第4話 出会い 其の三

目が覚めると、真純は薄暗い屯所の大部屋の隅にいた。周りを見ると、浪士たちが雑魚寝している。窓を開けて寝ているとはいえ空気が悪く、浪士の咳や寝息、いびきが響いている。中には、褌一枚の素っ裸な浪士もいる。真純は身支度を整え、他の浪士達を起こさないよう、そっと部屋を出る。まだ起きている者はいないようだ。そのまま、外の井戸で顔を洗い、買ったばかりの刀を提げ、壬生寺境内の朝稽古に向かう。

 朝のひんやりとした空気が心地いい。自分が一番乗りかと思ったら、誰かが朝焼けの空を眺めていた。髪を紐で束ね、黒い着物を身にまとっているその姿は独特だが、たたずまいが美しい。

「新撰組にはこんなに絵になる人がいるのか…。」

 やがてその男は刀を構え、様々な居合の形の動きをする。手足のしなやかな動きは演武のようだ。彼のまっすぐな性格そのものがが伝わってくる。真純は表門をくぐり、石灯篭に隠れてその男の様子をうかがっていた。

「誰だ。」

 急に男がこちらを睨み付け、目が合う。

「す、すみません!」

 真純はおそるおそるその男の前に出て行く。よく見ると、華奢で端正な顔立ちの男だが、何者もよせつけない眼差しに恐怖感さえ覚える。

「き、今日から稽古をしていただく、綾部真純です。よろしくお願いします。」

「あんたが綾部か。俺は、斎藤だ。」

「斎藤さん!?あの斎藤一…?」

 真純は素っ頓狂な声を上げる。

「そのとおりだが。」

 (私はこの人の愛刀に惹かれた。でもこの人は誤って旗本を斬ってしまい京に逃れた・・・人を斬ったことがある人なんだ。)

 真純は急に警戒心を抱いた。

「ずいぶん早起きだが、脱走するつもりだったのか。」

「い、いえ、せっかく、新撰組に入れたので、抜けるなんてもったいないです。」

「シンセングミ?」

「あ、いいぇ、こちらの浪士組のことです。」

 この時、まだ新撰組という名前は拝命しておらず、壬生浪士組と名乗っていたのだ。

「他の者が来る前に稽古を始める。あんたは剣術を知らないそうだからな。」

「は、はい!お願いします!」

 木刀を使い、刀の持ち方、構え、振り方、立ち位置など、真純は斎藤の指導を受ける。刀を腰に差した状態から抜刀し、相手を斬って鞘に納める一連の動きさえも、簡単なように見えて難しい。斎藤は自分を男だと思って接しているだろうが、息が届くくらいの距離に立たれたり、斎藤の手が真純に触れると、緊張してしまい、稽古どころではなかった。


 他の浪士を交えての稽古が終わり屯所に戻ると、真純は楠小十郎に声をかけられる。

「綾部君、賄い当番の浜口さんが夏風邪で寝込んじまってるんだが、代わりに手伝ってくれませんか。」

「いいですよ。」

 真純は厳しい稽古で疲れ切った体を奮い立たせ、楠と一緒に食事の支度にかかる。真純はかまどで食事を作るのは初めて、手取り足取り楠から教わった。浪士達全員の食事を作るのはなかなか大変な仕事であった。他の浪士達が食事を終えた後、真純はぐったりして座り込む。

「綾部君のおかげで助かったよ。」

 楠は、二人分の膳を運んでくる。いただきます、と言って料理を口に運ぶが動きが止まる。ご飯は固いし、味噌汁のだしはきいていないし、焼き魚は真っ黒こげだ。

「楠さん、すみません…。お役に立てなくて。」

 実家住まいの真純は、ご飯は炊飯器が炊いてくれるし、味噌汁も焼き魚も母親が用意してくれる。今、自分が作ったものが近藤や土方も口にするのかと思うと、逃げ出したくなる。

「大丈夫、なんとか食べられますよ。それより、綾部さんは明らかに僕より年上だろうから、そう堅苦しくしなくていいですよ。」

「まぁ、そうなんだけど、拙者はまだまだ未熟者で・・・。」

 楠小十郎はまだ10代後半くらいで、弟という感じがする。いきなり楠は幕藩体制や尊王攘夷の思想について語る。

「あの、ジョーイって・・・??」

「外国を排斥することですよ。」

 楠は嫌な顔せず、1つ1つ解説してくれた。これからの日本について熱く語る若者に真純は返す言葉が見つからない。弟のように見えても、中身は真純よりずっと大人だ。楠は最後、

「もう日本のことは幕府に任せておけない。」

 と言って立ち上がり、膳を下げる。

(でも、新撰組・・・この浪士組は京都守護職・会津藩の配下にあるって近藤さんが言ってたし、ということは新撰組だって当然幕府の側につくはずだけど、楠さんは違う考えなのかなぁ。)


 朝食の後、ひと休みしてから浪士達はまた壬生寺境内で剣術・武術の稽古をする。真純も「賄い方」の仕事を済ませ、壬生寺にかけつける。超初心者の真純に、斎藤は付きっ切りで指導をしてくれた。しかし、斎藤は決して甘くはない。その様子を沖田をはじめ浪士組の幹部が本堂の前に腰を下ろして冷やかしている。

「よくあんなヤツが新撰組に入れたなぁ。土方さんもどうかしてるよ。」

声が大きいのが藤堂平助。小柄で若々しく、整った顔立ちの青年である。

「お前の手には負えんだろうな、総司。」

 その中で一番体格が大きい兄貴分の永倉新八が沖田に話を振る。永倉は沖田、斎藤と並ぶ剣豪である。

「まさかあそこまでおぼつかないとはね。」

「お前があいつを引き入れたんだろう?」

 優しい目で真純の様子を見守っているのが、原田左之助。永倉と同じくらい背が高くがっちりしていて、片手に槍を持っている。

「土方さんが喜ぶんじゃないかと思って、声かけただけだよ。」

 沖田は冗談とも本気とも取れる言い方をする。

「まぁ、土方さんなりに考えてるだろうけどな。」

と原田。

 稽古を終え、斎藤が沖田達のところにやってくる。

「おつかれさん、一君。」

 藤堂が斎藤に声をかける。

「できの悪い子ほど可愛いっていうよね。」

 沖田が、屯所に戻る真純に向かって言う。

「斎藤、あいつを巡察に出して大丈夫か?」

 原田が真純の方を見ながら、真面目に尋ねる。

「斬り合いになった時には役に立たぬがな。」

 斎藤も認める。

「けど、綾部君ってなんか独特じゃない?しゃべり方とか、物腰とか。ねぇ、一君。」

「さぁな。」

 斎藤はそっけなく答えた。

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