第36話 油小路

真純は屯所を抜け出し、原田や永倉が出て行った方向に進んでいく。今晩、近藤と土方は、近藤の休息所に行くと言っていたのを思い出した。真純が走っていくと、向こうから一目散に走ってくる男の姿が目に映る。男は遠目で新撰組の羽織に気づき、歩を緩め真純に近づいて来た。

「こんなところにも新撰組がいるとはな。」

 目の前に現れた男は抜刀し、刃先を真純に向けている。真純も池田鬼神丸を抜いた。男は御陵衛士に参加し新撰組を離隊した者だが、名前は思い出せない。

「てめえらのせいで、伊東さんが死んだ。この仇は必ずとる!」

「伊東さんが?」

 真純が聞き返す前に男は恐ろしい形相で刀を振り落とす。真純は辛うじて鬼神丸で受け止める。再度男が刀を振りおろすと真純は後退してそれをよけるが、男が真純に迫って何度も刀を振り下ろすうちに反応が遅れ、肩を斬られてしまう。傷口から血があふれるのを手で押さえる。

「そんなやつと相手をしても退屈だろう、加納。」

 真純の後ろから現れたのは斎藤だった。

「斎藤、高台寺党を抜けてどこに行ってやがった。伊東さん殺られ、他のやつらも新撰組に囲まれた。」

「それがどうした。」

 斎藤が加納をにらみ刀に手をかける同時に、加納は

「この裏切り者が!必ず復讐してやるからな。」

 と言い残し、逃げていった。斎藤の刀には太刀打ちできないと判断したのだ。

「大丈夫か。」

「はい、かすり傷です。」

 真純は持っているさらしで傷口をふさいだ。二人は急いで戦場に向かった。


 刀と怒声が響き渡る油小路では、新撰組隊士が10人以上で取り囲み、御陵衛士側は藤堂を入れてわずか3人が戦っていた。永倉と藤堂が刀を交え、対峙していた。藤堂は永倉の目をじっと見つめ、それから向こうで他の御陵衛士と戦っている原田を目で追う。永倉が逃げろという合図を送っている。

「藤堂さん、逃げて!」

 真純が二人のそばに来て告げた。ここで逃げては、自分の信念を曲げることになると、藤堂は首を横に振る。

「志は違っても、藤堂さんに生きててほしいんです。今、ここで斬られては志も道半ばで終わってしまいます。」

 と訴える。真純の声が藤堂の耳に入ったのか、藤堂が退いた瞬間、

「ここは拙者が!」

 すぐさま三浦という隊士が後ずさりする藤堂に気がつき、背後から藤堂を斬りつけた。さらに振り向きざまに藤堂は、顔面に二の太刀を食らってしまった。一瞬のことだった。藤堂は反撃に出ようとするが力尽きて倒れる。

「平助!!」

「藤堂さん!!」

 永倉と真純は倒れた藤堂の元にかけよる。

「邪魔だ、どけ!!」

 三浦が刀を振り上げとどめを刺そうとした時、斎藤がそれを止めた。

「もういい。」

 三浦は斎藤の一声で、刀を下ろす。真純は自分の羽織で、藤堂の顔面の血をぬぐう。

「新八さん…俺―」

「しゃべるな、平助。」

「時勢が…変わっても…みんな変わらず、良き友でいてくれたのに。」

 藤堂の目が閉じられようとする瞬間、

「藤堂さん!」

 呼びかけに目をうっすら開けて、藤堂は真純を見る。

「その羽織…よく…似合ってるな…」

 原田が最後の一人を槍で一突きした後、駆けつけたが藤堂の声を聞くことはなかった。


 藤堂以外の御陵衛士も殺害されたこの事件は、油小路の変と呼ばれる。彼らの遺体は後、光縁寺に埋葬された。(現在は、戒光寺の御陵衛士の墓に埋葬されている)

 葬儀を終え光縁寺を後にする新撰組。仲がよかった永倉に原田、沖田らは沈んだ面持ちで不動堂村の屯所へ帰っていった。隊士達がいなくなり、墓地にいつもの静けさが訪れる。真純は墓石の前に立つと、藤堂がこの世にいない現実が身にしみた。

 津藩主・藤堂和泉守のご落胤といわれ、家族に恵まれなくともそれを微塵も感じさせず、真面目で好青年だった藤堂。一緒に酒を飲んだり桜を観賞したり剣術の稽古をしてもらったり、数々の思い出がよみがえってくる。

 真純は声を殺して泣いていたつもりが、藤堂の名を何度も涙ながらにつぶやいていた。

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