第11話 永観堂

真純が屯所で暮らすようになってから3ヶ月が過ぎ、気がつけば季節は秋に変わっていた。

屯所で死人が出たことなど嘘のように、日々過ぎていく。

この頃から、新撰組は京都守護職から給料がもらえるようになり、隊士達は羽振りがよくなっていた。芹沢鴨が亡くなり唯一の局長となった近藤は新撰組を掌握し、ますます隊を大きくし名を上げていこうと考えていた。

 そんな政治的なことにはまったく興味がない沖田総司は、壬生寺で子供達が遊ぶ姿を眺めている。子供達に一緒に遊ぼうとせがまれても、浮かない顔をして首を横に振っている。

「沖田さん、近藤さんがお呼びですよ。」

 真純が屯所から沖田を呼びに来た。

「あぁ。ありがとう。」

 沖田はゆっくりと壬生寺の門を出て行く。

「そーじ、最近元気ないんだよなー。つまんないよ。」

「おなかこわしたんじゃない。」

「それなら寝てなきゃ。」

 子供達が沖田の様子を好き勝手にしゃべっている。

「沖田さん…もしかして、病気に?!」

 幕末史に詳しくない真純でも、現代で沖田が病に倒れる美青年剣士で通っていることは知っていた。病の発見が早ければ、早く治療できて歴史が変わるかもしれない。

 次の日、真純は食事を終えた沖田を捕まえて具合を尋ねる。

「頭が痛いとか、吐き気がするとか、ふらふらしたりしませんか。」

「いや。どこも悪くないよ。」

 真純は沖田がやせ我慢しているか、自覚症状がないのではと思った。

「あの、ちょっと失礼します。」

 真純は沖田の額に触れる。

「熱はないですね。でも、念のためお医者さんに―」

「君、さっきから一体何?僕は副長助勤だよ。仮同志の君にとやかく言われる筋合いはないよ。」

「はい…すみません。」

 これから重い病気になると言っても、信じてくれるわけがない。しかし、まだ発病していないなら、何か手立てはないかと真純は考え込む。

「まぁ、役立たずの綾部くんでもいいか…。実は僕、悩んでいることがあって。」

 沖田は台所へと場所を変えて話し始める。市中見回りの時、不逞浪士に絡まれている娘を助けたことがきっかけで、その娘と時々会うようになった。そのことが近藤の耳に入り、相手が町医者の娘では釣り合わない、武士ならば武家の娘と所帯を持つように言われてしまったのだという。沖田のこの先の出来事を考えれば、医者の娘の方が好都合だと真純は思うが、本来武士は武士の娘と結婚するものらしい。武士として出世した時に、妻が武家の出でないと出世の妨げにもなるのだとか。

「僕はそんなこと、どうでもいいけどね。でも、近藤さんの期待には応えたい。」

「近藤さんだって、何とか太夫っていう芸妓さんと楽しくやっているじゃないですか。」

「けど、つねさんは武士の娘だよ。」

 つねと言うのは、江戸に残してきた近藤の妻だ。

 沖田はもう自分の中で答えを出しているのかもしれない。だが…。

「沖田さん、紅葉狩りに行きませんか。」


 真純は、紅葉で有名な永観堂に沖田を連れてきた。この時代の紅葉も実に見事である。

「紅葉の時期に来てみたかったんです!」

 真純は沖田のことをすっかり忘れ、唐門、釈迦堂、阿弥陀堂と赤く染まる境内の散策を満喫している。

「庭園だけでなく、阿弥陀みかえり像も一見の価値がありますよ。」

「この放生池と橋の白さと紅葉が対照的できれい…。『永』遠に『観』ていたいお寺です。」

 沖田は紅葉を眺めるより、真純にあきれている。

「綾部君、僕を護衛に使うために連れてきたの。長州藩邸のそばを堂々と通ろうとするし。」

「そんなつもりはなかったんですけど…確かに新撰組の沖田さんと三条を歩くなんて、爆弾抱えてるようなものでした。」

「でも、君は京の地理にはものすごく詳しいんだね。この寺のこともよく知ってる。君には、紅葉が美しいのかい。僕には血の海を思い出させるよ。」

「そうですか…。」

「あ、でも、君と眺めている紅葉はきれいだな。」

 真純の曇った表情が少し明るくなる。

「沖田さん、お団子食べましょうよ。」

「…そうだね、何か食べてたら嫌なことも忘れられそうだ。」

 沖田総司と言う人はつかみどころのない人だと思う。剣の腕はめっぽう強いのに、無邪気で恋に悩む青年でもある。

 二人は境内にある茶店の縁台に腰を下ろす。真純は、いただきますと言うや否やだんごにかぶりつく。

「君、おいしそうに食べるねぇ。」

「実は、ずっとお腹がすいてたんです。」

「聞こえたよ、さっきお腹が鳴ってたでしょ。」

 真純は肩身が狭くなり、だんごを皿に乗せる。隣にいる沖田はだんごをゆっくり口に運びながら、景色を眺めている。

「『出会いは人生を豊かにし、別れは人生を深くする』」

「何、それ。」

「どこかのお寺で聞いたご法主さんの言葉なんですが―」

「僕を慰めてるつもり?」

「すみません、仮同志の身で…。」

「そうだよ、仮同志の君に慰められるなんて、僕も落ちぶれたもんだなぁ。」

 沖田はお茶を飲み干し、立ち上がって先に行こうとする。

「…でも、ありがとう。」

 祇園界隈まで戻ってくると、人通りの中で沖田が急に立ち止まる。沖田の視線の先には、あどけなさが残るかわいらしい娘が立っていた。娘は沖田に駆け寄ってくる。

「沖田さん、あれから私―」

「悪いけど、僕の本命はこっちだから。」

 そう言って真純の肩に腕を回して引き寄せる。

「ど、どうして…。」

 娘は顔を覆って沖田の横を足早に去っていく。

「沖田さん、そんな言い方しなくたって―」

 真純は沖田の腕からすり抜ける。

「いいんだよ。『悲恋』なんて言われたくないし。」

「でも…」

 しかし、沖田の本心が別のところにあるのは重々分かっている。真純は思わずその娘を追いかけた。

「待ってください!!」

真純は娘の前に立ちはだかる。泣き顔の娘が一言、

「沖田さんが男色だなんて!!―」


「アハハハハ…そいつは驚いただろうね。」

 沖田は笑いがとまらない。

「沖田さんは、男好きだって思われたんですよ。」

「別にかまわないよ。恋を忘れるには恋をするのが一番、でしょ。」

「えぇ、まぁ・・・えぇ??。」

 真純は斜め前を歩く沖田の顔を覗き込む。沖田は、悩みなどなかったように笑みを浮かべていた。

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