第十三章 神判の門

第49話 門

 〈智人ジルヴ〉。

 ガブリエルの刻印をその身に受け、それぞれの目的と謀略をもってカトスキアに反旗を翻した者たち。

 あの日――ガブリエルを討ったあの日、各所で一斉に蜂起した〈智人ジルヴ〉だったが、そのほとんどは戦死し、残った者も捕らえられることで、反乱は終結した。

 騒動こそ派手ではあったが、後から聞けば〈智人ジルヴ〉は少数だったという。また、裏切った彼らはそれでも人間であることには変わりなく、結果として天使からも人間からも刃を向けられ、散っていった。


「……じゃあ、さ」


 天井の崩れた格納庫、一機だけ佇む《アルヴァ》のコックピットの中でサハラはそう呟いた。モニターに透かした小瓶の灰は、ただ白いだけで何も答えない。


「……アイツらは……何のために戦ったんだろうな」


 長閑ユード。夕靄アラン。五十嵐ハウ。彼ら〈智人ジルヴ〉に共通意識はなかったという。ただ、己の心のままに。ガブリエルの刻印に増幅され、歪んだ本性のままに。

 ガブリエルに言わせれば、ただの玩具だったのだろう。そこに意義なんかないし、壊れた玩具がどうなろうと知ったことじゃない。改めてそう思うと、サハラはひどくやるせなかった。

 アランとハウは死亡が確認され、そしてユードは捕縛され、他の残った〈智人ジルヴ〉と同じように投獄された。呆気ないほどそれらは簡単に処理された。

 しかし、残った傷跡は未だ癒えない。

 基地の一部は破壊され、職員も多く死んだ。連日修繕が続くもののまだ万全とは言い難かった。メタトロンの死も、その存在を知る一部の職員には動揺を与えていた。

 ハウとタオは丁重に弔われた。そして、あまりにも天使化し過ぎたルディは集中治療に入り、ルディ隊は実質の解散。サハラ自身も、仲間を多く失っていた。


「隊長、マオ、シューマ……」


 サハラは共に空で戦う仲間の名を呟く。セイゴはその胸中を見せることなく毅然とし、そしてマオは目の前で死んだアランに嘆きながらも任務に戻っていた。ただ、シューマはあれから覚悟したような、思い詰めたような表情を浮かべていた。


