセイゴ機へ、ルディが咆える。


『――言っただろ! 退けよッ!』

『俺に文句を垂れてる暇があるなら自分でどうにかしてみせろ!』


 叱責と共に再び間を詰めるセイゴ機。負けじとルディも操縦桿を振り回す。幸か不幸か、目の前のセイゴ機は考えに入れなくていい。今は、自機を取り戻すことが重要だった。


『――糞がッ! 畜生ッ!』


 全天周モニターを蹴っ飛ばしながらルディはやたらに操作をする。全く反応しない愛機に怒りが募る。先程からコックピットには活動限界を告げるアラートが鳴り響き、ルディ自身も燃え上がるような感覚に包まれていた。


『――あの野郎ォォッ!』


 ギロリ、と高空で佇む《マイム=セラフィーネ》を睨む。その時、間を二機の堕天機が通り抜けた。

 セイゴ機とルディ機が応戦する一方で、シューマもまた操られたタオ機を抑えていた。


『――ちっ! タオじゃないのに《アステロード》に抑えられるの苛々する!』

『言ってろクソガキ!』


 放たれた呪光砲の光弾を軽口と共に交わしながら、シューマはタオ機の後ろの百合を狙う。火を噴く小銃。しかし、《デイゴーン》はその弾丸を逞しい前腕で弾く。構わず続けざまに撃つシューマ。


『『楽園の蛇』に加わればあの生意気女に名前を覚えて貰えるらしいからな、これくらいは出来ないと!』

『――何の話だッ!』


 苛立ちを募らせたタオのように《デイゴーン》がシューマ機に迫る。しかし、ガブリエルが同時に二機扱っているためか、その攻撃は直線的で大振り。《アステロード》はその爪を蹴っ飛ばすと、再び攻勢に回る。しかし、百合はいつまでも撃てず、シューマが声を荒げる。


『サハラッ! お前はガブリエルを!』

「あぁ!」


 シューマに促され、サハラはペダルを踏んだ。格闘する四機の上空を飛び、ガブリエルの駆る《マイム=セラフィーネ》に迫る。

 しかし、その間にもう一機の《デイゴーン》が立ちはだかった。


『――待って……!』

「ハウ……!」


 ハウの悲痛な呼びかけと、ガブリエルを庇うように身を開いた《デイゴーン》の直前で、思わずサハラは足を止める。それを見たハウは《アルヴァ》に背を向けると、《マイム》にすがりついて問いただす。


『――是は何? 如何どうして、タオとハウの邪魔はしないって!』

『――おや』


 少女の悲痛な叫びに、《マイム》がハウ機を見る。その声色はどうでも良さげな色を帯び、その文様は無関心を示すように鈍く光った。


『――タオを離して! タオは、タオはハウの――』

『――未だ居たのか、もう厭きた』


 ハウの言葉を遮った、ガブリエルの冷徹。《マイム=セラフィーネ》が瞬時に展開させた次元障に弾かれ、その機体は遥か下へと落下していく。ガブリエルはその後にすら目もくれず、陶酔するように語り始めた。


『――嗚呼、蒼く咲き誇る第三幕! 肆の――否、伍か? まぁ好い――大翼は其々それぞれ個々の権能を振りかざす。狂喜の片翼は汚染、愚叛の黒翼は融合。我が悦楽の蒼翼は、支配!』


 サハラはその朗々とした高説に焦れる。眼下では既に限界の近い二機と《アステロード》が交戦。抑えられてはいるのものの、背にある百合――恐らく《マイム》の子機――は破壊に至らない。

 目の前の、まだ傷の少ないガブリエルを撃破することと天秤にかけたサハラは、その不快な声に背を向け、《デイゴーン》たちへ飛んだ。

 背中のアレを壊した方が、早いッ!


