第16話 小姓
「お前は何者で、目的は何か。正直に話せ。」
真純は正直に話すべきか迷った。自分だって、これまでのことが夢ではないと気づいたばかりなのに。しかし、土方の眼差しにごまかしは通用しないことだけは伝わってくる。
「私がこれから話すこと、信じていただけるかわからないけど・・・。」
「信じるかどうかは俺が判断する。ま、異人がでっかい船で日本にやってきたり、俺達みたいな農民でも武士になれたんだ・・・何を聞いても驚かねぇよ。」
「私は・・・150年後の日本から来ました。」
「なんだと?」
さっきの言葉も忘れるほど、土方の声が高くなる。
「私自身も最初は信じられませんでした。」
真純は、自分が20××の人間であることから、壬生寺でお参りした時不思議な現象が起きてこの時代に来てしまったことを打ち明けた。土方は目を閉じて考え込んでいる。真純が初めて
屯所に来た時の異様な格好、珍し女子の短髪、江戸から来たばかりなのに京の地理、寺には殊更詳しい、そして池田屋を知っていたこと…150年後から来たと言えば、何もかもが腑に落ちる。しかし・・・。
「150年後、将軍は誰だ。」
土方が意外に冷静でいることに、真純は驚いた。
「将軍は・・・いません。幕府の人も・・・武士も、いません。」
「なに!?」
土方の表情が一気に変わる。
「文久4年の日本には何が起こるんだ。」
「それは、わかりません。この時代で有名な出来事と言ったら…薩長同盟かな。」
「サッチョウドウメイ?」
「薩摩と長州が手を組んで…」
「ハハハハ・・・ついこの前、会津と薩摩が長州のやつらを締め出したばかりだというのに、
同盟だと?話としちゃぁ、面白いな。で、新撰組はどうなる。」
「新撰組は・・・沖田さんが病気になって、土方さんは北海道―」
真純は言うべきではないことを口走ってしまった気がした。
「総司が病気で俺がホッカイドウ?ホッカイドウとは何だ。」
「北の方にある島です。」
「北のにある島・・・蝦夷地か?なぜそこに俺が行く。」
「詳しいことはわかりませんが、戦うためかと・・・。」
土方は、うつむいている真純をじっと見つめている。真純が何をどのくらい知っているのか、はっきりしない。将来幕府や武士がいないという話もまだ半信半疑であるし、沖田と自分のことも信じがたい。
「土方さん、私はここを追い出されるんでしょうか。それとも、切腹…。」
「いや、お前が新撰組の敵じゃないってことは、お前の働きぶりや、その背中の傷が証明している。」
土方は部屋を出て行こうと立ち上がる。
「お前がここにいたいなら、今しゃべった事は誰にも言うな。近藤さんや山南さんにもだ。」
去っていく土方に、真純は手をついておじぎをする。まだ背中に痛みがあり、動きがぎこちない。
「無理するな。・・・傷は残っちまうかもしれねえが、生きててよかったな。ま、ここにいても命の保障はないがな。」
そういい残して土方は廊下に出て障子を閉めた。
容姿端麗で的確な指示を出す鬼の副長は近寄りがたかったが、ちゃんと話は聴いてくれた。真純は、あらためて土方歳三という人物の生き様を見届けたいと思った。そして、自分も新撰組の一員として生きていこうと決意した。
2週間後。まだ傷の痛みはあるものの、少しは歩けるようになり、近藤、土方、山南の前に呼ばれる。
「君が女子だということには驚いたが、とにかく大した怪我でなくてよかった。」
局長とい立場にいながら、気さくに優しい言葉をかけられるところが近藤の魅力であり、新撰組が将来多くの人を惹きつけるのだろうと真純は思う。
「土方くんの話では、あなたは女でありながら侍になりたくて浪士募集に紛れ込んだようですが、ここでの隊務は命がけですよ。女子だからというのは通用しません。それでも、ここに留まるつもりですか。」
山南が厳しい口調で言う。土方は黙ってうなずく。
「はい。どうかここにいさせてください。」
