第55話 結晶する呪光

 剣戟音。双方の剣が交錯し、火花と轟音を響かせる。両機、すぐさま離れて光弾を撃ち合い、玉座の間を所狭しと縦横無尽に駆け回り戦闘を繰り広げていた。二機の《セラフィーネ》の召喚により純白の壁は壊れ、振り下ろす剣は天井も諸共に切り裂き、足元では緑と青の玉座が瓦礫に押し潰されていた。


「《エシュ=セラフィーネ》か……!」


 向かい合う敵を強く睨みながら、サハラはその名を呟いた。

 《セラフィーネ》の共通特徴である六枚三対の翼。全身に走る文様の色は金。その中でも《エシュ》は肩や腕など各所に火炎のような赤い攻撃的な衣装が見られた。特に左腕全体と右に手にした大剣が燃えるように真っ赤だった。

 そしてサハラは気付く。聖天機――これは《セラフィーネ》だろうと共通の特徴だが――には顔のような造形は見られず、それに似た文様があるばかりだった。しかし、目の前にいる《エシュ=セラフィーネ》にはそれらしき造形が見られた。双眸は金色に輝き、更に頭部には兜のような造形が見える。その唯一の特徴が、目の前にいる機体が他の《セラフィーネ》とも一線を画す存在であることを告げていた。

 再び突っ込んでくるミカエルの駆る《エシュ》は右手の大剣を大上段から振り下ろす。緑の双眼ツインアイが鋭く光り、《アルヴァ》は右の掌で次元障を展開し防御した。光膜とコックピットのモニター越しに、サハラは《エシュ》の手にした獲物を睨む。


「なんだよそのデカさ……!」

 それは片手剣であったが、片手剣にあるまじき大きさだった。《エシュ》自身の身の丈にも及ぼうかというほどの長大さは《アルヴァ》の持つ対聖天機実体剣の比ではない。そして何より凶悪なのは、《エシュ》がそれを軽々と振るっていることだった。


『――次元障如きで我が憤怒を防げるものか。是は神剣なり、黒を焼滅せしめん刃と知れ!』


 火花が更に散り、《アルヴァ》の展開する次元障に亀裂が走る。サハラは舌打つと、背にした壁を横に蹴り飛ばし剣を避ける。赤熱した大剣が《アルヴァ》のいた空を切り裂き壁を切り崩す。

 身を引いたサハラもその隙を見逃さない。《アルヴァ》にも剣を抜かせると鋭い突きと共に猛進する。《エシュ》の瞳が金に閃き、その翼が大きく開く。《アルヴァ》の剣先でその姿はどこかへ消えるが、サハラはそのまま操縦桿を振り抜いた。


「次元翼なんて見え透いた技ァッ!」


 サハラの動きとシンクロするように《アルヴァ》が剣を大きく薙ぎながら回転する。玉座の間の荘厳な装飾を切り飛ばしながら背後まで届いたその刃は《アルヴァ》の背に現れていた《エシュ》へ迫り、両者の剣が再び激突する。サハラはその機影をモニターの端に睨み、《アルヴァ》の拳を放った。赤と黒の拳は白い《エシュ》の胴体を捕らえそのまま殴り飛ばすかに見えた。


『――亡霊が秤に触れんとする事赦さぬ!』


 《エシュ》の赤い左手が《アルヴァ》の拳を受ける。ミカエルは声高にそう叫ぶとそのまま次元障を爆発させるように瞬時に展開した。膨れ上がった障壁に弾き飛ばされた《アルヴァ》は玉座の間の壁諸共ぶっ飛ばされる。


「野郎……ッ!」


 黒い翼を開きながらサハラは憎々し気に迫り来る《エシュ》を見た。《エシュ》はもう玉座の間で戦うこともないとばかりに、そしてサハラを誘うようにその真横を高速で飛び去って行く。六翼の背を睨み、《アルヴァ》のブースターも燃え上がる。

 後を追おうとした瞬間、サハラの視線はモニターの端にちらりとサンダルフォンの姿を捉えていた。舟の中を高速で飛行し、先行する《エシュ》を呪光砲の光弾で追いながらサハラはその憂うような表情を思い出す。奴の口癖が脳裏に蘇る。『理解したか?』……。


