第30話 酒宴 其の二

次の日の昼ごろ。気がつくと真純は角屋の一室の布団で寝ていた。我に返り部屋を見渡すと隣に布団が畳んであった。

「まさか斎藤さんが?」

 少しすると斎藤が部屋に入ってくる。

「おはようございます。すみません、昨夜は…。」

「大きないびきをかいていたぞ。」

 真純は顔から火が出そうになり、自分の着物が乱れてないか目をやる。

「言ったはずだ、女子に興味などないと。それより伊東さんが呼んでいる。顔を洗ってささっと来い。」

 斎藤はあれだけ酒を飲んだのに、朝の鍛錬をこなしてきた出で立ちだ。真純は、井戸を借り顔を洗って酔いを醒ます。昨夜、結局酒に呑まれた自分が不覚だった。

 伊東がいる部屋に行くとすでに永倉と斎藤も来ており、3人で話し込んでいる。3人とも昨夜は大酒をくらったはずなのに、いつもと変わらない。

「綾部君、昨夜は先に寝てしまい失礼しました。今晩、呑みなおしましょう。」

 それから伊東は今後の新撰組のこと、近藤や土方のやり方に反論し、尊皇攘夷について説いている。斎藤は黙って聞いてたが、永倉は罪状書を会津藩に提出して以来、近藤のことをよく思っていないようで、伊東の弁舌に同調している。

「伊東さんよ、あんたの言うのも一理ある。それはよく分かったから、今晩呑みなおす前に休ませてくれ。頭がいてぇ。」

「そうですね。綾部君もこちら側の人間のようですし、勘のいい斎藤君は言わずとも分かっているでしょうから。」

 真純が反論しようとするのを斎藤が抑える。

「では、後ほど。」

 伊東は機嫌よく部屋を出て行く。

「永倉さん、斎藤さん、屯所に帰らなくていいんですか。」

「いや、まだ帰るわけにはいかん。」

 しかし、真純は土方のことが気になる。伊東から飲みに誘われたことは伝えたが、連夜で飲みに行くとは言ってない。

「何かあれば伊東が引き受けるって言ってるんだ、気にすることはねぇよ。なぁ、斎藤。」

 永倉は近藤や土方に対する罪悪感はない。

「伊東の動向を探りそれなりの情報を持っていけば、近藤さんや土方さんも文句は言うまい。」

 斎藤はまじめな顔をしてもっともなことを言う。

(二人とも本当はお酒が飲みたいだけなんでしょう?)


 夕方、今日も伊東一派が加わって宴会が始まる。芸妓の舞も行われ、隊士達は大いに盛り上がる。真純は隣に座っている三樹三郎に話しかける。この三樹三郎は、伊東の実弟である。

「三樹さん、近藤さんや土方さんは何か言ってましたか。」

「何かとは?」

「私たちが帰ってこないことを。」

「いえ、特に何も聞いていません。副長たちも初詣に行ったりと楽しくやっていますよ。」

 それを聞いて真純は安心し、飲み始めた。

 伊東一派が盛り上がる中、わざわざ伊東が真純の横に来て、耳元にささやく。

「綾部君、あなたも一緒に来ませんか?」

「え?どこへですか。」

「新撰組を抜けて新しい組織を作ろうと考えています。綾部君だって、こんなむさくるしいところにずっといるのなんて、耐えられないでしょう。」

「でも、脱走すれば切腹ですよ。」

「それなりの理由があれば、罪にはなりません。綾部くん、私は何でも腹を詰めさせるやり方には賛成できません。戦をせず、この国が一つになって異国と対峙するべきと思うのです。」

「それに関しては確かに、伊東さんの言うとおりだと思います。」

 真純が徳利に酒を注ぎ足すが空っぽだった。

「お酒をもらってきます。」

 真純はいそいそと席をはずす。このまま部屋に戻る気にもなれず、女中に酒を注文して真純は冷たい空気に当たりに外に出る。吐く息は白く、すぐに肌寒くなる。

 真純はもう何日も屯所に帰っていない気がした。現代の、自分の家や職場よりも屯所のことを思い出す自分に思わず笑ってしまう。

(伊東さんは、先見の明があるし、考え方も間違ってはいない。英語も話せて、歌も嗜んでいるし、剣術の腕前もある。伊東さんが明治まで生きてたら日本は…でも、伊東さんの名前は聞いたこともない。伊東さんはその前に亡くなるってこと?まさか新撰組が?)

 真純は胸騒ぎがして部屋に戻ると、芸妓たちはおらず伊東と永倉が雑魚寝していた。斎藤だけが壁によりかかり、片膝を立て涼しげな顔で酒を飲んでいた。伊東が心地いい寝息を立てている様子にひとまず安心した。

「どうした。」

「伊東さん、呑みなおしましょうって言ってたのにもう寝ちゃいましたね。」

「伊東にたくさん酒を勧めるよう、芸妓に頼んでおいた。」

「さすが斎藤さん!」

 真純は満面の笑みを浮かべる。

「そんなに嬉しいか。」

「伊東さんは、ちょっと苦手です。頭がよくて、まぁかっこいいし、考え方も間違っていないと思うんですけど。」

「あういうのが好みか。」

「いえ、世間からみればですよ!そんなこといったら、土方さんや沖田さん、原田さん、藤堂さんだって。」

「そうか。」

 真純は思い出したかのように、

「…あ、斎藤さんだって―」

「自分のことくらい、わかっている。」

「わ、私は…斎藤さんも素敵だと思ってます…あ、私なんか人のこと言える容姿じゃないんですけど。」

「いや、あんたは別に悪くはない。」

 斎藤がさらっと言いのける。真純は照れくさくなり、

「斎藤さん、今日はお酒がおいしいですね!」

 真純の前には、徳利の量が増えていった。酒の勢いで話しかけてくる真純に、斎藤は悪い心地もせず、徳利を口に運んだ。


 伊東と永倉と斎藤と真純が飲み明かした三日目、怒り心頭の近藤と土方の命を受けた隊士が3人を迎えきて、やっと屯所に戻った。玄関で土方が鬼の形相で待ち受けていた。

「お前ら、酒くせーぞ!!伊東と飲みに行く許可はしたが、連泊していいとは言ってねぇぞ。」

「申し訳ありません。」

 真純と斎藤は侘びをするが永倉はお構いなしだ。

「参謀が引き受けるって言ってるんだから、それに従っただけだぜ、土方さんよ。」

「いいか、今回は特別、謹慎処分のみとする。他の隊士に示しがつかねぇからな。新八は近藤さんの部屋、斎藤は俺の部屋でだ、いいな。」

 永倉と斎藤は中へ入っていくが、土方は真純に残るように言う。

「お前も自分の部屋で謹慎だ。どいつこいつも伊東の酒にだまされやがって。」

「確かにお酒はおいしかったです。」

「お前は曲りなりも俺の小姓だぞ。…それで、伊東の様子はどうだった。」

 真純は、伊東から知り得たことを土方に聞かせた。

「伊東はあんたを気に入ってるからな。」

「…土方さん、伊東さんはもしかしたら殺されてしまうかもしれません。」

「それをやるのは俺たちかもしれねえな。」

 二人の間に重い空気が流れた。

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