『――其れは無粋だ、黎明の!』


 しかし、その思考を呼んだかのように、《マイム》が下降する《アルヴァ》の前に立ち塞がる。躱そうとする《アルヴァ》の腕を掴み、押し留めるガブリエル。


「ガブリエル、お前ッ!」

『――厭いたか? 性急だな黎明の。為らば、是は如何かな?』


 まるで挑発するようなガブリエルの台詞と共に、《マイム》の文様が輝く。そしてサハラの目前で、タオ機とルディ機が《アステロード》たちを振り切り、お互いへと突進する。


『――止まれッ! くそ、止まれってんだよ!』

『――タオの言うことを聞けェッ!』


 焦る二人に反して、《デイゴーン》は加速と共に、その豪爪を真っ直ぐに伸ばす。その先に待っている当然の未来に、サハラは声を荒げる。


「――ガブリエル貴様ァァッ!」


 《アルヴァ》の文様が金に光り、開いた翼で飛ぼうとする。しかし、《マイム》も対抗するように文様を輝かせ、その腕は《アルヴァ》の豪腕を離さない。


『――くく、ははははははは! 咆えるな黎明の。厭いた貴様に魅せてやるとも、円環の如く、共に喰らい合う二匹の蛇を!』

「――此の、ガブリエルゥゥァァァアアアアッ!」

『――ははははははははははははははは!』


 サハラの怒号とガブリエルの哄笑が戦場に響く。次元翼で向かわんとする《アルヴァ》の輝きに、《マイム》が干渉し阻止する。逃げられた《アステロード》二機も追うが、《デイゴーン》の全速には追い付かない。