「――俺がミカエルに敵わねぇって言いてぇのかその目はぁッ!」


 サハラの感情に呼応して《アルヴァ》が《エシュ》を猛追する。《アルヴァ》は通り過ぎざまに《ヴァーティス》を斬り落とし、その手から長砲を奪う。


「――此方こっちを見ろぉぉぉッ!」


 長砲に黒の文様が走り、その砲口から呪光の奔流が迸る。光線は舟やその他の聖天機を巻き込み、《エシュ》へ迫る。《エシュ》は冷酷に文様を輝かせると、《エクスシア》を掴んでその盾とした。咄嗟に防御する《エクスシア》だったが、その腕部の盾は貫かれ、《エシュ》の代わりに爆散する。


『――亡霊。消し炭。燃え滓。其の黒き翼を纏う資格も無し!』

「――俺はルシファーじゃねぇって言ってんだろうがッ!」


 怒りのまま吐き捨てて、サハラは更に《アルヴァ》を加速させる。《エシュ》が嵐の如く撃ち放つ光弾を躱し、また舟の壁、《アルケン》や《エンジェ》を盾にして迫る。二機の《セラフィーネ》の戦闘に巻き込まれ、サハラと追って来た聖天機たちが次々と爆散していく。

 《アルヴァ》が盾にした《エンジェ》がまた一機撃ち抜かれる。《アルヴァ》は爆散するその手から朱槍を奪い取るとそのまま《エシュ》へと投げ放った。黒き文様が走ったそれは《エシュ》の展開した次元障に鋭く刺さる。


「――此の力は、確かに最初はルシファーに貰った、でもなぁッ!」


 《アルヴァ》は次元障を展開する《エシュ》へ飛びつつ、刃を振るい《ドミニア》から双剣を奪うと、逆手に持って次元障へと突き立てた。火花が散り、サハラの手にも操縦桿から衝撃が伝わってくる。


「――だが今は俺の力なんだよッ! この力は、《アルヴァ》は、天使お前たちを倒す俺の力だぁぁッ!」

『――!』


 《アルヴァ》が咆哮を上げる。ブースターが燃え上がり、その全身に金の文様が迸る。サハラの気迫、そして彼の力であることを自ら証明するように《アルヴァ》は双剣で次元障を突き破るとそのままの勢いで《エシュ》の頭部へ頭突きを見舞う。


「――おらぁぁぁぁッ!」


 《アルヴァ》は急加速、赤い流星になると頭突いたまま舟の壁へと《エシュ》を叩きつけた。轟音と共に壁が砕け散り、舟全体が大きく震動する。《アルヴァ》の手にした双剣は壁に突き刺さり、《エシュ》の四肢は壁にめり込んでいた。俯いたその頭部をモニター越しに睨みながら、サハラはミカエルへ吐き捨てる。


「……お前を倒すのは俺だ。東雲サハラだ……ッ!」

『――…………大天使は各々権能を持つ』


 ミカエルの荘厳な声が小さく、低く響く。その冷淡ながら真っ赤に燃える何かを感じて、サハラは操縦桿を握り直す。《エシュ》の眼が光を宿し、全身の文様が徐々に金の光を表し始める。


『――……青の支配。黄の治癒。片翼は汚染を謳った。嘗て、嘗て座した黒も又、権能を有していた。其の名は――融合』


 その瞬間、《エシュ=セラフィーネ》の文様が一層強く閃く。そしてそれを目にすると同時に、《アルヴァ》は何かに突かれ、その場から大きく弾き飛ばされた。


「くそッ、一体何が……ッ!?」


 舟の床を蹴り崩し体勢を立て直しながらサハラは自身を攻撃したものを見る。《エシュ》は壁から解き放たれ、大きく翼を広げてサハラを見下ろす。そして《アルヴァ》が先程までいた場所に現れていたのは虹色に輝く結晶だった。水晶のように見えるそれは床から鋭く突き出ている。サハラはその輝きに見覚えがあり、しかし似ても似つかない形状のそれに困惑しつつ名を呟く。


