第41話 立て直し
それから1週間が過ぎ、真純は負傷した新選組の隊士達とともに江戸に向かう船上にいる。新撰組は、年明けの1868年(慶応4年)1月、鳥羽伏見の戦いで撤退した後、淀千本松と橋本まで敗走、大坂に退却し近藤達と合流した。今回の戦いでは敗れたものの、江戸に帰り陣を立て直すことになったのだ。
この戦争で、井上源三郎や山崎蒸ら十数名の死者が出た。山崎は伏見で重傷を負い、大坂までは持ちこたえたが、船上で息を引き取った。その山崎に代わり、真純が隊士達の手当てや看病を行った。その山崎の遺体は海上へ落とされ、水葬された。山崎を見送る近藤や他の隊士達は目に涙を浮かべていた。山崎がいかに信頼され、隊士としても立派であったことが伝わって来て、山崎から治療を受けたことのある真純も、悲しみにくれた。山崎は、医療担当として真純にいろんなことを忠告し、助けてくれた。真純は、山崎が沈んでいった海をしばらく眺めていた。しかし、休む暇なく隊士達の看病に追われた。
「綾部くん!沖田さんが!!」
真純は沖田のもとにかけつける。肌寒い粗末な部屋で、沖田は咳き込んでいる。
「大丈夫だよ。大げさなんだから。ちょっと船酔いしただけだよ。」
といいながらも、咳は止まらない。真純は小さな桶を持ってきて、沖田の背中をさすってやる。吐いたものの中には、血が混ざっていた。
「悪いね、こんなの見せちゃって。」
沖田は布団に入り、横になる。
「そんなこと気にしないでください。」
「こんな体になっても、よかったことが1つあるんだ。」
「何ですか?」
「君を独り占めできること。」
こちらが恥ずかしくなるようなことも自然に言えるのが沖田らしい。
「でも…。江戸に着いたら、僕はすぐ和泉橋の医学所に行って、松本先生の治療を受けるらしい。当分、屯所には戻れなそうだよ。」
「できるだけ、お見舞いに行きますね。新撰組を江戸で立て直すんですから、沖田さんにもその時は参加してもらわないと。」
「…そう、だね。」
真純は、沖田の寿命がそう長くないことを知っている。現代では労咳…結核はちゃんとした治療を受ければ治る病だが、この時代ではどうすることもできない。それなら、沖田が望むのであれば、最後の最後まで剣を振るわせてあげたい気もした。
沖田の容態が落ち着いたのを見届けて、真純は甲板に出る。
「これから、どうなるのかな…。」
この時代になぜか送り込まれて3年。京都ではいろんな出会いと別れがあった。山南さん、藤堂さん、梅さん、まささん、伊東さん、楠さん…。名前は知らずとも顔なじみになった隊士の人達もいた。これからいろんな出会いと別れが繰り返されていくのだろう…。
「大丈夫か。」
土方が真純の隣に来る。土方の長い髪が海から吹きつける風になびいている。鳥羽伏見の戦いの結果に一番悔しくて悲しいのは指揮を執った土方のはずなのに、そんな素振りを見せず隊士達のことを気にかけている。
「沖田さんは落ち着いて―」
「お前のことを聞いてるんだ。」
「私は大丈夫です。」
「山崎に代わって、よくやってくれた。」
「そんな…私は山崎さんの代わりなんていえるほど、何もできてません。」
「いや、お前が…いてくれるだけでいいんだ。」
「土方さん…。」
土方は遠い目をする。
「未来を知ってるお前なら、これからどうする。」
未来にいる自分だったら、戦なんてやめてもっと自由気ままに生きたらと言いたくもなるだろう。しかし、目の前で戦が起き、無念の死を遂げる人たちや志のために戦おうとする人のそばにいると、このまま引き下がりたくない。
「私なら…やられたらやりかえします。負けっぱなしで終わりたくありません。」
「お前からそんな言葉が返ってくるとはな。幕府がなくなる以上、負けて終わるんじゃないのか。」
「それでも、歴史を変えられるかどうかやってみます。」
「お前が男だったら、頼もしい侍になっていたかもな。」
土方の口元に笑みが浮かぶ。
「ただ、これだけは言える。もう、刀や槍の時代じゃねぇってことだな。鳥羽伏見では、ほとんどの隊士が銃弾で戦死した。新撰組にも鉄砲大砲が必要だ。」
寄港する横浜港が遥か遠くに見えてきた。
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