「ルディ! タオ!」

『――糞ッ! アタシは、アタシは星影ルディだぞッ!』

『――タオは、タオはハウを! ハウを!』


 サハラの叫びも届かず、少女らの操作も受け付けず。百合の毒に狂った海獣は、お互いの胸を見定めると一気に突っ込み――激突した。

 鋼鉄を貫く轟音と共に、炸裂する火花。《デイゴーン》は深々とその胸を突き抜かれ、呪光の光が傷から漏れ出す。誰が見ても、大破のそれだった。


『ねぇ……ねぇッ!』

『あ、あ……あ……!』


 しかし。

 直後に漏れたルディの声にも、タオの声にも痛みのそれはない。


『よかっ……た……』


 周りでの激戦が遠い出来事のように、その空間だけを静寂が包む。セイゴ隊、そしてルディ隊が見守るその先で《デイゴーン》の胸には豪爪が突き刺さっていた。

 その攻撃を受けた《デイゴーン》の肩に刻まれた数字は、「Ⅲ」。

 ルディ隊三番機――五十嵐ハウの、《デイゴーン》。


『ハウ! おい、ハウ! どうして……どうしてッ!』

『ハウ! ハウ! あぁ、タオが……タオが、ハウを……!』


 二機がそれぞれを討つ直前、急上昇したハウ機がその間に割って入る。結果タオ機とルディ機に損壊はなく、ハウ機はその両方の攻撃を身に受けていた。


『タオ……ねぇ、タオ……?』


 ハウは細々とした声で、片割れに呼びかける。その声からは〈智人ジルヴ〉の艶や響きは消え、ただの、五十嵐ハウのそれに戻っていた。


『ハウ、どうして……』

『確かにね、ハウは……タオと一緒に、いたかった。……いやだって言ったタオは……タオじゃないって……思った……』


 ハウがその心中を漏らすように、《デイゴーン》から溢れる光が多くなり、虹色でその傷を包む。


『でもね、タオはやっぱり……タオ、なの。タオじゃないタオも……やっぱりタオ……だったの』

『いやだよ。待ってよハウ。わかんない、わかんないよ』

『わかんない、よね……でも、よかった……』


 タオ機のモニターは、ハウ機の大穴を正面に映す。虹色と赤色で濡れたコックピットも見えている。ハウはモニター越しに、タオへ微笑んだ。


『ハウ、最後にタオを守れた……えへへ……初めて、守れた……』

『やめてよ。最後なんて言わないで、ねぇ、ハウ』

『……ルディ』


 ハウはタオに微笑むと、ルディへと声を掛ける。ルディは、未だ現実を見ていることしか出来なかった。


『ルディ、タオを……タオを、よろしく』

『おい、よろしくって……そんな、諦めのいい言葉……ッ!』


 ハッとするルディ。ハウ機の双眸が点滅し、その時を告げる。コックピットの中にも光が溢れ、タオ機からもハウの姿がよくわからなくなる。


『ハウ! 待って、行かないで! ハウがいなきゃタオは、タオは!』

『タオ……』


 全く、と言わんばかりの慈愛に溢れた声。


『……ごめんね』


 ハウのその言葉を最後に、《デイゴーン》は虹色の光と共に砕け散った。二機の《デイゴーン》の爪は何を捉えることもなく、光の中ただ空に伸びていた。

 刹那の、静寂。

 そして次の瞬間、二種類の声が戦場を覆った。


『――くく、ははははははははははははははははははははははははははははは!』


 一つは、嘲笑。


『――あ、あ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!』


 一つは、絶叫。

 戦場にそれぞれの思いが、感情が、暴走が木霊する。


『――う成るか! くく、是だから羽無しは厭きない。て、遺った二匹は如何喰らう? 或いは自壊に崩れるか!』


 ガブリエルにとっても予想外の展開に、彼は悦楽に浸る。そしてその眼前では、二機の《デイゴーン》に変化が表れていた。

 絶叫と共に、二機は滲み出るような光に包まれる。その絶叫は怒りであり、痛みであり、そして哀しみであるようにサハラに届く。


『まずいッ! 活動限界なのに制御装置が作動しないッ!』


 管制からデオンの声が届く。セイゴ隊の見守る前で、《デイゴーン》は光に包まれていく。そしてその光は《デイゴーン》の装甲を一部灰燼と変えながらも、その背中に集う。

 一瞬――一瞬だが、黒い翼が淡く現れ、背に植わっていた百合を引き剥がす。そして二機は自身を包んでいた光を飲み込んだ。


『――熱い……ッ! タオは……タオは……ッ!』

『――アタシも熱いよ、タオ……! 何が起こってんのか解んないし、凄く痛くて辛い……ッ! でもォッ!』


 ルディ機が拳を握り締める。その青と黒の体躯に一瞬走る、銀の文様。海獣は目を怒らせ、その先に蒼い天使を睨む。


『――奴を殺さなきゃ、アタシは死ねない。アタシのからだが、の光が……斯う云ってる!』

『――タオが……タオが、ハウの仇をォォォッ!』


 次の瞬間、二機は弾丸の如く《マイム=セラフィーネ》に迫る。ハウの死を嘲笑していたガブリエルはその勢いに、再び笑い声をあげる。


『――くく、蛇風情が! 醜悪な覚醒か、灰燼の断末魔か……』


 そう言いつつ、《マイム》が翼を大きく開きその身に金の文様を走らせる。だが、サハラはそれを見逃さず《アルヴァ》も翼を展開させそれに干渉する。


「――貴様は俺が逃がさねぇッ!」

『――ははっ! れるな!』


 ガブリエルはそう吐き捨て、次元翼ではなく強引に飛び去ろうとする。迫る《デイゴーン》二機を背に、《アルヴァ》を蹴り飛ばして、なんとか離脱する――が。

 流星の如く突撃した《デイゴーン》はその六翼を穿ち、《マイム》のそれが次元翼の能力と共に散華する。点滅する《マイム》の文様とは裏腹に、ガブリエルは更に嗤う。


『――翼を穿たれたか、是程とはな……為らば、来るが好い!』


 高らかにそう告げ、身を翻し飛び行く《マイム》。追おうかと思うが、サハラは隣に並んだ二機――文様の浮かんだ《デイゴーン》の中から感じる気配に、目を見開く。そこに感じられたのは、いつもの二人というよりはあのウリエルに近い雰囲気のものだった。


「まさか二人とも……ッ!」


 翼を一瞬現した機体。文様の淡く浮かんだ《デイゴーン》。迎えたはずの活動限界。そして、この気配。サハラの脳裏を受講に触れた者の末路がよぎる。


「駄目だッ、一時的に適合してるだけで、或いは……!」

『――らないねェ!』


 焦るサハラの言葉に返ってきたのは、ルディの力強い意志だった。


『――後の事? 天使化? 死ぬんだとしても、其れは今識った事じゃ無い。アタシには今、力が在る。身を焦がす程の、身を滅ぼせる力が在る。……初めて《アルヴァ》に乗ったアンタだって、斯うだったんじゃないのか?』