「……アンゲロス……か!?」


 アンゲロス。それは呪光の結晶体であり、聖天機と堕天機の動力源である。人類にとって未知のエネルギーである呪光をほぼ無尽蔵に蓄え、特殊な機器に接続することでエネルギー源として利用する。しかし、サハラの見知ったアンゲロスは球体であり、こんな形状のものは見た事がなかった。戦場で再結晶するアンゲロスも、イーナク基地の保管庫の映像でも、そして……ウリエルが母に与えたそれも、全て球体だった。


『――其の権能は貴様の権能に非ず。其の権能も、其の黒き翼も、全てだ! 全てがルシファーの賜物に過ぎない!』


 ミカエルの憤怒に《エシュ》が文様を輝かせると、突き出した結晶体は砕け、礫のようになると《エシュ》を囲むように浮遊し、《アルヴァ》へと切っ先を向ける。


『――貴様の力だと? 黙れ。全て同じだ。矢張り再現かルシファー! 貴様の如き亡霊は、偽りの翼は、我が権能――結晶にて、再び葬り去る!』


 《エシュ》が手をおもむろに掲げ、そして振り下ろした。結晶の礫が《アルヴァ》へ迫る。降り注ぐそれに、サハラは《アルヴァ》を後退させる。その軌道をなぞるように結晶体は床に突き刺さる。


「――また俺とルシファーを重ねたなぁッ!」


 またそうやってお前は俺を無視しやがって!

 全て避けきったサハラは怒りのままにミカエルへ迫ろうとするが、その行く手をいくつもの光弾が遮った。咄嗟に次元障で防ぐが、その攻撃手にサハラは驚きの声を上げる。


「さっきの結晶だと!?」


 床に突き刺さった無数の結晶体。呪光砲はそこから放たれていた。


『――我が権能は呪光を総べる。故に、舟にて我が勝利は揺らがず』


 ミカエルの声が響くと同時に、サハラは後ろに呪光の気配を感じる。見れば、巨大な結晶の礫が二つその背目掛けて飛んできていた。その近さと速さに次元翼での移動を諦め、サハラはトリガーを引く。《アルヴァ》が腰にマウントしていた対聖天機自動小銃を抜き放つ。結晶のうち一つが打ち砕かれるが、砕かれた結晶は破片となり、再び《アルヴァ》へ向かってくる。


「くそッ、埒が明かねぇッ!」


 《アルヴァ》は翼を一度大きく羽ばたかせると高速で移動する。目指す先は近くで取り巻いていた《ヘルヴィム》。サハラは呪光砲を《ヘルヴィム》に放ちながら迫る。《ヘルヴィム》は文様を輝かせ、盾を構えた。盾に呪光砲を防がれながらも、《アルヴァ》は《ヘルヴィム》へ高速で突っ込む。背には結晶が迫り、目前の《ヘルヴィム》はもう片方の手で剣を構えている。《アルヴァ》はそのギリギリまで近づくと、振り下ろされた《ヘルヴィム》の剣を躱しながら、その背後に回り込んで騎士の頭部を掴んだ。


「――此奴ならぁッ!」


 掴まれた《ヘルヴィム》の文様が銀から黒へと塗り替えられる。固有能力『融合』の応用で、サハラは《ヘルヴィム》を丸々アルヴァの武装へと変えてしまう。機体ごと《アルヴァ》と融合した《ヘルヴィム》は自身の盾を構えて迫り来る結晶体へ備えた。結晶体は《ヘルヴィム》の背後の《アルヴァ》目掛けそのまま突っ込み、騎士の盾に突き刺さる。しかし、突き刺さったそれは《ヘルヴィム》の機体をそのまま貫いて呪光砲を放った。


「防戦一方かよ……ッ!」


 《ヘルヴィム》との接続を切り、爆散しようとするその背を蹴っ飛ばして離脱しながらサハラはそう吐き捨てる。そうしている間にも結晶がまた数多現れ、《アルヴァ》を追う。


『――此度は逃がさぬ。見逃さぬ。必ず殺す! 二度と我が前に其の黒が現れる事を赦さぬ!』


 《エシュ》の文様が一層強い光を放ち、ミサイルのように結晶が《アルヴァ》を追う。《アルヴァ》は赤い流星と化し舟の中を飛び回る。フレアのように呪光砲をばら撒くが、その数が減る様子は見られない。《アルヴァ》の速度にこそ劣るものの、壁を、床を、周囲の聖天機を貫きながら黒い翼を追う。


