第21話 伊東甲子太郎

それからしばらくして、近藤や永倉、藤堂らが隊士募集のため江戸に向かう。池田屋事件や禁門の変での活躍した新撰組は、京都の治安維持の仕事が増える反面、隊士の脱走も多く、人数を補強する必要があった。一致団結しているように見える新撰組だが、隊士達にも微妙な変化が訪れていた。

 真純は斎藤の組の巡察に同行していた。

「いつもより、隊士の数が少ないですね。」

 真純が斎藤に尋ねる。

「昨日も脱走した者がいた。」

「その人達は切腹…なんですか。」

「理由が認められなければな。だが、うまく逃げ切っている者もいる。」

 その話を聞いていた、若い平隊士が話に割って入る。

「脱走しようとしたやつらは、新撰組の目的がわからなくなったと言ってました。我々は、尊皇攘夷の理想を掲げていたのに、近頃は幕府の犬だと…。」

 他の隊士も同意見なのか、沈黙している。皆、斎藤の返答を待っていた。

「言いたいことはわかる。新撰組としても方向を定めなければならぬ時だ。」

「斎藤さんは、どう考えているんですか。」

 真純が尋ねる。

「…局長や副長に従う。それだけだ。」

 斎藤には、佐幕とか尊王攘夷だとかいうのはあまり重要ではないのかもしれない。心から近藤さんや土方さんに信頼を寄せていて、彼らに忠義を果たすことが、斎藤の武士としての生き方なのだ。

 近藤たちが江戸へ出発する前、永倉、原田、斎藤、島田ら隊士6名が、近藤の増長に反発し会津藩に罪状書を提出するという出来事があった。新撰組は役職はあっても本来、同志の集まりであるのに、このところ近藤が隊士達を家来のように扱うことに不満が出ていた。

「この前提出された罪状書に、斎藤さんの名前もあったと聞きましたが…。」

「あぁ。俺は近藤さんを非難すると言うより、これからの新撰組のために名を連ねただけだ。」

「なるほど…。」

 近藤の高慢な態度にさすがの土方や沖田も困り果て、日野に手紙を書いたほどだった。しかし、実際永倉と近藤とは表立っての対立があったようで、酒の席を設けてひとまず和解した。


 元治元年(1864年)、十月。近藤は伊東甲子太郎ら、江戸で募った隊士を連れて帰京する。近藤たちよりも一足先に江戸に到着していた藤堂が、近藤と伊東を引き合わせたのだ。藤堂はかつて伊東のもとで剣術の北辰一刀流を学んでいた。伊東甲子太郎は、女性のような顔立ちで優雅な佇まい、品のよさがあり、学問と教養のある人物だった。近藤が伊東を、屯所敷地内にある道場を案内する。近藤と伊東の前に、稽古中の隊士達が集まった。

「みんな、こちらが新撰組に入隊されることになった伊東さんだ。」

 伊東は咳払いをして、

「さすが、泣く子も黙る新撰組の剣術の腕前はすばらしいですね。しかし、こちらも…磨かなくてはなりません。」

と言って、自分の頭を指差す。

「というわけで、文学や世情のことなど幅広く学ぶ勉強会を催しますので、ぜひ参加してください。近藤さんのお許しもいただいていますので。」

 一言挨拶して去っていこうとする伊東がふと足を止めて、端に立っている真純に近寄る。

「なんだかあなたとは同じ匂いがします。フフフ…。」

 耳元でささやき、伊東は近藤と行ってしまう。二人の姿が見えなくなると

「何、あの人。僕たちが剣術馬鹿だって言いたいの。」

と、沖田が口火を切る。

「新八、近藤さんに同行してて何であんなやつ連れてきやがった。」

 原田が横にいる永倉の腹を肘で押す。

「平助が伊東さんを説得して引き合わせたんだよ。伊東さんは熱心な尊王攘夷派だ。幕府の配下にある新撰組とは合わないんだがな…。」

「ふーん。僕は伊東さんの勉強会なんて出る気ないね。寝てるほうがましだよ。」

沖田は鍛錬を中断して、道場を後にした。

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