第14話 騎士、再臨

 結果から言おう。

 サハラの予感は当たっていた。

「くそッ……!」

 基地への道を走るサハラ、その見つめる先では次元のゲートが開き始めていた。瑠璃色の空を少しずつ虚無が侵していく。

 後ろからマオとアランの声がするが、サハラには届いていなかった。

 先程の声を思い出しながら、一心に基地を目指す。

 ウリエル。

 かつて一度、上級の天使ヘルヴィムに乗り現れた男。

 サハラはそれと戦った――否、戦えてすらいなかった。

 《ヘルヴィム》とウリエルが成す戦闘に一方的に押され、言いたいことを言われただけだ。

 その声が、自分の名を呼んでいた。

「……ウリエル……!」

 これから起こる戦いの激しさを予感しながら、サハラは再びその名を呟いた。

 来る。

 奴は確実に今回現れる。

 だんだん強くなっていく確信を胸に秘めて、サハラは基地を目指す。



 サハラが基地に辿り着いた頃には、既に基地内も戦闘態勢に入っていた。

『天使の襲来を確認。天使の襲来を確認。カトスキア各員は戦闘態勢に移行せよ。繰り返す――』

「今回のゲートは基地の近くだ、準備急げ!」

「非戦闘員は所定の位置に退避!」

 基地内に響く警報。飛び交う怒号。

 その中を突っ切って、サハラは駆け抜けていく。

 作業着を着た男の間を器用に縫って走る。

「おい坊主!」

 呼び止められて、足を止め振り返る。スキンヘッドのおっさんが厳つい顔でこっちを睨んでいた。カトスキア支給の作業着であるところを見るに、この辺を持ち場にする職員らしい。

「お前、そこで何してる!?」

 叱り飛ばされて、自分がいつもの制服ではなく私服であることを思い出す。

 サハラは慌てて胸もとのポケットに入れていた職員証を取り出して見せた。

「堕天機パイロット、セイゴ隊の東雲サハラ!」

 サハラも怒鳴られたことと、急いでいることも相まって返事がぶっきらぼうなそれになる。

「堕天機のパイロットか!」

 証を確認し、所属を聞いておっさんの厳つい顔が笑顔になる。

「そうか、俺たちの分までよろしく頼むぞ!」

「あぁ!」

 おっさんのサムズアップを尻目に認めると、サハラは声を背に受けて再び走り出した。

 廊下を一気に駆け抜けると、いつものセイゴ隊のロッカーへ飛び込む。

 中ではシューマが先に準備を始めていた。トレーニング室に居たのだろうか、少々汗ばんだ体を拭いてパイロットスーツに着替えている。

「早かったなサハラ」

 アラン辺りから今回三人で出かけていたことを聞いてたのだろうか。シューマの問いに、サハラは端的に答える。

「嫌な予感がして、な」

「嫌な予感?」

「あぁ」

 話しても仕方がないことと思い、サハラを内容は話さず手早く着替えていく。

 シューマもサハラが何か漠然としたものを感じていることを察し、

「わかった」

 とだけ返す。

 サハラが着替え終わる前に、セイゴもロッカールームへ入ってくる。サハラは着替え終わると、「先に行ってます」とセイゴへ一声かけてロッカールームを出た。

 再び喧騒が身を包む。耳障りないくつもの警報、駆動音、怒号。

 懸命に戦う作業服の職員と、主を待つ黒い巨躯の間を走り抜け、サハラは愛機のある第二格納庫へ向かう。

 第一を抜けた先の、第二格納庫。その入り口の近くに他の堕天機とは一線を画す赤い機体がある。

 《アルヴァスレイド》。

 サハラは愛機の姿を認めると、近付いて、そのまま一気にタラップを駆け上がった。

 いつもの調子で《アルヴァ》の胸部に位置するコックピットへ滑り込もうとしたが、

「おい、サハラ!」

 呼び止められて顔を上げる。そこにはメカニックである残夜ゴロウの姿があった。

 ゴロウはサハラの顔を確認すると、一言。

「行って来い!」

「応!」

 サハラも負けじと強く答えると、闘志を新たにコックピットへ飛び込む。

 《アルヴァ》を起動させ、全天周モニターが第二格納庫の中を映す。他の堕天機を整備する者がいれば、《アルヴァ》の腹部近くに伸びた足場ではゴロウが出撃の準備を行っていた。

 深く息を吸い、戦闘への気持ちを高める。

 俺が、やるんだ。

 サハラは自分がエースであることを再度心に強く思っていた。

 そんな最中。


 ――――!