「ルディ……」

『――だから、タオは戦う。此の力で、タオの力で……彼奴あいつを殺すッ! ハウの、仇をッ!』


 その言葉を合図にして、二機は雄叫びと共にガブリエルを追った。その背ににわかに翼を宿し、道を阻む天使を巻き込み、仇を追う。サハラはその流星に、自身の過去を見る。


『お前と同じだサハラ。もう、止まんねぇよ』


 隣に並んだシューマ機が、《アルヴァ》にそう告げる。セイゴ隊は、《マイム=セラフィーネ》本体ではなく、その周囲を追従する青い百合に目を向ける。


『行くぞサハラ。セイゴ隊はあれを撃破する』

「……――了解ッ!」


 彼女らの意志を飲み込むと、サハラはペダルを蹴っ飛ばした。

 怒りの哄笑と悦楽の哄笑が戦場を駆け抜ける。覚醒した《デイゴーン》は《マイム》へ一気呵成に畳みかける。二機が波状攻撃を仕掛け、ガブリエルに反撃の隙を与えない。


『――くく、蛇風情が目覚めたか。否、蛇故に目覚められたのか? 何れにせよ不快極まりないな!』

『――煩せェェェェェェッ!』


 どちらのともわからない咆哮と共に、無数の光弾がガブリエルを追う。展開される次元障。しかし、飛来した《デイゴーン》がその豪爪で障壁を突き破る。


『――其の程度で、タオが止められるかァァッ!』


 ルディ機の支援を受け、タオ機が突貫する。たまらず朱槍を突き出し応戦するガブリエル。しかし、追い詰められていてもその嘲笑は止まらない。そしてそれが、二人の怒りをますます燃え上がらせる。憤怒のままに咆哮し、付近の聖天機も引き裂きながら、二機は宿敵を追う。

 一方、セイゴ隊は追い込むように百合を追尾。ガブリエルの意識の外に出てしまったのか、二つの百合は何をするでもなくセイゴ隊から逃げ回る。


「いい加減にしろッ!」


 次元翼を発動し、回り込むサハラ。刹那、急停止したのを見逃さず、《アルヴァ》が囲むように次元障を展開し、そこへ二機の《アステロード》が小銃を叩き込んだ。

 爆風。まるで花びらのように、うち一つの百合が砕け散る。しかし、その爆風を利用するように、もう一つは次元障から抜け出す。《アルヴァ》が追い剣を振るうも間に合わず、何かに呼ばれたように飛び行く百合。その先には追い詰められた《マイム=セラフィーネ》の姿があった。


『――是はッ、ハウとタオの怒りだアアッ!』

『――貴様アンタだけは……貴様だけはァァァァッ!』


 咆哮が更にブースターを燃やし、二機が突貫する。展開していた次元障を二機で打ち破り、構えられた朱槍をタオ機が弾き飛ばす。そしてその空いた白亜へ、ルディ機が突っ込んだ。弾かれた勢いそのままに後退する《マイム=セラフィーネ》。しかし、それを猛追するルディ機。赤い文様の迸った豪爪がその体躯へ迫る――が。


『――くく、くはははは! 間に合ったッ!』


 その嗤い声と共に、ルディ機の眼前を何かが覆う。それは、背中に青い百合を背負ったもう一機の《デイゴーン》。ハッとしたルディの操作も間に合わず、その凶撃は仲間を――タオ機を貫いた。


『あ……――タオ……!』

『――第三幕も終局、さぁ愚かしき蛇よ、自らの牙でその身を喰らうが好い! はははははは!』


 一転攻勢、勢いを失ったルディ機を嗤うガブリエル。ルディは突き刺した己の攻撃に、目を見開く。


『――あ、アタシは……アタシは……ッ!』


 アタシは、二人も。

 その現実に打ちひしがれ、後退しようとするルディ機。しかし、怒号がその動きを止める。


『――そうじゃ……ないだろッ!』

『――タ、オ……!』

『――そうじゃない、だろ! タオの識るルディは、ハウの識るルディは、そうじゃない!』

『――アタシ……アタシ、は』


 向き合ったタオ機の目が強く光る。まだ、その目は死んでいない。淡く浮かび上がる文様。まだ、その銀色は失せていない。耳に届くタオの言葉。まだ、その闘志は消えていない。

