第20話 武士らしく

  数日後、茶屋に一席設けて原直鉄と年輩の会津藩士と近藤、土方、真純が顔を合わせることになった。

「近藤さん、縁談の話を進めて構わないかね。容保公も気になっておられる。」

「もちろんです。こんないいお話は二度と―」

「あの、すみません。私は、縁談をお断りします。」

 真純は会津藩士二人に向かってきっぱりと申し出た。

「綾部君、いまさら何を言う!」

「このような形で所帯を持つ相手を決められません。それに、私は新撰組をやめるつもりはありません。」

「近藤さん、これは一体どういうことですか。」

 年輩の会津藩士が近藤をにらみつける。原が真純の目を見て、黙っている。

「綾部君、今すぐお詫びして縁談をお受けするんだ。」

 隣にいる近藤が真純を諭す。

「近藤さん、皆さん、申し訳ありません。ですが、局長命令でもこれだけはできません。」

「一体どういうつもりだ!!」

 さすがの近藤も怒りの声を出す。

「容保公を侮辱するつもりかね。」

 会津藩士が言う。

「新撰組の名に泥を塗るつもりか!」

 土方が机を叩いて立ち上がる。真純は床に手をついて頭を下げる。

「てめぇ、俺たちに恥をかかせやがって。局長命令に従えないならば、斬るしかねぇな。」

 突然、土方は刀を鞘から抜き、真純の短い髪を掴み、刃を頭に添える。真純は何も抵抗しない。

「ひ、土方君、いくらなんでも女子に刀を向けるとは。」

 年輩の藩士が止めに入る。

「いや、こいつは武士になりてぇとかぬかしておいて性根が腐ってやがる。こんなやつは生かしておいても―」

 「土方さん、お控えください。縁談はこちらからお断り申す。それでいいじゃありませんか。」

 原が落ち着いた口調でいう。真純に向かって、

「綾部さん、女子のあなたがどうしてそこまで新撰組にこだわるのですか。」

「それは・・・新撰組が強くて面白い人の集まりだからです。最初は血なまぐさい人たちに怖くなりましたが、その剣の腕に私が救われたのも事実です。それに、新撰組は烏合の衆と言われてますけど、皆さん人間味があって、一緒にいて楽しいんです。」

 真純は、池田屋事件の後から自分を偽る必要がなくなり、隊士たちと距離が縮まったような気がしていた。 

 近藤は大きなため息をつく。

「あなたが本当に武士になれたら、いつかともに戦う日が来るかもしれない。では。」

 原が席を立つ。近藤が詫びを言いながら、玄関に見送りに行く。

「大丈夫か。」

 土方は刀を鞘に収めた。

「はい。」

「あぁでもしないと、向こうは手を引かないだろうからな。」

「土方さん…どうもすみませんでした。でも、さっき私が言った事は本当です。池田屋の現場に居合わせた時は手に汗握る思いでした。強くて面白い新撰組がこれからどんな活躍をするか、見届けたいんです。」

「見届けるって、お前なぁ、まだ始まったばかり―」

 土方は一瞬真純に警戒の色を見せる。やはり綾部はこの先のことを知っているのか。幕府がなくなるのは本当なのか。

「土方さん、どうされましたか。」

「いや、何でもない。・・・しかしお前はいい度胸だな。会津藩に楯突くとは。相手が話の分かる原さんだったのが救いだ。」

 そこへ近藤が仏頂面で部屋に戻ってくる。

「近藤さん、申し訳ありませんでした。」

 真純はあらためて詫びる。近藤はひどくがっかりし、ため息をついた。

「原殿は今回のことは穏便に済ませると言われた。一体何が気に入らないのかね。」

「近藤さん、綾部を身売りする気か。」

「そうではない。綾部君は中年増だぞ。この先貰い手が現れなかったら――」

「その時は、俺が貰い受ける。」


 3人が茶屋を出ると通りの反対側に斎藤が立っていた。

「お前たち、まさか、見合いの様子を探りに来たのか。」

「まあね。会津藩士二人がおとなしく帰って行ったところ見ると、僕たちの出番はなさそうだね。」

「斎藤、お前もか。」

「総司一人では心もとないので。」

「一君の方が先にここに来てたくせに。」

 真純は斎藤に目を向ける。

「斎藤さん、沖田さんもご心配おかけしました。」

「土方さんが一言『こいつは俺の女だ。俺が貰い受ける!』って鬼の顔して言ってくれれば、済んだ話じゃないの。」

 土方と真純は沈黙する。

「え、何?もしかして、本当に言ったんだ。へぇ~。」

「総司!あの野郎…。」

 沖田がはしゃぎ、土方が腹を立て、斎藤が見守っている―いつもの新撰組の光景の中に自分がいられるのがうれしかった。だが、近藤はまだあまり元気がない。

(近藤さん、次こそは手柄を立てます。)

真純は心に誓った。

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