「ッ……!」

 突然の、頭の中を搔き乱すような耳鳴り。サハラは顔を歪めながら、先程までの『嫌な予感』を思い出す。

 近い。

 サハラは先程よりも確実に、そしてより強くウリエルの存在を感じ取っていた。

 あくまで予感でしかないはずだが、しかしそれを否定する理由はどこにもなかった。

「俺が……!」

 前回狙われたのは、紛れもなくサハラ。

 ならば今回は……!

 そう考えたサハラは、操縦桿を強く握り直した。

 程なくして、管制から通信が入る。

『遅くなってごめんなさい!』

 しかしそこから聞こえてきたのはアランの声ではなく、さっきまでサハラと共にいた少女の声だった。

『マオ? アランはどうした』

 隊長が尋ねると、マオが訳を話す。

『今アランは朝霧さんに呼び出されてて! 緊急なので私が代わりに発進を支援しますっ!』

 走ってきたのだろう、息が上がっているのが通信越しでも伝わる。隊長はここでこれ以上突っ込むことはせず、了解を告げた。

『……わかった。一番機、出られるぞ』

『二番機、完了』

「四番機、いつでもいける」

 隊長の言葉にシューマ、サハラが続く。

『では発進シークエンスに移ります、戦況の説明はその間に!』

 マオの言葉で、《アルヴァ》のある第二格納庫も一気に慌ただしくなる。

 サイレンが鳴り、作業をしていた職員たちが退避を急ぐ。《アルヴァ》の腹部にあった足場も格納されたのを、サハラはモニター越しに確認する。

『今回は次元のゲートが基地のすぐ近くの上空に現れました』

 セイゴ機、シューマ機が続々とカタパルトに入っていく。

『確認されている天使は《エンジェ》と《アルケン》。しかしまだゲート自体は開いているため、援軍への警戒を怠らないでください』

 サハラも管制のマオに促され、《アルヴァ》の歩を進めた。

 慎重に、しかし手早く《アルヴァ》の足をカタパルトに乗せると、マオがシークエンスを読み上げる。

『――アンゲロス波長確認。カタパルト推力正常。進路クリア――』

 いつも聞いているアランではない、マオのアナウンス。

 しかし信頼は十分であり、不思議な安心感さえあった。

 シークエンスを読み上げたマオが、自分の名を呼ぶ。

『――サハラ機、発進どうぞっ!』

「東雲サハラ。四番機、《アルヴァスレイド》出るッ!」

 サハラの声に、《アルヴァ》が呼応する。

 腹部に気合を入れた瞬間、カタパルトが咆えた。

 《アルヴァ》が赤い弾丸となり、碧空に撃ち出される。

 サハラは基地の外へ出たのを確認すると、即座に姿勢を制御して天を仰いだ。

 《アルヴァ》の緑眼に、次元のゲートの虚空が映る。

 周りで繰り広げられている戦闘を他所に、サハラはじっと虚空を睨んでいた。

 そこへ、シューマの《アステロード》が接近してくる。

『どうしたサハラ?』

 小銃で辺りを牽制しながら問いかけてきたシューマへ、サハラは一言、答えた。

「――来る」

 その瞬間。

 虚空が揺らめいて、何かが姿を現し始める。

 サハラがその姿を認識すると同時に、マオからも通信が届く。

ゲート付近に反応あり! こ、これは……』

 銀色の体躯。走る文様もまた、銀。

 左手に剣を、右手に盾を持つその様はさながら騎士。

 王冠の如き造形の頭部と、二対四枚の翼を有する天使。

『上級の天使、《ヘルヴィム》です!』

 現れた《ヘルヴィム》は眼下に《アルヴァ》を見つけると、突きつけるように剣を構えた。

 そしてサハラの耳に、今日数度目のあの男の声が届く。

『――よう、久々だなァ、おい』

 これから始まる戦いを愉しむような、そんな声にサハラは苦々しくその名を呼ぶ。

「ウリエル……!」

『――あの頃からは幾らか、ってとこだな』

 相変わらず嚙み合わない会話。サハラの声は届いているのかいないのか……ウリエルは構わず一方的に続ける。

『――俺の呼びかけも、ちゃんと聞こえてたみたいだしなァ、ん?』

「やっぱり、お前……!」

 街中で聞こえたウリエルの声。やはりあれは幻聴ではなかったのだとサハラは知った。

が仕向けた二人もやられちまったしよォ……俺が様子見に来たって訳だ、東雲サハラ』

 名前を呼ばれただけなのに、悪寒が背筋を駆け抜ける。

 サハラが何かを言い返そうとした――その瞬間、《ヘルヴィム》が動く。

 構えた剣を《アルヴァ》の胸を目掛け突き出す。一瞬の不意を突かれたサハラは左腕部の盾でなんとかそれを受け止めた。

「お前ッ……!」

 盾と剣の間で火花が散る。

 そしてサハラの耳に、ウリエルの歪んだ声が届いた。

『――東雲サハラ……楽しませてくれよォ!』

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