第10話 切腹

「今日が最後の稽古。」

 そう言い聞かせながら、真純は木刀を振る。稽古の後、真純は屯所を抜け出すつもりだった。新撰組の名前だけは知っていたが、まさかこんな人斬りで有名だったとは。それに人を斬るために剣術の稽古なんてしたくはない。

「では、俺にかかってこい。綾部、まずはお前だ。」

 真純は木刀を強く握り斎藤を見据え、打ち込んでいく。しかし、斎藤は木刀を巧みに操り、真純はあっけなく木刀を落としてしまう。

「余計なことを考えるな。」

 真純は黙ってうなずき、場所を次の隊士に譲る。斎藤に自分の企てを見透かされてはならない。斎藤の重い木刀を受けた手がしびれている。

 稽古が終わり、皆それぞれ屯所に帰っていく。真純は一人残って壬生寺の境内を見まわす。

ふと永倉が境内の隅の方から現れた。

「今日も居残り練習か、新撰組一剣術が下手な仮同志!」

 永倉も真純に気づき、明るく声をかけてきた。

「珍しいですね、永倉さんこそ朝早くに壬生寺にいるなんて。」

「まぁ、朝まで飲んでたんだが、ついでにな。」

 永倉が顎で示した方には、芹沢鴨の墓がある。

「長州の間者に殺られるような器じゃねぇよ、芹沢さんは。」

(永倉さんは、刺客が誰だか知っている?)

「まぁ、どっちみあの人の乱暴狼藉は、こうなる運命だったろうけどよ。俺は同門ってこともあるが、芹沢さんのことは尊敬している部分もあったんだ。酒癖の悪いところ以外はな。」

「それを永倉さんが言うんですか?」

 しんみりしていた空気が少し明るくなった。永倉も芹沢や斎藤と同じくらい酒飲みである。永倉の剣術は芹沢と同じ神道無念流だ。永倉は芹沢の死に納得がいかないようだった。


 真純は朝餉を急いで済ませ、取るものもとりあえず坊城通りを足早に通り過ぎる。出てきたはいいが、行くあてなどない。

(どこか住み込みで働かせてくれるところを探さないとなぁ。)

「新撰組の綾部はん?」

 声をかけてきたのは土方の馴染みの花君太夫だった。きれいな顔立ちに見つめられて、照れくさい。

「こんなところで何してはるの?」

 まさか就職活動とはいえない。新撰組の元隊士が脱走して島原で下働きしてるなんて土方さんの耳に入ったら・・・。それに島原には隊士たちが出入りしている。

「いえ、何でもありません!さ、さようなら!!」

 真純は逃げるように走っていった。ちょっとでも、芸妓になろうと考えた自分が恥ずかしくなった。

(あぁ、私にできることなんて何もないんだなぁ。)

 とぼとぼ鴨川を渡り、祇園の近くまで歩いてきた。参拝客や旅人でにぎわっているこの辺りで、真純は宿屋や茶屋、米屋など一軒一軒あたってみた。しかし、店主は侍の格好をした真純を不審に思い、追い返される一方である。

 疲れ果てた真純は重い腰を上げて「大文字屋」という呉服店の扉を開けると、図体の大きい浪士がしかめっ面でちょうど出てくるところだった。ぶつかりそうだったので、

「すみません。」

 と真純が咄嗟に言ったが、男は懐に手をやり無視して去っていった。真純は奥に入っていこうとする店主を呼び止めたが、

「うちにはお貸しできるものはありまへん。おかえりください。」

「え?貸すって?」

「たった今、壬生浪が押借りに来はったんどす。」

「壬生浪?・・・今は新撰組って名前ができたんですよ。いえ、そんなことより今出て行った人は新撰組の人じゃないですよ!探して捕まえてきます!!」

 まだそれほど遠くには行ってないはずだ。真純は男が歩いて行った方角に歩を進め、一軒一軒中を見ていくが、さっきの浪士は見当たらない。

 路地裏に入ってしばらく進むと、押し借りをした男が周囲をきょろきょろしながら金子を数えていた。

「そこの泥棒、金を返せ。あんたは新撰組でも壬生浪でもないくせに。」

 真純は低音で言い、刀を抜いて男に向ける。

「貴様ぁ!!」

 相手も容赦なく刀を抜き、真純にせまってくる。後ずさりする真純はしりもちをつく。刀を振り上げた男の動きが止まる。斎藤が先に男の背に刀を突き立ていた。

「先にお前が死ぬことになる。」

 そう耳元で言われた男は観念し、斎藤は持っていた縄で男の手を結わく。

「斎藤さん、どうして?」

(もしかして、尾行してきたの?)

 斎藤は男の懐から盗んだ金を抜き取り、身柄とともに呉服店の主人に預けた。奉行所に連れて行くよう指示していた。

「帰るぞ。」

 しかし真純は動こうとしない。

「脱走するつもりだったのか。そんな荷物を抱えて。」

 大文字屋の主人が真純の風呂敷を持ってきて渡してくれた。

「私は、切腹でしょうか。」

「さぁな。俺があんたの介錯をしてやってもいいがな。」

 真純も観念して、斎藤に続いた。


 屯所に帰って真純は土方の部屋に呼ばれた。

「ようやく手柄を立てたか。」

 土方に初めて褒められた気がするが、真純は素直に喜べない。

「押し借りに出くわしたのは偶然です。斎藤さんがいなければ犯人は捕まえられませんでした。」

「まぁ、そうだろう。お前はここに呼ばれた理由が分かっているんだろうな。局を脱した者は切腹だ。」

「・・・はい。」

「正直に答えろ。どうして脱走した。」

「・・・むやみやたらと人を斬ってる新撰組が嫌になったんです。」

「なんだと?」

 真純は土方の目を見据え、きっぱりと言い放った。土方は初めて、真純の中に力強さを見た。

「そこまで言うならやめるがいい。だが、なぜ脱走したお前は、壬生浪士を騙って金策したやつを捕まえた。」

 土方の言うとおりだ。隊士たちは一生懸命に剣の腕を磨き、巡察を行い、新撰組という名を拝命し世の中の役に立とうとしている。そんな彼らを見てきたから、新撰組の評判を落とそうとするやつが許せなかったのだ。

「どうせ他に行くところなどないんだろうが。それならこれまでの飯代くらいの働きをしてから出て行きやがれ。」

 痛いところを突いてくる。

「切腹はー」

「・・・お前の首なんざ介錯する価値もない。」

 切腹は免れたが、土方はグサッと来る言い方をする。真純は手を付いて頭を下げた。

「綾部、御倉、荒木田、楠木は長州の間者だ。同じ釜の飯を食った間柄でも、若造でも生かしておくわけには行かない。新撰組を守るためにだ。」

 真純は黙ってうなずく。副長として当然のことを言っているのはわかる。

「でも、お梅さんは関係ないです。」

「梅は・・・逃げようとした痕跡がなかった。芹沢と一緒に葬ってやったんだ、間者が。」

 梅は最期まで芹沢と一緒にいたいと言っていた。それでよかったのだろうか。

 真純は一礼して土方の部屋を出た。

(あいつは一体何者だ。家出人でも間者でもなく、隊士の女や親戚家族でもない。) 

 しかし、真純の正体と目的は、思いも寄らぬ出来事で明らかになる。

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