「……シューマ、心配だな」


 何か悪いこと考えてなきゃいいけど。

 サハラが小瓶を揺らしながらそう考えていると、ノイズ交じりの通信が届く。


『サハラぁ! もういいぞ、降りて来い!』

「了解」


 小瓶を仕舞うと、サハラは気分を切り替えて《アルヴァ》を降りる。機体の足元ではセイゴ隊のメカニックである残夜ゴロウの姿があった。


「ありがとうおっちゃん。どうだった?」

「どうもこうも……」


 サハラが愛機の具合を尋ねると、ゴロウは苦笑いと共に赤い機神を見上げた。今は翼も現れておらず、その双眸も戦いのときを待っている。


「やっぱり化け物だよコイツは。他の機体はまだ修理中だってのに……コイツはもう、いつでも出られる。万全だ」

「万全、か」


 〈智人ジルヴ〉以上に人間ではない、自分と《アルヴァ=セラフィーネ》。皮肉だが、サハラは頼もしくも思っていた。天使の力だが、この力のお陰で俺は戦えている。


「しかしサハラ、本当にいつ出撃かもわからんのだろう?」

「ん? ……あぁ」


 怪訝なゴロウに、サハラは今新たにテノーラン基地を騒がせている事象を思い出した。そのことを口にしようとした――が、その時。


「――――ッ!?」


 サハラを耳鳴りと頭痛が襲う。天使の言葉を聞いたときのように、或いは大天使の出現を感じた時のようなそれにサハラは顔をしかめた。幸い、それはすぐに収まる。


「どうしたサハラ、大丈夫か?」

「大丈夫、もう収まった……」


 心配するゴロウへ笑いかけながら、サハラは上を見上げる。一部崩れた天井から覗く青空は、呆れるほど青く何の予兆もない。


「やはりここにいたか。東雲サハラ」

「朝霧……さん」


 声を掛けられ、顔を戻せば朝霧がこちらへ歩いてきていた。ゴロウは二人から離れ作業に戻ろうとするが、何かを思い出したように朝霧へ声を掛けた。


「そういや朝霧さん、この前入った《デイゴーン》はどうすりゃあいい?」

「あぁ。かつて二番機と三番機があった場所で構わない」

「了解ィ」


 格納庫の奥へ他の作業員と消えるその背中を眉ひとつ動かさず見送ると、朝霧はサハラの目を見ながら尋ねた。


「先程の様子だと、感応しているようだな」


 その言葉の示すことを悟り、サハラは頷いた。


「……あぁ。ここ連日……日に日に頭痛も強くなってる」

「ガブリエルの言っていた『神判』『門』『黙示録』は関係あると思うか」

「間違いなく」


 その答えは予想していたのだろう、朝霧は「そうか」とだけ確認するとサハラに召集を告げた。格納庫を後にし、サハラは朝霧の背中を追う。




 現在、テノーラン基地はとある異常を観測していた。

 テノーラン基地の面する洋上、その上空の広い範囲を覆う呪光反応である。それは、次元のゲートが発生するときと同じものだった。

 しかし、今回の反応は数日に渡って徐々に結晶しており、通常の次元のゲートとは違うものが生成されつつあるのは誰の目にも明らかだった。

 ガブリエルの言葉が蘇る。人類に告げられたその呪詛が、現実となりつつあるのを皆感じ取っていた。



「東雲サハラを連れて来た」

 その大机につくと朝霧はそう告げた。大机の周りにはセイゴ隊の面々の姿があり、既にミーティングが始まっているようだったが、それよりも。

 テノーラン基地の最も広い場所――今ここには基地内ほとんどの部隊が揃い、そしてセイゴ隊と同じようにミーティングを行っていた。圧巻の風景に、サハラは何か大きなことが始まるのを肌で感じる。


「サハラ、頭痛は大丈夫か?」

「大丈夫です、作戦に支障は出しません」


 サハラの頭痛を知るセイゴの問いに、力強く頷く。相変わらず我の強い言葉だったが、セイゴはサハラの目をしっかりと見据えるとそれを了解した。

 大机にはテノーラン基地周辺の地図やいくつかの資料が広げられていた。サハラはマオの隣に立ち様子を伺う。


「大丈夫か?」

「えへへ、ありがと。……忙しいけど、大丈夫。皆のためにも頑張らないと……ね」


 皆のためにも。その言葉の力強さに、サハラは自分の心配が野暮であったことを知る。一方、セイゴは顔を上げ朝霧へ呼び掛けた。


「さて朝霧どうする。我々だけで始めるか?」

「そうだな……」


 考え込む朝霧。しかし、その必要はすぐに失せた。


「待たせた。エース登場、ってね」


 現れたのはルディ、シューマ、そしてデオン。回復した様子のルディだったが、サハラはその左目の見覚えのある黒い眼帯に気付いた。


「ルディ、お前それ……」

「あァ? これか。前回の戦闘でアタシ半分覚醒したらしいんだけど。……どうやらアンタや旭ウリュウに、アタシはなれないらしい。見る? グロいけど」


 眼球が半分しか残ってないんだってさ。そうふざけて笑うルディだったが、サハラが眼帯に気付いていることを察すると「それに」と続けた。


「それに、ハウによろしくって言われたからね、アタシ。コイツに皆の思い全部乗せて、アタシは戦う。エースだからさ」


 そっと指で自身の眼帯をなぞる。それは撃墜の爆発でも遺っていたタオの眼帯。ルディ隊の魂が、そこには宿っていた。


「さて、これで全員ですな」


 手を叩いてデオンが場を仕切り直す。シューマも含め、全員が大机についたことを確認すると、朝霧が淡々と口を開いた。


「まずは部隊編成について連絡する。ルディ隊の解体に伴い、連隊も解体。これからはセイゴ隊に五番機として星影ルディ、オペレーターとして小春日マオを加えたセイゴ隊として行動してもらう」

「よろしく」


 朝霧にそう告げられ、セイゴ隊の面々にそう告げるルディ。そして朝霧は資料に沿い、各隊員の乗機を確認していく。


「一番機雪暗セイゴ、《アステロード》。四番機東雲サハラ、《アルヴァスレイド》。五番機星影ルディ、《デイゴーン》」


 そうか、まだ登録は《アルヴァスレイド》なのか。

 既に懐かしくも思えるその名前にサハラは思いを馳せていたが、次に挙げられた名前にそれどころではなくなった。


「二番機白雨シューマ、《デイゴーン》」

「……《デイゴーン》!?」


 前回の出撃まで《アステロード》に乗っていたシューマ。しかしその乗機が変わっていることにサハラは驚いていた。その見つめる先で、シューマは申し訳なさそうに小さく笑う。