「無尽蔵かよッ、くそッ!」


 似たような能力にはガブリエル――《マイム=セラフィーネ》の『支配』があった。だが、あの能力は二基だけだった。無数の結晶を一人で捌くのは厳しい。サハラは歯ぎしりをしながら舟を所狭しと駆け抜けていく。


『――我が権能、結晶は呪光を司る術。呪光在る所に結晶は生まれ、我が憤怒の儘に刃と化す』

「つまり舟の中じゃあ無敵じゃねぇか……ッ!」


 結晶と共に《アルヴァ》を追う《エシュ》の姿を見て、サハラはそう吐き捨てる。今は打開策を探すしかない。権能には権能で応じる、サハラはそう決めると行く手に見えた《エクスシア》を睨んだ。……しかし。


『――『融合』はルシファーの権能。我が前で其れ揮う事赦さん!』


 ミカエルの声と共に《アルヴァ》の目の前で《エクスシア》は結晶に撃ち抜かれた。点滅し爆散する緑の文様を見限りながら、サハラは再び飛び去る。

 飛んでくる結晶の雨、呪光のミサイルを《アルヴァ》の運動性能とサハラのパイロットセンスで躱していくが、サハラ自身も追い詰められていることは自覚していた。次元障はその場しのぎにしかならず、次元翼を展開する隙はない。融合能力を使おうにもミカエルは融合先の聖天機を無慈悲に破壊していった。


「くそッ、くそッ、くそ……ッ!」


 何か出来ないか。どうにかする方法はないか。ただただ追い詰められる状況にサハラは焦る。自分とルシファーを重ねるミカエルへの怒りばかりが先行し、完全に良くない方向へ熱くなっていた。

 人間を認識しても相手にせず、障害とすら思わない。その天使たちの認識への怒りが強い。そして、サハラ自身が――サハラ自身がかつて、『東雲博士の息子』として認識されていた過去が、自分を通して誰かを見られることを無性に苛立たせていた。

 機体に衝撃が走る。同時にサハラの中でも致命的なミスをおかしたような『気配』が感じられた。アラートは翼が打ち砕かれたことを告げている。


『――是で次元翼は能わず! 其の翼、焼き滅ぼしてくれる!』

「んなこたぁわかってんだよッ!」


 《アルヴァ》がサハラの怒りのままに身を翻す。迫る結晶体を次元障で受けながら《エシュ》へ突撃する。その自暴自棄にも見える突撃は《エシュ》に届く前に壁のように現れた結晶に阻まれた。同時に《アルヴァ》の次元障が砕かれ、そこの胴を《エシュ=セラフィーネ》が蹴り飛ばす。


「がぁッ!」


 体勢を完全に崩し、舟の壁へ叩きつけられる《アルヴァ》。見渡せば、そこは奇しくも次元の穴に隣接するカタパルトだった。サハラが訪れた当初とは異なり、聖天機は残骸ばかりが浮かび、舟自体も崩れ、砕け、壊れている。


『――裁きの刻だ、亡霊よ。罪人よ。黒き翼の遺した忌々しき咎よ……!』


 結晶を周りに浮かべながら、《エシュ》が《アルヴァ》へ悠然と迫る。赤い《セラフィーネ》はその大剣を掲げ、低く、そして憤怒の儘に叫んだ。


『――結晶せよ我が憤怒!』


 させるか、そう叫びながらサハラは操縦桿を掴んだ――が、手にしたそれは微動だにしなかった。コックピットにアラートと相反する静寂が同居する。


「な、何が――」


 何が起こった。そう言おうとして、サハラはモニターに映る虹色の輝きにその圧倒的な状況を知覚する。

 《エシュ=セラフィーネ》の能力は結晶。呪光のあるところ、その呪光を結晶化させる能力。

 その能力を発動された結果――今、《アルヴァ》は琥珀に閉じ込められた蟻が如く、その結晶に囚われていた。

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