第15話 女の隊士

八木邸の土方の部屋に、幹部たちが集まっている。

 池田屋の捜索を終えた後も、新撰組は会津藩兵とともに残敵を掃討した。藤堂は額を斬られ重症を負い、永倉は左手親指に刀傷を受け全身血まみれ。沖田は戦闘中に倒れた。しかし、彼らは威風堂々と屯所まで凱旋したのだった。土方たちの到着があと少し遅ければ、彼らもどうなっていたかわからなかった。

 近藤が沈黙を破る。

「死傷者が出てしまったのは非常に残念だが、皆よくやってくれた。我々の力で京の町を守ることができた。」

 しかし、幹部たちは言葉少なである。

「裏庭での戦いは盲点だったな。あそこにもう少し人員を割いてやれればよかったんだが。」

 最初に裏庭にかけつけた原田がつぶやく。そこから脱走した長州浪士もいた。死傷者が多く出たのは裏庭にいた隊士ばかりであった。皆、言葉少なである。

「まだ何かあるのか?」

 永倉が沖田に尋ねる。

「どうして女の隊士がいるかってこと。」

 沖田がつぶやく。

「綾部は、女だ。」

 怪我をした真純を屯所に運んだ原田が答える。

「お、女だと!歳、一体どういうことなんだ!!」

 初めて知った近藤は大きな声を張り上げる。

「まさか土方さん、男装をさせてまで自分の女をそばに置いておきたかったとか。」

 沖田が嫌味っぽく言う。

「俺がそんなことするわけねぇだろうが。」

「総司、もともとあいつに声かけたのはお前だろう。」

 原田が総司をけん制する。

「だって浪士募集に年齢や身分、性別による制限はなかったでしょ。」

「だからってなぁ・・・。」

 土方がいまいましそうな顔をする。

「土方君は知っていたのですか。綾部君が女だということを。」

 山南が咎めるように土方に尋ねる。

「本人に直接確かめたわけじゃないがな。」

 山南はため息をつく。

「それで、池田屋を捜索する時彼女を待機させたのですね。それなのに、私は彼女を放置してしまった。」

「いや、このことは俺の責任だ。綾部は、御倉や荒木田と同じ長州間者の疑いあった。やつらと一緒に泳がせておいたが、綾部はやつらと行動をともにしていなかった。長州の間者じゃねぇことはわかったが、何者かははっきりしていない。」

「この男所帯に平気で居座ってるし、血なまぐさい場面に遭遇しても冷静だし、一君の厳しい稽古も耐えてるし、ただものじゃないね、あの女。剣術の腕はからきし駄目だけど。」

 と、沖田が言う。原田が続ける。

「あいつ、斎藤と同じ鬼神丸国重のまがいの刀を持ってやがった。池田屋にあんな刀で行くなんざ死にに行くようなもんだぜ。」

 斎藤は黙って考え込んでいる。

「一君は、君の部下が女だって気づいてたの。」

 沖田が無言の斎藤をにらむ。

「あいつが男だろうが女だろうが、任務をまっとうするだけだ。」

「総司も斎藤も気づいてたのか、くそー!なぜ言わなかった!」

 永倉が見抜けなかった自分を悔しがる。

「それで、綾部君の具合はどうなんだね。」

 近藤が心配そうに言う。

「山崎が治療してるが、命に別状はないそうだ。」

「これからあいつをどうするつもりなんだ、土方さん。」

 原田が尋ねる。

「新撰組の敵なら斬るまでだ。」


 背中を斬られた真純は、八木邸の一室で寝ている。池田屋で突然、この世のものとは思えない激痛が走り、やっと夢が終わって目覚めるものだと思った。しかし目覚めても背中がじんじんする。自分が今どこにいるのか、夢と現実もはっきりしないまま、真純は目を開け辺りを見回した。

「大丈夫かい、綾部君。」

 上の方で聞き覚えのある声がする。

(山崎さん?)

 山崎は新撰組の監察方だが医療担当でもある。部屋の隅に割れた池田鬼神丸国重が置かれており、真純はこれまでのことを思い出した。

「山崎さん…ここは夢の中でしょうか。」

「まぁ、君には夢のような出来事だっただろうがな。」

 夢のような現実だ。真純は、本当にタイムスリップしてしまったのだ。真純の傷の痛みは、この現実を受け入れるのに十分だった。真純うつ伏せのまま、しばし考え込み自然と涙がこぼれた。昨日の池田屋事件を目の当たりにしたショックか、現代に戻れない悲しさからなのか、わからない。

 真純が起き上がろうとするとまた激痛が走る。やはりこれは、夢じゃない。現実だ。自分がいるのは文久4年(1864年)の江戸時代なのだ。

「無理はしないように。傷口が開いてしまう。」

「山崎さん、治療してくださってありがとうございました。」

「あんたのことは、原田さんが運んでくれた。傷が浅かったのが幸いだったな。」

 真純は、肩から腹部に掛けて巻かれているさらしに触れた。

「私が女だって、ばれちゃいましたよね。」

「なぜ君はこんなところにいるんだね。」

「それは…。」

「君は江戸から来たんだろう?家族が心配しているんじゃないのか。」

「私は、家族も親戚も友達もいないし、帰る家もありません。」

 この時代には、の話だが。

「だからって、お前を置いてやる義理もねえがな。」

 障子が開き副長自ら現れて、さすがの真純も横になって入られず、痛みをこらえて体を起こす。

「お前とじっくり話さなきゃならねぇ時が来たな。」

 山崎は一礼して部屋から出て行った。

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