第18話 縁談

「近藤さんと土方さんにお会いしたいのですが。」

 八木邸の玄関で原直鉄と名乗る会津藩士が、真純に声をかけてきた。真純よりも若く見えるが、知的で鋭い目つきをしていた。

 真純は彼を中へ案内し、近藤の指示によりお茶菓子を運んでいく。真純が退室しようとすると、

「綾部くん、君もここにいたまえ。」

 近藤が真純を同席させた。一緒にいた土方はバツの悪そうな表情をしている。原は、近藤と土方と歓談しながらも時々真純と目を合わせた。

「女の隊士がいるとは、さすが新撰組ですね。」

 原は真純の顔を見て、優しく微笑む。

(やばい、見破られた…)

 真純は思わず土方の顔を見るが、土方は気にするなと目で合図している。

 やがて真純は近藤に促され、退室する。何か試されているような、嫌な気分だった。原が帰った後、真純は近藤に呼ばれる。

「単刀直入に聞くが、綾部くんは決まった人がいるのかい?」

「決まった人?」

「つまり、お前が嫁に行くところだ。」

「い、いませんよ!そんな―」

「おぉ、そうか。では、先程の原殿はどうかね。」

 原直鉄という会津藩士は、若くして会津藩主松平容保の側役なのだという。

「原殿が縁談の相手を探しており、容保公からも誰かいないかと依頼されてな。原殿はまだお若いから、年上の綾部君がふさわしいと思ったのだ。」

 近藤は、新撰組を預かってくれている容保公や原の期待に応えたかった。近藤はあらかじめ、真純が新撰組の隊士として男装していると原に伝えていたのだった。

「綾部君、君は今まで新撰組のために本当によくやってくれた。だが、これからは女子としての幸せを考えてほしい。」

 真純は考え込む。

「君は俺の遠い親戚ということにしておけば問題ない。原殿は、君の事を気に入っておられたぞ。」

「えぇ!?ほんの2,3分お会いしただけなのに?」

「原さんは菓子を持って帰った。つまり、見合いは成立したってわけだ。」

と近藤がいう。

 男が見合いのために女の家を訪ねて茶菓子が出され、男が気に入れば、お茶を飲んで菓子を持って帰るという習慣があるのだという。

「そうだ。これが縁談だ。女に決定権はない。」

 沈黙を破って土方が答える。

「いやぁ、こんなに早くうまくいくとは思わなかった。ハハハ…」

 近藤はあたかも縁談が成立したように上機嫌だった。真純の納得かない様子を見かねた土方が言う。

「近藤さん、こいつにも考える時間をやってくれ。」

「綾部くんは何か不満でもあるのかね。」

 近藤には、素直に快諾しない真純が理解できない。

「多分、何が何だがさっぱりわかってないだろう。こいつが納得してから話を進めてくれ。」

「まぁ、歳がそこまで言うなら、わかった。」

 真純は退室し、屯所の玄関の掃除する。そこへ土方が現れた。

「近藤さんがついお前のことを原さんに話しちまってな…。原さんは、女の隊士とは面白いと乗り気でな。」

「私は山南さんの小姓になったばかりですよ。」

「縁談の件は、山南さんは近藤さんに一任している。ったく、人がよすぎるぜ、近藤さんは。」

 最近、近藤の自分勝手な言動が多いと隊士達が文句を言っているのを聞いたことがあったが、真純はそんな近藤を嫌いになれなかった。

「もし、私が断ったら切腹ですか。」

「女にそこまでさせないだろうが、近藤さんの顔に泥を塗ることになるだろうな。」

「私が縁談を受ければ、新撰組の役に立てるんでしょうか。」

原と真純が政略結婚をすれば、会津藩とはより緊密な関係を築ける。

「あんたにも新撰組にもいい話だって、近藤さんは思っている。」

「土方さんはどう考えているんですか。」

「原さんは、年は若いがなかなか俊敏な人だ。話も通じる。条件としちゃ悪くはねぇがな。だが、決めるのはお前だ。あんたが原さんの所に輿入れしたら、新撰組や会津に不利なことはさすがにしねぇだろう。」

 土方は、真純が未来から来たことに少しは信憑性を感じ、真純を自由にさせることは危険だと思っていた。しかし、会津藩士との輿入れなら、監視することはできる。

「土方さん、少し考えさせてください。」

 真純は自分がどうすればいいかわからず、考え込む日々が続いた。


 池田屋事件に続き禁門の変でも活躍した新撰組は、幕府から恩賞金を賜り、一躍有名になった。屯所の雰囲気も活気があり、怪我がすっかり回復した真純も稽古に精を出す。男だろうと女だろうと、暑かろうが寒かろうが、斎藤の稽古は厳しい。つい、ボーッと考え事をしてしまうと、斎藤がすかさず木刀を向ける。そこへ、巡察当番の原田が隊服姿でやってきた。