 タオは、まだ、勝つ気でいる。

 そう気付いたルディの耳に、タオの叫びが届く。


『――其のまま……其の儘、貫け、ルディ!』

『――アタシ、は……アタシは……ッ!』


 アシェラにはいつも、二人を頼むと言われていた。

 ハウには、タオをよろしくと言われた。

 でも、いまタオを貫いて……アタシは、もう戻れない。

 でも、いま。

 今此処で止まれば――アシェラの言葉も、ハウの頼みも、タオの意志も、全部、全部無駄にすることになる。

 そうじゃない。アタシはそういうパイロットじゃない。アタシはそういう戦士じゃない。

 覚悟を決めたルディが正面を見据える。操縦桿を痛いほど握り締め、燃え上がるようなコックピットに歯を食いしばり、全身の力を込めてペダルを蹴っ飛ばす。

 相変わらず彼奴は嗤っている。アタシたちを。それをぶっ壊して、アタシたちの力でアイツに勝つ!


『アタシは――アタシはエース! 『楽園の蛇』のエースでルディ隊隊長! アタシは、星影ルディだァァァァッ!』


 パイロットの咆哮と共に《デイゴーン》も咆える。ブースターが爆音と共にその背を燃やし、光を纏って再び突っ込んだ。止まらない勢いに、なおもガブリエルは嗤う。


『――そうか、そう繰るか! 龍たらんとする蛇。然し!』


 嘲笑うように、《マイム=セラフィーネ》はその身を躱そうとする。しかし、その肩をタオ機が掴んだ。タオ機の背に蒼い火花が迸り、腕は銀の文様で赤熱する。胴は深く突き刺され、しかし、それでもなお、ガブリエルを離さない。


『――蛇風情が、我が支配に抗うのか』

『――タオと、ハウの……意地、だ……ッ!』

『――興の冷めることをッ!』


 逃げ道を失い、次元障を展開させる《マイム=セラフィーネ》。タオ機を貫いたルディ機の爪は火花を散らし、障壁に阻まれる。ガブリエル渾身の次元障に、タオ機の腕もまた阻まれ、ギリギリの状態で《マイム》を抑えていた。


『――こんなもんじゃあ……こんなもんじゃあないだろッ! 《デイゴーン》!』


 コックピット内の呪光濃度が高まり、ルディは左目に激痛を感じる。程なくして左目は輝きを増す呪光に耐えられず、白い火を灯し、ルディの身を焼く。激痛が左目から流れ込む。

 しかし、ルディは手を緩めない。更に燃え上がるその意志に呼応して、コックピットが輝きを増す。一層熱くなる左目さえも構うことなく、ルディは操縦桿を振り抜いた。


『――いっけエエエエエエエエエエエエエッ!』


 咆哮と共に砕け散る次元障。最早阻むもののないその一撃は、虹色の光と共に《マイム=セラフィーネ》の胴体を貫いていた。その白亜を突き破る轟音と共に、タオ機の双眸もまた、光を失っていた。


『――アンタの言ってた、蛇風情の手で死ぬ気分は如何だ』

『――ははっ! 好いだろう。……『楽園の蛇』。其の名を刻んで冥府へと墜ちてやる。――然し』


 その途端、停止したはずの《マイム》が大きく両腕を開き点を仰ぐ。最後の務めを果たさんが如く、トランペットは朗々とその言葉を鳴らす。


『――宣告の天使として告げよう、羽無しよ! 間も無く、神判の時に至る。穢土に門が降り、光は総べてを覆う』


 この言葉を遺して、《マイム=セラフィーネ》はタオの《デイゴーン》と共に爆散した。まるで――その先の未来さえも、嗤うように。


『今此の瞬間、我が死を以て宣言しよう、黙示録を!』

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