新選組・夢想録

@kokisa

第1話 タイムスリップ

 ――「いち…にぃ・・・さん・・・」

 なぜか道着と袴を身にまとった自分が、木刀を手に素振りをしている。

「いたたた・・・木刀ってこんなに重いものなの?」

 だんだん刀を振っているのがつらくなってきたが、真純は腕の動きを止めない。その時突然、

「綾部真純!」

 誰かが自分を呼ぶ声に振り向くと、侍の格好をした男が刃をこちらに向け突進してくる。

「な、なに?!!」――


 そこで体がぴくっと浮き上がり、手に持っていたスマートフォンを落として目が覚めた。新幹線の3人席で、間を空けて通路側に座っているサラリーマンが一瞬こちらを見た。

「すみません。」

 と会釈しながら、真純はスマートフォンを拾った。画面を見ると、お寺や神社、竹林や庭園、壁画などの画像が写っている。真純は京都のお寺や庭園でのんびり過ごすのが好きで、何度も京都を訪れている。

 綾部真純、入社2年目の普通の会社員。好きなことは旅行、特技はどこでも寝られること。この日は早朝から新幹線に飛び乗り、多摩川を越えると東京駅で朝食に買ったサンドイッチを頬張る。ここから先に行くと、夢の世界に行けるような心地になるのだ。やがて、車窓に富士山が見える頃、空腹が満たされた真純は急に眠気に襲われて、剣術の稽古をしている夢を見た。

 頭の中がまだボーっとしていたが、まもなく京都に到着するアナウンスを聞いて、現実に引き戻された真純は荷物をまとめた。


「んーっ!」

 京都駅のホームに降り立って、真純は伸びをした。

(それにしてもさっきの夢・・・京都に行くからって、まさか侍が出てくるとはね。)

 それから真純は祇園まで移動し、界隈の寺をのんびり散策していく。途中、おしゃれな京雑貨や茶店、お食事処の並びにある土産物店に入ってみた。店内には定番の八ツ橋やご当地ストラップにタオル、和柄Tシャツなどが置いてある中で、ずらりと並んでいる刀たちが目に飛び込んで来た。真純は思わず見本の刀を手にとって鞘から抜いてみようとするが抜けない。すると年配の店員が、

 「それは、斎藤一の愛刀『池田鬼神丸国重』というんですよ」

と近寄ってきた。

(サイトウハジメって誰?キジンマル?)

 そんな真純の表情を読み取って、おじさん店員は斎藤一という人物について、待ってましたといわんばかりに説明し始めた。 

「斎藤一は新撰組の三番隊組長で、永倉・沖田とならび新撰組の剣の達人です。1月に生まれたから一と書いて「はじめ」と名づけられたという説もありましてね。斎藤も、近藤や土方と同じ試衛館の仲間だったんだが、ある時、誤って旗本を斬ってしまって、江戸から京都へ逃れた。それから、近藤たちが京都で壬生浪士組を結成した時、斎藤も加わりました。」

「シエイカン?旗本?ロウシグミ?」

「こっちの居合刀も持ってみますか。」

と言って、ガラスケースの中から別の刀を出してくれた。最初に持ったのは鑑賞用の模造刀で、おじさんが今出したものは模擬刀の中の「居合刀」というもので、武道の稽古にも使われるのだという。

「まぁ、強度は弱いし、切れないがね。」

それでも真純には十分本物の剣に見えた。

「これが、刀・・・。」

 手に持つと、ずしりと重さが伝わってくる。

(さっき夢で見たのと同じ感触・・・?)

「この刀の作者、鬼神丸国重というのは摂津国…いまの大阪の池田の刀工で・・・」

 店員が刀について説明しているが、真純は別のことを考えていた。

「お客さん、沖田総司や近藤勇、土方歳三、あと坂本龍馬の愛刀が人気ですけど、そっちも見てみますか。」

 真純は、ようやくなじみの人物の名前を聞いた。しかし、この鬼神丸国重と呼ばれる斎藤一の愛刀を手にした瞬間、手放したくない気がした。

「これにします!!」

 店員が梱包する鬼神丸国重を見ていると、

(斎藤一ってどういう人なんだろう。誤って旗本を斬っちゃうなんて。そもそも、新選組にそんな人いたっけ?)

「税込みでこちらがお値段です。」

 真純はレジの表示を見ると

(桁が1つ多かった!!)

 真純は現金をあきらめて、渋々クレジットカードを渡す。店員が処理しながら、

「もう壬生寺や八木邸には行きました?」

「いえ、まだ…」

「じゃぁ、壬生寺でこの刀を振ってみる?ハハハ。実際、壬生寺は昔武芸の訓練が行われていたんだよ。」

 おじさん店員は、店の外に出て壬生寺までの行き方を教えてくれた。

 真純は、京都には何度も訪れているが、壬生寺には一度も行ったことがなかった。新撰組ゆかりの地として有名な壬生寺だが、真純は新撰組は赤穂浪士との区別もつかないほどよく知らなかったからだ。

 壬生寺のある坊城通りまで来ると、若い女性のグループをあちこちで見かけた。真純も歴女になった気分で壬生寺の表門をくぐる。一瞬生暖かい風が吹きつける。デジャブというのか、懐かしさというのか、はたまたこの刀の持ち主がこの先にいるような、奇妙な感覚に襲われた。

 真純は境内をゆっくり見て回る。先ほどみた観光サイトでは、沖田総司がここで子ども達と遊んだという逸話がに出ていたが、本当に子供達が境内の砂利で遊んでいる。真純は、本堂の前に立ち、ゆっくり眼を閉じて手を合わせた。眼を閉じながらも光を感じていた瞼を突然、舞台の暗転のような暗闇が包み込む。

(なんだろう…)

一瞬のうちに瞼の向こうで何かが起こった気がした。すぐに目を開けるのがためらわれ、少し間をおいてゆっくりと眼を開けると一見、さっきと変わらぬ壬生寺の境内がが存在する・・・はずが!境内には子ども達が着物姿で遊んでいるし、近藤勇の胸像や新撰組隊士の墓がある壬生塚もない。

「どうなってるの!?」

 真純は刀とバッグを手に、慌てて表門から外に出ると、道行く人が時代劇のかつら(島田髷)をかぶり、着物をまとっていた。道もアスファルトではない。さっきまで歩いていた住宅地はなく、遠くには畑が広がっている。真純のことを変な目で見て通り過ぎる人もいる。

「ここは映画村??あ、…あの、すみません!」

 真純は近くを通った中年女性に声をかけるが、走って逃げられてしまう。他の人に話しかけてみても同じだった。

「これは…夢だ。そうに決まってる。さっきの夢の続き?まぁ、夢なら何してもいいか。目が覚めるまで、遊んじゃおう!」

 ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていると、家の門から出てきた若い侍が話しかけてくる。髪形も身なりも侍そのものである。

「君、もしかして新しく浪士組に入りに来た人?こっちだよ。」

 真純はそのイケメン侍にドキッとする。彼は、奥にある玄関を指差す。

「あ、あの…今って何年ですか?」

 その男は、質問の意味が分からず笑い出す。

「今は文久三年だけど…ねぇ君、大丈夫?」

「ブンキュウ?」

 すごい、よく出来ている夢だ。

「それより、早く行った方がいいよ。」

 夢ならなんでもアリだ!この人のいう「ロウシグミ」っていうのを見に行ってみよう!真純は意を決して、奥の玄関を目指す。そこが新撰組の屯所となっている八木邸だということを、この時の真純はまだ知らなかった。

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