第35話 帰還
伊東一派が新撰組を去り(名目上は分離)、新撰組はあらたに隊士募集をするため、土方は井上源三郎とともに江戸へ出発した。土方らが不在の屯所で、新撰組は慶応3年(1867年)10月、大政奉還の知らせを受ける。大政奉還は第15代将軍徳川家喜が、政権を朝廷に返上することをいい、この結果幕府は消滅することになった。幕臣に取り立てられたばかりの新撰組には、決していい知らせとは言いがたく、不安に思う隊士もいた。
土方は二十数名の新隊士を伴って帰京した。その後、坂本龍馬と中岡慎太郎が近江屋で殺害される事件が起きた(近江屋事件)。大政奉還により幕府を倒されてしまった佐幕派による犯行だといわれているが、現場に新撰組の原田の鞘が落ちていたという噂がたち、新撰組が疑われた。
数日後、真純が朝稽古をしに道場へ向かうと、男が真剣で型の稽古を繰り返していた。刀を抜いて相手を切り、血振りを行い鞘に納める、以前と変わらない斎藤の姿があった。
「誰だ。」
真純は斎藤の前に姿を見せる。
「斎藤さん…どうしてここに。」
「御陵衛士は終わった。」
「また新撰組に戻って来られたのですね。お帰りなさい、斎藤さん。」
真純の言葉に斎藤は一瞬、戸惑った表情を見せうつむく。
「いや、俺はもう斎藤ではない。山口次郎と名を変えた。」
「山口…さん。」
真純は急に斎藤が別人になってしまったような気がした。新撰組と御陵衛士との取り決めで、互いの組に隊士を入隊させることを禁じていたため、斎藤は正体がばれないよう変名する必要があった。斎藤は、間者として御陵衛士に内偵するためにもぐりこんでいたのだった。
「御陵衛士が終わるということは、藤堂さんは…。」
「藤堂は向こうで勢力的に動いていた。どうするかは本人が決めることだ。」
真純はこれから何かが起きる予感がした。
その斎藤と新撰組幹部が集まり会議を行っていた。
「まさか土方さんが間者として送り込んでいたとはなぁ。ったく水臭いぜ、斎藤も。」
永倉がぼやいている。
斎藤が間者として御陵衛士になったのは土方と近藤と監察方以外、知らなかった。斎藤は観察方と協力して、伊東一派の内情を逐一土方と近藤に報告していた。
「平助が、美濃の博徒である水野弥太郎に農兵数百を組織し、さらに兵力を増やそうと薩摩の大久保利通と内通している。」
斎藤が淡々と報告する。
さらに伊東は『天皇を中心とした政権を樹立し、日本が1つになって協力し、公議を尽くすべき』という建言書を朝廷に提出していた。伊東が元新選組隊士ということで、薩摩長州の尊皇攘夷派志士からは疑念を持たれ、思うような動きが取れないでおり、御陵衛士の中では新撰組を討つべきだという声も出ていた。
「新撰組は、御陵衛士と一戦を交える―。」
土方が幹部たちに向かって言った。
「土方さん、平助はどうする。」
永倉の言葉に土方は黙っている。
「トシ、平助のことは何とかならんだろうか。あいつは、助けてやりたい。」
近藤は土方の様子を伺う。
「…分かってる。」
新撰組から伊東のもとに遣いを送り、国事について議論したいと伝え、伊東が一人で近藤の休息所に現れる。何も気づいていない伊東は土方らに勧められるまま酒を飲む。かなり酔った伊東が一人で邸を出た後、新撰組の隊士が油小路で伊東を斬りつけ、その後、伊東の遺体を油小路の十字路まで運び、御陵衛士をおびきよせ一掃する―というのが土方のシナリオだった。
外が暗くなると永倉と原田が、隊士たちを引き連れて屯所を出て行く。真純は、だんだら羽織を着た集団が出て行くのを見かけ、御陵衛士と決闘するのだと悟った。
――志が違ってもよき友でいられたら…。
藤堂が新撰組を去っていく前に、交わした言葉。
(戦をせず、この国が一つになって異国と対峙するべきと思うのです)
と伊東は言った。
(伊東も藤堂も助けたい。誰も死なない道を模索したい。)
真純は、自分の部屋に風呂敷の中からだんだら羽織を取り出した。その羽織は藤堂がくれたものだった。
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