第10話 白の中で

『サハラッ!』

 セイゴの警告する声。同時に、《ヴァーティス》の長大な砲が光を放った。既に機体を起こしていたサハラはペダルをいっぱいに踏む。

「二度は受けるかッ!」

 山肌を滑るように低空飛行し、呪光砲を避ける。そして当然のように襲い来る《ドミニア》。

 離れていれば《ヴァーティス》の砲撃を受ける。そう感じたサハラは木々ごと山肌を蹴り飛ばした。同時にブースターを燃やし、《ドミニア》へ接近する。

「先手をォッ!」

 剣を抜き放ち、全速で突っ込む《アルヴァ》。交差させるように双剣を構える《ドミニア》へ、渾身の突きを繰り出す。

 三つの刃が合わさり、火花が散る。瞬間、力比べの構図になる。《アルヴァ》の緑眼が煌めく。

「おぉぉッ!」

 サハラが雄叫びをあげ、押し切れるかに見えた。

 しかし。

 《ドミニア》は文様を妖しく輝かせると、《アルヴァ》の剣をいなすように真下へ飛んだ。

「なッ!?」

 予想外の動きにサハラは声を上げた。



 一方、サハラが狙われることを察したセイゴとシューマは《ドミニア》が《アルヴァ》へ向かった瞬間、《ヴァーティス》を抑えに飛んだ。

『させるかよ!』

 再び砲を構えようとした《ヴァーティス》へシューマがアサルトライフルを叩き込む。すると《ヴァーティス》は砲をこちらに向けることはせず、上空へ飛んだ。

『やはりサハラだけが狙いか……!』

 セイゴの予想が確信へと変わる。二人は逃すまいと、《ヴァーティス》を追う。

『――雑魚が』

 《ヴァーティス》の天使、サドキエルが吐き捨てるように呟く。

『耳障りなその声が!』

 セイゴは頭に響くその声を振り払いながらライフルを撃った。しかし《ヴァーティス》は必要最小限の動作でそれを躱す。頭部は未だに《アルヴァスレイド》を捉えていた。



 《ドミニア》が真下に飛んだその瞬間、開けたサハラの視界には上空の《ヴァーティス》が映った。

 このままではマズい。サハラはそう判断し、《ドミニア》を追おうとするが、一転、《ドミニア》は牽制するように双剣で薙ぎ払う。続けて繰り出される、執拗な突きの連撃。

「くそッ!」

 たまらずサハラが飛び上がった瞬間。《ヴァーティス》が砲を放った。光の奔流が《アルヴァ》へ迫る。盾も間に合いそうにない。

「畜生ッ!」

 サハラが覚悟して閃光を睨んだ、その刹那だった。

『やぁぁぁぁッ!』

 甲高い声と共に、《アルヴァ》の目前へ躍り出る影。影は腕部のシールドを閃光へと突き出した。

 肩の『Ⅲ』を見つけ、サハラは驚愕した。

「マオ!?」

『良かった、間に合っ――』

 閃光がマオ機を包む。サハラもまた、眩しさに目を瞑った。

 サハラが目を開けた瞬間、静まり返った中、マオ機は左半身のほとんどが消し飛んでいた。

「マオ……!?」

 サハラが通信で呼びかける。雑音と共に、少しの応答が帰ってくる。

『――……えへへ……ちょっと……ヤバい、かも……』

「お前っ、どうして……!」

