第5話 島原
それから数週間後、近藤が島原の角屋という料亭で宴会を開き、浪士たちを招待してくれた。貧乏な下っ端の浪士は島原で遊ぶ金などなく、近藤はよく彼らを島原に連れて行ってくれた。
「これが島原…。」
島原大門をくぐった先は別世界のよう輝いていた。真純はきょろきょろして、建物や行き交う人々に見入っている。
「綾部君、島原は初めて?」
楠が横に来て真純に話しかける。
「はい…楠さんは?」
「僕は何度か来た事があります。我々にも息抜きが必要ですからね。」
角屋の玄関では番頭が出迎えてくれた。中では、下働きの女達が忙しく動き回っていた。
部屋に案内されると酒と食事が運ばれ、浪士組一行は、飲み食いしながら芸妓の舞踊や音楽を堪能している。
「ドラマで見たままだ!」
真純は飲むのも忘れて、芸妓を見つめていた。
そのうち浪士達は気分がよくなり、芸妓が酌をし歓談している。浪士達は屯所にいる時とはまた違った表情を見せている。ひいきにしている芸妓と席をはずす者もいる。近藤や土方の周りには複数の女性が囲んでいる。
(土方さんが人気なのは分かるけど、近藤さんも意外ともてるんだなぁ。)
「間抜けな顔してどうしたの、綾部君。」
沖田の声に、真純はぽかんと空いた口を閉じる。盃を持った沖田が真純の横に座った。
「近藤さんって、もてるんですね。」
「知らなかった?近藤さんって素直だし、涙もろいし、人懐っこくて、女の人に好かれるんだよね。僕もそんな近藤さんを尊敬している一人だけど。」
向こうで近藤が芸妓達と豪快に笑っている。
「沖田さんは、どなたかひいきの方はいないんですか?」
「僕はこういうところ、興味なくてね。酒が呑めるから来てるだけ。」
「じゃぁ、男の人に興味あるんですか。」
沖田は大笑いして酒を飲み干す。
「そうだねぇ…君みたいな男なら、悪くないかな。」
首をかしげて真純の顔を覗き込み、真純は照れ隠しに膳にある徳利を口に運ぶ。
「美男お二人で何のお話どす?」
君菊という名の芸妓が沖田の横に座る。君菊は土方の馴染みらしいが、沖田とも親しい様子だ。
「男と男の話だよ。ねぇ、綾部くん。」
「面白そうどすなぁ。」
「土方さんの隣に居場所がないからって、僕たちのところにきても駄目だよ。」
「沖田はんの方がずっと男前どすえ。」
と言いながら、君菊は沖田に酌をする。
沖田と芸妓の会話を聞きながら、真純は会場を見渡す。あちこちで浪士と芸妓の笑い声が絶えない。
「あんさん、珍しいお顔してはりますなぁ。異人さんとはまたちごうて…女子っぽいいうか…。」
君菊が真純の顔をじっと見つめる。
「もしかして、綾部はんはおな―」
「あ、あの、トイレ…じゃなくて廁はどこですか?」
真純は慌てて部屋の外に出た。みんなの前で、女だとばれるわけにはいかない。廁を探しながら角屋の中をうろうろしていると、突然横の障子が開き、中から斎藤が出てきた。斎藤と真純は目が合う。思わず真純は部屋の奥の方をのぞくと、派手な着物を着た芸妓がうつむいて座っているのが見えた。
「す、すみません。」
斎藤は何も気にすることなく黙って障子を閉めて立ち去った。
「斎藤さんだって、羽目をはずすことくらいあるんだ。」
真純はなんとなく宴会に戻る気がしなくて、角屋の玄関の前で夜の涼しい空気を吸う。通りを行き交う人々を前に、真純はこの時代、この町に居る自分が孤独だなと思う。
(無口で一匹狼で、稽古は超厳しい斎藤さんも、あの人といる時はデレ~ってしてるのかな。)
思わず首を振ってしまう。
夜空を見上げぼーっとしているところを、ほろ酔いの近藤が大声で話しかけて来た。
「おぉ、綾部君じゃないか。こんなところで何をしているんだね。」
「…酔い覚ましに冷たい空気に当たってました。」
「そうか。どうだね、屯所での生活は慣れたかね。」
「はい、皆さんのおかげで。」
「君が作る食事も、だいぶうまくなってきたじゃないか。飯がうまいと浪士達の士気も上がるってもんだ。」
若い浪士数人が近藤のもとに来て、彼らは角屋を後にした。
(こんな下っ端のことまで覚えててくれて、近藤さんはいい人だなぁ。だから土方さんや沖田さんをはじめ、幹部の人がついて来るんだろうな。余計なことを考えず、剣術と仕事を頑張らなきゃ。)
真純は近藤の後姿に向かって頭を下げた。
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