第58話 会津藩士

 真純は飯田橋の元火消屋敷に足を運んだ。ここには謹慎中である330人の会津藩士の本部が設置されており、会津藩士の役員が多くいると聞いたのだ。門前でうろうろしながら中の様子を伺っていると、数人の男たちが固まって出てきた。外出する会津藩士2~3人に明治政府の監視役が2人同行していた。自由に動き回れないが、外出は可能な様子だ。

 しばらくしてまた数人の男のグループが出てきたが、その中に見覚えのある顔があった。

「原さん!」

「あなたは…綾部さん!」

 真純が見たのは京にいるときに、縁談の相手として話があった原直鉄だった。当時に比べ、

勇猛さが備わっている気がした。

「外部の人間との接触は禁止されている。」

 監視役の男は、原が真純に話しかけるのを止める。

「あ、あの、すみません、診療所の者なんですが、こちらの方に薬を届けるようにと言われて持ってきました。」

 真純は懐から紙の包みを取り出す。

「あぁ、そうでした。ありがとうございます。薬の飲み方を教えてもらわなきゃな。皆さん、ちょっと待っててください。」

 そう言って原は他の藩士達から離れて、真純と話をする。

「無事で何よりです、綾部さん。あなたのことは会津で見かけました。あの時の言葉通り、新撰組に忠義を果たしている姿がまぶしかった。」

「新撰組は終わってしまいましたけど…。」

 真純は今は浅草の診療所で働いていると打ち明けた。

「だから本当に薬を持っていたのですね。綾部さん、会津は降伏したけど俺はまだ真の降伏をした訳じゃない。官軍との戦いはまだ終わっていないんだ。」

 原は場を忘れて語気を強める。

「原さん…。新撰組の斎藤さん…今は一瀬さんと言うそうですが、ここに来ていませんか。」

「一瀬…彼は越後高田に行ってると思うのだが…ここでは見ていない。」

「高田の収容所を脱走したそうです。だから、もしかして東京に来ているのではないかと思ったのですが。」

「そうか…。一瀬さんもどこかで動いているのかもしれない。」

 真純は、原も斎藤と同じように脱走して事を企てているような気がした。

「失礼だが、綾部さんは今もお一人ですか。」

「…はい。」

「…そうですか。あなたのような方なら―」

 すると、監視役が原の前に立ちはだかる。

「お前、余計な話はするな。あんたもこいつにたれこんでいるんなら、捕縛する。」

「たれこむだなんて…。そうだ、これ、皆さんで召し上がってください。」

 真純は握り飯の包みを監視役に渡す。

「お役人さん、独り占めしないで皆さんで召し上がってくださいよ。では、原さん、お大事に。」

 真純は足早に屋敷から遠ざかっていった。会津藩士の収容所では、食事はわずかで貧しい生活を強いられていると聞いたので、真純は握り飯を持参していた。

 しかし、監視が厳しいとなると斎藤は東京の収容所にはいない気がした。名前を変えたとはいえ、新撰組の斎藤が会津藩士の中にいることは東京の収容所や明治政府の役人に知れ渡ってしまうのではないか。


 真純がなすすべもなく日々を過ごしていたある日。

 町人の男と松本の弟子の一人が、けが人に肩を貸して診療所に連れてきた。けが人の男は、裏通りで額や胸、背中が血まみれになって倒れており意識はなかった。弟子たちが彼の様子を調べ、真純が道具一式をもってかけつけた。

「斎藤さん!」

 目の前に横たわっているのはよく見ると懐かしい斎藤であったが、以前と変わり果てた姿だった。

「斎藤さん、しっかりしてください!斎藤さん!」

 真純は必死に呼びかけるが反応はない。それから真純は手術の準備をし、立ち会った。運んできた町人の話では、柄の悪い浪人風の男たち数人と斎藤が斬り合いになっていたが、相手は町人が来たので逃げて行ってしまったという。斎藤の腰に刀はなかった。

 気を失っていた斎藤だが、長い手術の末一命を取りとめた。松本良順の指導を受けていた弟子たちは縫合の手術も行っていた。現代のような麻酔はなく、気付薬を与えて痛みをこらえての治療だった。斎藤が痛さのあまり動かないよう、真純は斎藤の腕を支えていたが、斎藤は痛みを一言も口に出さず耐えていた。

 真純は斎藤が眠っているのを見届けて、斎藤が来ていた服を洗濯する。医学所に運ばれて来た時身につけていた斎藤の洋服は所々土の汚れやほころびがあり、これまでの戦いで流した血がしみついている。真純が服を広げると1枚の古びた紙切れが落ちた。真純にはその紙に見覚えがあった。

「斎藤さん…。」

 それは真純が米沢で斎藤に宛てて書いた手紙だった。―斎藤さんに会いたい、仙台で待っています、と。確かにあの時書いた手紙は斎藤の手に渡っていたのだ。

(斎藤さんが生きてた・・・。やっと会えた・・・。)

 真純は、手紙を握り締め涙があふれた。斎藤がずっとこの手紙を懐に持っていてくれたことが嬉しかった

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