「おぅ、相変わらず熱心だな。斎藤、今日綾部は俺たちの巡察に同行させろと土方さんからの命令だ。」

「・・・わかった。」

 真純は表情が緩むが、斎藤ににらまれる。

「綾部、あんまり嬉しそうな顔するなって。ほら、鬼組長がますます怖い顔になってやがるぜ。斎藤、土方さんに似てきたんじゃないのか?」

 原田が斎藤をからかって楽しんでいるが、斎藤は無言で考え込んでいる。原田の言ったことを真に受けているようだ。

 真純は、久しぶりに外の空気を吸えて気分がいい。

「『綾部が最近あほ面ばかりしてるから、外に出してやれって』って土方さんが言ってたぜ。」

「そんなつもりはないんですけど・・・。それより、原田さん、池田屋では助けていただいてありがとうございました。ちゃんとお礼を言えてなかったので。」

「女だって気づいたときは驚いたがな。」

 原田が真純の耳元でささやく。

 無事、巡察を終え屯所近くまで戻ってきたところで原田が立ち止まり、他の隊士達に先に帰るよう促す。

「綾部は俺の野暮用に付き合え。」

 原田に腕を引っ張られ、真純は原田についていく。

「屯所は男所帯でむさくるしいだろうから、今日は俺の家に来るといい。」

「ええええ!?」

 急に無言になる二人。

(女とばれた途端にこうなるとは・・・。原田さんはいい人だけど、心の準備が・・・。)

 真純が考え込んでいると原田が立ち止まる。

「ここが俺の休息所だ。」

 新撰組の幹部(助勤以上)には、市中に休息所という下宿があり、そこに妾や妻と住んでいた。

 原田は非番の日は休息所に下宿していた。

「おーい、帰ったぞ。」

 原田が勢いよく扉を開けると、中から若い女性が出てきた。

「おかえりなさい。あら、お客様?」

「突然、お邪魔してすみません。」

 真純はかしこまって挨拶する。

「まさと申します。」

「綾部真純です。原田さんにいつもお世話になっています。原田さんにこんな素敵な奥さまがいらしたなんて知りませんでした。」

「いやぁ…ハハハ。」

 原田が中へ上がるよう促す。こざっぱりした小さい家だ。

「ゆっくりしていってくださいね。」

「ありがとうございます。」

「たまには女同士で話したいこともあるんじゃないかと思ってな。男として生活するのも大変だったろう。」

 原田の言葉を聞いて、まさは運んできた湯飲みを落としそうになる。

 その後、3人で食事をした後、原田は奥に下がり、真純とまさの会話がはずむ。途中、原田のいびきが聞こえてきて二人は笑った。

「それにしても、本当に驚いたわ。女の真純さんが新撰組の隊士だなんて。でも、真純さんは本当に勇気があるのね。」

「いや・・・それほどでも・・・。」

「真純さんは、新撰組に思い人がいるの?だから、新撰組に入ったのでしょう?」

「いえ、他にいくところがなくて新撰組のお世話になってるんです。でも、実は今、縁談があって。」

 真純は原直鉄との縁談の話を聞かせた。

「会津公の側役の方がお相手なら安心ね。守るべき家や子供があって、安穏とした生活を送るのが女の幸せよ。新撰組は不逞浪士を捕縛したり戦に出たりして、左之助さんとそんな生活を送るどころではないもの。」

「まささん・・・原田さんのことが好きなんですね。」

 まさは照れながらゆっくりとうなずく。

「だから真純さんがうらやましいわ。左之助さんのそばにいられて。でも、真純さんは、相手の方が会津公の側役の方ですもの、縁談はありがたくお受けするべきよ。」

 京都守護職・松平容保公の側役と結婚するというのは、玉の輿なのだ。


 門限に近くなり、原田が真純を屯所まで送る。原田は酒を飲んでご機嫌な様子だ。

「お二人ともお似合いのご夫婦ですね。」

「まだ祝言を挙げたわけじゃないがな。」

 隊士のほとんどは芸妓と付き合っているが、原田は意外にも町の娘と付き合っている。真純にはそんな原田に男っぽさを感じた。

「原田さんの近くにいられてうらやましいって、まささんに言われちゃいました。」

「そうか・・・。あいつに心配かけっぱなしだからな。」

 原田もそれなりに気にしている様子なのがわかる。

「だから、あんまり島原に通ってばかりいると、まささんに言いつけますよ!」

「いや、島原も隊務の一環なんだぞ!」

 冗談を言い合って大声で笑う二人を、通行人がちらっと見る。

「原田さん、今日はありがとうございました。」

「少しは元気出たか?あんたが思いっきりはしゃいでるのを始めてみたなぁ。鬼副長と鬼組長のそばにいたら笑うことなんてできねえか。ハハハ。」

 二人の怖い表情を思い出し真純は苦笑いする。

「俺には、お前がどこから来て、どうして女の身で隊士やってんのか、どうでもいい。こうして同じ組の一員になったんだから、ともにやっていければいいと思ってる。だが、命は大事にしろよ。」

 原田とまさ、そして土方の優しさが身にしみる夜だった。

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