ここを追い出されたら、真純は行き場がない。土方は真純をここに留めておくためにうまく話を作ったようだが、山南のいうことはもっともである。
「まぁ、山南さん。こいつは、新撰組のことを知りすぎちまってる。追い出して情報を漏らされるより、ここで存分に働いてもらえばいいじゃないか。」
「それもそうですが・・・。ただし、君にはこれからも男装でいてもらいます。君が女子であるということは、幹部の一部しか知りません。そのことが他の隊士にも知られると風紀が乱れます。」
「それなら、綾部君を山南君の小姓にしよう。山南君のそばなら、安心だ。」
近藤が大声でいう。
「近藤さん、私は別に・・・。」
山南は嫌そうな顔をする。
「総長に小姓がいないってのも、おかしな話じゃないか。」
土方が強引に勧め、山南はため息をつく。
「近藤さんがそうおっしゃるのなら・・・。」
「よろしくお願いします。」
真純は山南と目が合う。穏やかな口調で話し、物腰の柔らかい山南だが、真純はその裏に何かありそうな気がしていた。
「お前の部屋は八木さんに何とかしてもらったから、これからはそっちで寝泊りしろ。」
土方がぶっきらぼうに言う。
「・・・ありがとうございます。でも、土方さん、仮同志として一言言わせてください。いくらなんでも、真夏にあの人数で雑魚寝はひどすぎます。布団もちゃんと日に当てるよう、時間と場所を作ってください。」
真純は早口でまくしたてる。
「綾部君、君は・・・」
今までと打って変わった態度に山南は驚く。
「分かった、考えておく。」
真純をたしなめようとする山南を土方が止める。土方は「やれやれ」と言った表情だが、悪い気はしていない。土方には、自分にはない真純の視点が興味深くもあり、物事をはっきり言われるのは嫌いではなかった。
真純は、傷口がまだ痛み、ぎこちない足取りで部屋に戻り、布団になだれこむように横になる。
(山南さんの小姓か…あまり歓迎されてないみたいだけど。)
大の字になって寝転がり、天井の木目を見ながら考え込む。
(20××年にはいつか戻れるはず。その方法もきっと見つかる。それまで私は新撰組の女隊士か…。3番隊、綾部真純??)
真純はだんだら羽織に鉢巻をした自分の姿を妄想し、思わずにやける。
「少し、いいか。」
「は、はい!いたたた・・・」
いきなり斎藤が目の前に現れて、真純は条件反射で飛び起きて背筋を伸ばす。障子を開けっ放しにしていたので、布団に大の字になっていた姿を斎藤に見られてしまった。
斎藤は、机の上にある割れた池田鬼神丸国重に眼をやり、刀片を手にとって眺める。本物そっくりに作られている刀を珍しがっている。
「贋物にしてはよく出来ている。あんたは何故このようなものを持っている。」
「それは…運命を感じたって言うか、この刀を握った瞬間、戦っている自分の姿が目に浮かびまして。」
「いや、なぜ本物を帯刀していないのかと聞いている。」
現代では真剣を持ち歩くこともないし、もともと池田鬼神丸国重は鑑賞用に買ったのだけど…とは言えない。
「本物を買えるお金も、腕もないので、練習用に…。」
斎藤は自分が差していた刀を鞘ごと抜き、真純に差し出す。
「これをあんたにやる。」
「本物の斎藤さんの鬼神丸国重…いいんですか?」
刀の重さと、斎藤から授かったという二重の重さを手に感じる。
「武士なら本物の刀を差せ。」
「はい。…ありがとうございます。」
「早く怪我を治して、稽古に来い。女だろうと容赦はしないがな。」
斎藤は部屋を出て行く。
(あの斎藤さんが直々に来て、刀をくれるなんて、少しは認められ…なわけないか。)
それでも、斎藤の愛刀といわれた本物の鬼神丸国重を腰に差せるのはうれしかった。
斎藤は自分を武士だと見込んで刀をくれた。この刀に恥じない、武士になろうと真純は心に誓った。
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