第34話 秘密

 慶応3年(1867年)9月に入ったある日、真純は近藤に呼び止められた。

「綾部君、すまんが君に頼みがある。これから総司に付き添って医者の所へ行ってくれるか。」

 真純は来るべきものが来たと思った。沖田は、山南が切腹する時の介錯を務めてから、表立って刀を振るう姿を見かけなくなった。沖田は巡察に行き、剣術の稽古をしたりと元気なふるまいをしていたが、近藤からそのような命令があるということは、沖田がついに発病したのだろうか。

「沖田さんの具合がよくないんでしょうか。」

「ん…。総司がよく咳をしているんで、早めに医者に診せて治療を受けさせようと思ってな。総司はたいしたことないと言って、医者に行こうとしないんだ。」

「わかりました。首に縄をつけてでも連れて行きます。」

「ハハハ…。よろしく頼むぞ。」

 どうにか沖田を引っ張り出し、壬生村内にある医者のもとへ向かう沖田と真純。沖田の最期を知っている真純は、どう言葉を交わしたらいいかわからず浮かない顔をしている。

「ねぇ、これじゃぁ、どっちが病人だかわからないよ。」

 急に沖田に話しかけられて、はっとする。

「す、すみません。」

「ま、こうして真純ちゃんと外を歩けるなら、病気になるのも悪くないかな。」

「沖田さん…。」

「医者くらい1人で行けるのに、なんで近藤さんは真純ちゃんを連れて行けなんて―」

 急に沖田は咳き込み、真純に背を向ける。

「沖田さん、大丈夫ですか?」

 真純は持っていたて手拭いを沖田に渡す。沖田は手拭いで口を覆い、少しして咳が止まる。

「大丈夫。たいしたことないよ。」

 沖田は笑ってみせた。

 診療所に入り、沖田は奥で診察を受けている。真純は外で待っていた。沖田の病は「労咳」。現代で言う結核である。結核は、現代では治せる病気なだけに、今何も出来ないのはもどかしい。医学の知識があったとしても、この時代に薬を作ることなどできないだろう。

「沖田さん、どうしたら…。」

 独り言を言っていると突然沖田が姿を現した。

「僕のこと、気にしてくれてたんだ。」

「もちろんですよ!」

 沖田は黙って、先を歩く。気のせいか、沖田の背中がさびしく見えた。

「多分、真純ちゃんの直感のとおりだよ、僕の病は。」

「え?」

「君は知ってるんでしょう、僕が労咳だってこと。」

「…はい。」

「真純ちゃんには何でもお見通しだな。このこと、近藤さんや土方さん、みんなには秘密だよ。」

「誰にも言いません。」

「…ありがとう。僕は今までどおり、刀を握って戦い続ける。そうじゃなきゃ、何のために生きてるのかわからないからね。」

 沖田も本物の武士だ。病に臥して死を待つだけの毎日などありえないのだ。

「沖田さん、『病は気から』ですよ。いつも笑って過ごしてたら、病気だって消えるかもしれませんよ。だから…その…負けないでください。」

「じゃぁ、いつも僕を笑わせて、病を消してくれるかい。」

 沖田は真純をからかって笑う。

「できる限りのことをします。そうだ、せっかくだし、お団子食べに行きましょう」

「腹の虫が鳴いてたの、聞こえたよ。」

 恥ずかしがる真純に沖田は笑みを浮かべ、真純といると本当に病が消えてくれるような気がした。


 祇園の方まで出向いて、二人は茶屋の長いすに座り、団子をほおばる。真純は、沖田の晴れ晴れとした表情に安心した。今は、この短命の美しき剣士の歴史が変わることを信じていたい。

 沖田がふと向こうから歩いてくる斎藤に気づき、呼び止める。斎藤に向かって手を振るその姿が、無邪気な子どもみたいだ。

「一君、何してるの。」

「むやみに話しかけるな。」

「別に挨拶くらい、いいじゃない。ねぇ、真純ちゃん。」

 斎藤は真純の顔を見る。

「元気そうだな。」

「はい。…斎藤さん―」

「俺はもう行く。」

「待ってよ、一君。僕たち二人がどうしてここにいるか、気にならない?」

「俺には関係ない。」

「へぇ。」

 沖田は笑みを浮かべる。

「この前、近藤さんが幕臣に取り立てられた祝いの席で、真純ちゃん、芸妓の格好したんだよね。」

「沖田さん、気づいてたんですか!!」

「そりゃぁねぇ。見られなくて残念だったね、一君。」

「そんな話に付き合う暇はない。」

 斎藤はロボットのように向きを変え、去っていく。

(斎藤さん…もう今までみたいに話すこともできないのかな。)

「相変わらずだね、一君は。」

沖田は病のことなど嘘のように団子を口に入れた。

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