第9話 土方のシナリオ
御倉伊勢武と荒木田左馬之介が、平隊士の中村金吾と永倉とともに外出した。門の前まで、彼らを見送る楠に真純が突然話しかけた。
「なんだか珍しい顔ぶれですね。」
「・・・そ、そうですか?会合に出た後、呑みに行くらしいですよ。」
真純と同期に入隊した御倉や荒木田たちは、国事探偵方という任務が与えられ、他の隊士とは別行動をしていた。楠は真純に顔を向けようとせず、屯所に入っていこうとする。
「楠さん、今度呑みに行く時はご一緒してもいいですか。最近、お酒の味を覚えたので。」
「・・・えぇ、ぜひ。」
楠は無理やり笑みを浮かべた。
結局永倉たち4人が屯所に帰ってきたのは翌朝だった。賄いの係である真純が御倉と荒木田に話しかける。
「おはようございます。あ、朝餉は召し上がりますか。」
「そうだな、頼む。」
隊士たちの食事が終わり台所の片づけをしていると、御倉と荒木田が膳を運んできた。入隊当初は文句を言っていたのに変わるものだ。
「おぅ綾部、急いで髪結いを呼んできてくれて。」
永倉が現れて小声で伝える。
「髪結いを?」
「最期に小ざっぱりさせてやるのさ。」
近所にある髪結いが月に2,3回屯所にやってきて、隊士達の髪を整えてくれていた。真純も月代にするよう勧められ逃げたことがあった。
髪結いの二人がやってきて前川邸の縁側に御倉と荒木田を座らせ、丁寧に剃髪しているのを見届けていると突然、沖田、斎藤、永倉、林信太郎という隊士が物音を立てずに踏み込んでくる。沖田が口に指を当てて、目と顎で「あっちに行って」と合図を送ってきた。斎藤と林がそれぞれ御倉と荒木田の背後に立ち、鞘を払う。
真純は何が起ころうとしているのはさっぱりわからず、蔵の前で縁側の様子をうかがっていると、
「ひぇぇぇ!!」
髪結い達の叫び声がし、かすかに御倉と荒木田のうめき声が聞こえた。
「越後と松井がが窓から逃げたぞ!」
永倉の声がして沖田達は脱走者を追っていった。真純が呆然と立ち尽くしていると、邸から楠が駆け出してきた。
「楠さん、どうしたんですか。」
「綾部さん…一緒に新撰組を抜けませんか。私は幕府ではなく、朝廷を中心とした強固な日本国家を作っていくべきだと思う。新撰組にいたら、ずっと幕府…会津藩の預かりのままだ。その幕府は腐ってる。」
「楠さんの言うとおり、幕府は滅びる…かもしれない。新しい時代が来るのは確かです。でも、私は新撰組をやめる気はありません。」
「どうして?」
「それはその・・・新撰組は歴史に名を残す活躍をするんです。それをこの目で見届けたいんです。」
突然楠は笑い出す。
「綾部さん、本気でそんなこと言ってるんですか。綾部さんはもっと、先見の明があると思っていました。」
楠はゆっくり後ずさりし、門を出て脱走した。
「楠さん!」
真純が追いかけようとする横を、槍を持った原田が走り抜ける。
「俺に任せろ!」
逃げていく楠の背中に原田が槍を投げつけ、楠はよろよろと歩く。槍が貫通し、やがて楠は倒れ息絶えた。真純は原田のもとに駆けつけ、目の前の死体に言葉を失う。
「お前、楠とは親しかったのか。」
「いろいろお世話になってました。」
「そうか…。」
原田もこの十代の若者を捕まえたことに満足しているわけではなかった。
真純は、浪士組に入りたての頃、この時代の料理の仕方を教えてくれたり、日本の将来のことを熱く語っていた楠の顔が思い出されると涙がこみ上げてきた。
「脱走を図ったんだ、どっちみち切腹は免れん。それにこいつは、御倉や荒木田と同じ長州の間者だった。」
倒幕思想を持っていた楠だが、この若者を思想の違いだけで易々と殺していいものか。真純は悲しみと怒りがこみ上げ、泣き顔を見られないよう、その場を立ち去った。
結局、長州の間者として潜入していた御倉伊勢武、荒木田左馬之亮、楠小十郎は殺害され、越後三郎、松井竜三郎の二人は逃走した。
自分を助けてくれた人たちがなぜ死ななければならなかったのか、真純には納得がいかない。新撰組は正義の味方だという思い込みが揺らいでいた。梅と楠のことを思うと、鼻の奥がつんとしてくる。
前川邸の門を掃いていると、外に出て行く平隊士達が通りがかった。
「芹沢さんを殺ったのが、長州の刺客って噂は本当だったな。」
「あぁ、まさかあの楠も長州の間者だったとはなぁ。」
その話を聞いて真純は、はっとする。
(芹沢さん達を殺害したのは新撰組のはず。でも、みんな長州の間者の仕業だって言ってる。これって土方さんの考えたシナリオ・・・?)
真純は土方の巧妙な策略に、自分もはまっているような気がして恐ろしくなった。
「私も殺されるかもしれない。」
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