「黙ってて悪い。そういうことなんだ」

「悪くはねぇけど、《デイゴーン》ってことは……」

「あぁ。俺は『楽園の蛇』のパイロットになった」


 厳密には若干違うんだけどな。

 サハラの言葉にそう答えたシューマは、真剣な表情で自身の掌を見つめていた。


「ルディや双子たちみたいにちゃんと手順を踏んでないから危険も高い急造なんだが……それでも、良いんだ。いい加減お前のお荷物でいたくない」

「シューマ……」


 その強い言葉に、サハラはシューマの決意を感じていた。ここ数日の表情の意味も分かった。セイゴたちは知っていたようで、シューマの独白を見守っていた。そしてサハラもまた、シューマの決断に頷く。


「わかった。それがシューマの決めたことなら」

「あぁ」

「よろしく頼むよ、白雨シューマ」


 短く答えたシューマの肩をルディが小突く。《アルヴァ》、二機の《デイゴーン》、《アステロード》。この四機をもって、セイゴ隊は次の作戦に臨むことになった。

 朝霧は続いてその臨むべき『作戦』について告げる。


「単刀直入に言おう。現在、カトスキアは決戦を考えている」


 決戦。強い言葉に、サハラを含め場にいる全員の顔が引き締まる。


「テノーラン基地の上空を含め、現在広範囲に渡り巨大な一つの次元のゲートの形成が観測されている」


 その巨大さは《ガルガリン》の比ではない、と説明する朝霧。通常の聖天機の数倍もある《ガルガリン》の比ではないとすると、想像すら難しい。


「先日のガブリエルの言葉を踏まえれば、これが『門』であると考えられる。この門とは恐らく、超巨大な次元のゲートだ。そして――春雷デオン博士」

「はい。つい先日、この形成されつつある『門』の先にとある存在を発見した」


 朝霧から話を引き継ぎ、デオンが資料を大机に出す。そこに描かれていたのは、難解な座標図と舟のような印だった。


「サハラから情報を受け、呪光反応や度々開く次元のゲートを元に割り出したデータ。これによると――『門』の向こうには『舟』、すなわち天使たちの本拠地イェーヴェがある」


 デオンの断言を、再び朝霧が継ぐ。


「ガブリエルの言葉とこのデータを照らし合わせ、カトスキアは『神判』が天使側の総力戦だと判断した。だが、これはこの戦争を終結させる好機でもある」


 長い時間をかけ形成されている『門』。そして既に構えている『舟』。逆にこの『神判』を利用することが出来れば、人類は天使の本拠地を叩くことが出来る。故に、決戦。

 朝霧は他の基地からも戦力が集中し始めていることを告げた。


「能書きはわかった。アタシたちの仕事は?」


 ルディの促しに朝霧は一瞬顔を曇らせると、しかし資料を数枚飛ばして端的に告げた。


「セイゴ隊の担当は、出現が予想される大天使との戦闘だ」

「大天使……」


 ごくり、とマオが喉を鳴らす。サハラはその言葉に、イェーヴェで見た玉座を思い出していた。討った大天使はウリエル、そしてガブリエル。しかしまだ、まだ二人残っていた。

 ラファエル。そして、ミカエル。

 その姿を思い出し、サハラは拳を握る。大天使との戦い。だが、もう恐れている場合じゃあない。それに、今のセイゴ隊なら――俺たち、なら。


「当然他の隊との協力になるが、セイゴ隊が鍵であることには変わりない。……どうだ?」

「やります。やってみせます」


 朝霧の言葉に力強く頷いたサハラ。だが、その言葉を朝霧は正面から否定した。


「そうではない。そうでない――東雲サハラ」

「そうじゃないって……」


 いつものように言い放った一言。それを否定され、サハラは呆気にとられる。驚く彼へ、朝霧は厳格な表情で続けた。


「確かにセイゴ隊の任務だが――東雲サハラ、君には別の役割がある」

「別の役割……」

「あぁ」


 朝霧は頷くと、資料を机に置いてセイゴ隊の面々を見回した。一人一人の顔を確かめると、朝霧はあくまで淡々と、その作戦内容を告げるのだった。


「東雲サハラの任務は『舟』の撃破。呪光の影響を唯一受けない君にしか出来ない、終止符だ。そして――つまり、セイゴ隊は東雲サハラ抜きで大天使を倒して貰う」

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