『…………』

 応答が急になくなる。

「マオ!?」

 焦るサハラ。

『――ハシウマル』

 しかし次にサハラの耳に届くのは、不快感を伴うサドキエルの声だった。サハラは応じて飛び行く《ドミニア》と《ヴァ―ティス》を睨んだ。

『――退くぞ』

『――相分かった』

 そう交わし、穴へ消えようとする二機。まるで頃合いだと言わんばかりの事務的な口調。

 謎の不快感と頭に響く淡々とした口調……その瞬間、サハラは耐えきれず目を見開いて咆えた。己の中で何かが、切れる。

「お前らァァッ!!」

 咆哮と共に《アルヴァスレイド》が飛ぶ。弾幕を築かんばかりの呪光砲を放ちながら、二機へ迫る。

「おおおッ!」

 獣のようにサハラが咆える。目は爛々と銀に光り、その視線は二機だけを睨む。額に浮く血管。呪光砲は撃てども当たらず、しかしサハラは撃ち続ける。

『――……』

 二人の天使は相手にすることもなく、無音で虚空へ消える。まだ開いている穴。サハラはスピードを緩めず、突っ込もうとした――が。

『サハラッ!』

 機体をセイゴ機が抑える。衝撃でコックピットが揺れる。それでもなお、サハラはシートから体を浮かせて咆えた。

「でもッ!」

『先にマオだ!』

 マオ。その名前でサハラはハッとした。我に返り、後方を振り返る。そこには左半身が消し飛び、山肌に倒れるマオ機。駆けつけたシューマが、既にコックピットを覗きこんでいた。



 その後。

 まだちゃんと息のあったマオはすぐさま基地へ運ばれ、医務室へ担ぎ込まれた。そこから先は、サハラはよく知らない。というか、サハラはマオと共に閃光に包まれてからのことをよく覚えていなかった。


 マオが運び込まれてから一日。サハラは自室で、己の掌を見つめていた。

「……何が、エースだ」

 マオに庇われた挙句、その仇すら撃てない。後に残ったのは、無力感と向けようのない怒りだけだった。

「くそッ……!」

 壁に拳を打ちつける。己の拳が痛いだけで、何も変わりはしなかった。

 そんなサハラへ、マオが目を覚ましたとの連絡が届く。サハラは自室を飛び出した。


「えへへ……左手、なくなっちゃった」

 ベッドに横たわったマオは、サハラにそう笑った。

 真っ白な部屋。中には既にセイゴ、アラン、シューマが揃っており、遅れてきたサハラへマオはそう笑ったのだった。乾いた笑いだった。

「マオ……」

 サハラはマオの左腕を見る。そこにはあるはずの左腕がなく、ただただ虚空があるだけだった。処置で切断されたのだろうか、ぷらぷらと包帯の巻かれた短い二の腕を振ってみせるマオ。

「でもよかった、サハラが無事で」

「良い訳ねぇだろ!」

 サハラの叫びが病室に響く。マオの笑顔が、沈痛な面持ちへ変わる。

「だって、マオは……!」

 横になったマオは、左手を失くしたばかりではなかった。左の目に眼帯、頭も包帯で覆われていた。痛々しい。それらすべてがサハラにはマオに不釣り合いに見え、それらすべてが自分の負わせた傷だと思った。

「俺のせいで……!」

「サハラのせいじゃないよ」

 マオが優しい言葉をかける。俯いたサハラは、拳を握り締める。

「正直に言うなら、左手だけで済んだのは幸運だぞ」

 がらり、と病室が開く。サハラが振り返るとそこには例の上官――朝霧マイトが立っていた。

「小春日マオ。機体があれだけ損傷していながらその程度の怪我で済んだ。大したものだ」

「その程度だと!?」

 その淡々とした口調に煽られ、サハラは朝霧の首根っこを掴む。しかし朝霧は眉ひとつ動かさない。

「どうした東雲サハラ。お前が負わせた傷だろう?」

「この……ッ!」

「サハラ!」

 衝動のまま拳を振りかぶったサハラを、セイゴが引き剝がす。サハラは拳を震わせたまま、朝霧を睨み続けた。

 朝霧は乱れた服装を整えると、咳払いと共に手帳を開いた。

「セイゴ隊に指示、だ」

「指示?」

 サハラと朝霧の間に立つセイゴが聞き返す。朝霧は事務的に続けた。

「現れたサドキエル、ハシウマルと呼ばれる天使だが……セイゴ隊は以降、この天使たちの撃破を最優先とせよ。とのことだ」

「馬鹿を言わないでください」

 即座にシューマが反応した。

「今、マオは出撃できないんです。それなのにアレを撃てだと?」

「上層部からの命令だ」

 顔を伏せながら、あくまで淡々と語る朝霧。

「お前たちにはアンノウン……もとい、《アルヴァスレイド》もある」

 ハッと顔を上げるサハラ。刹那、時間が止まったように凍っていた表情だったが、次の瞬間には病室を飛び出して行った。

「サハラ!」

「サハラ……!」

 アランとマオの声も、サハラには届いていなかった。

 しん、と一気に静まり返った病室で朝霧が低い声で呟く。

「……どうかしてるとは私も思うさ。……だが上は二人目の『旭ウリュウ』を恐れているんだろう」

「旭ウリュウ……?」

 マオが首を傾げる。アランも尋ねた。

「それ確か、前も言ってた名前だったけど……誰です?」

「『アズゼアルの昇天』だよ」

 答えたのはシューマだった。

「あの事故のとき、《アズゼアル》に乗ってたパイロットが、アサヒウリュウだ」

「アズゼアルの昇天……あの」

 マオが体を少し起こした。

「良ければ、教えてくれませんか。何があったのか」

 朝霧とセイゴ、シューマが顔を見合わせる。シューマは自分が語るべきではないと顔を伏せ、セイゴもまた目で示した。

「……そうだな。私が発した言葉だ。私が語るべきだろう」

 夕靄アラン、君も聞いておくといい。朝霧はそう付け加えてから、話し始めた。


 アズゼアルの昇天。

 それは今から十年前、初めての天使襲来からニ年後の出来事。

 当時、カトスキアは堕天機ではない、従来の兵器で天使の対処をしていた。それは、その侵攻を遅らせることこそ出来ていたが、あまりにも応急的なものだったという。

 そんな中、当時最も技術水準が高かったテノーラン基地である兵器が開発された。

 その名は《アズゼアル》。堕天機の一号機だ。

 今の堕天機とは違って、《アズゼアル》は天使から得られたアンゲロスを動力にした兵器ではなく、鹵獲した天使を元に製造されたものだった。


「実験機だ」

 朝霧は《アズゼアル》をそう評した。

「その開発段階から東雲アシェラ博士は関わっていたという」

 東雲アシェラ。サハラの母親だ。

 語りは続く。


 製造から間もない頃。

 テノーラン基地の管内に天使が襲来した。《アズゼアル》はまだ実験段階だったが、テストパイロット――旭ウリュウが反対を押し切り、出撃した。


「旭ウリュウは優秀なパイロットだった。結果、《アズゼアル》はそれまで苦戦していた下級の天使を容易に落としてみせたという」


 圧倒的な能力を見せつけた《アズゼアル》は戦闘の末、襲来した天使をほぼ全滅させたという。


「そこまでは良かった」

 朝霧はそう、言った。

「だが、事件は起きた」


 《アズゼアル》の初陣は成功を収めたかに見えた。

 しかしそこへ再び次元のゲートが開く。《アズゼアル》に呼応するように《ヘルヴィム》が現れた。

 《アズゼアル》はそのまま《ヘルヴィム》と交戦。それは長い戦闘だった。

 素体が天使であるため、《アズゼアル》は現在の堕天機よりも遥かに強く呪光の影響を受ける。

 結果、暴走した。

 パイロットは錯乱。機体も制御不能に陥る。

 機体は荒れ狂った後、閃光と共に、まるで敵である天使のような変化を遂げたという。

 その果て、《アズゼアル》は暴走状態のまま《ヘルヴィム》を撃破。だが完全に天使化し、自力でゲートを開き、消えたという。


「《アズゼアル》と旭ウリュウは行方不明。カトスキアは《アズゼアル》が上げた戦果としてのアンゲロスを回収し、今の堕天機に応用した。堕天機に活動制限があるのも、この事故に端を発する」

 マオとアランは、聞き入っていた。

「そんなことが……」

 マオは《アルヴァスレイド》を思い出す。

 確かに、《アズゼアル》の変化とよく似たことが起こった。

 だからサハラは……。

 マオはサハラに起きた変化が彼にもたらした意味を、少しずつ、分かり始めていた。



 その頃。

 サハラは《アルヴァスレイド》のコックピットにいた。

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