第13話 男色

文久4年(1864年)、新年早々将軍の徳川家茂が上洛し、新撰組は大坂城に入る将軍の警護にあたる。日野蓮光寺村(現在の多摩市)名主・富沢忠右衛門が将軍に随従して上洛し、新撰組の屯所を訪れた。古くからの友人であった近藤や土方らは富沢を歓迎し、幾度となく宴会が催された。

「綾部くん、ちょっと頼みがあるんだけど。」

真純が剣術の自主練習をしているところに沖田がやってくる。

「富沢さんを京のどこかに案内してくれない。清水寺とか鹿苑寺(金閣寺)はもう行ったらしくてさ、君ならいいところ知ってるだろうと思って。」

「はい、任せてください!」

 日が暮れようとしている頃、現代で桜の名所の1つと言われている平野神社に、富沢を連れて行くことにしたが、沖田以外にも井上源三郎と藤堂平助も同行した。井上源三郎は温厚な年輩の隊士で、近藤や土方からも信頼が厚い。日野の出身で富沢とは顔なじみであった。

「夜桜かい?…綾部君はなかなか風流だね。」

 井上は感心している。

「新撰組にこんな美青年がいるとはなぁ。君、馴染みの隊士はいるのかね。」

 富沢は片手に持つ行燈を真純に向ける。

「いやだなぁ、富沢さん。芸妓じゃないんですから。」

 沖田がからかう。真純はあわてて、

「い、いませんよ。新撰組でそんな、男同士で…。」

「それはわからんぞ、綾部君。男色は法度で禁じてるわけじゃないしね。」

 井上が優しくいう。

「男色…。」

「島原にも行けない貧乏な隊士は、この男所帯で探すしかねーってわけか。」

 藤堂が冗談を言っているうちに一行は平野神社に到着した。平野神社の桜は昼も夜も圧巻で、しばし彼らもその美しさに心を奪われていた。灯篭の明かりが見事に夜桜を映し出している。

「『花は桜木、人は武士』とは言ったものだなぁ。」

「源さん、それって、花では桜が一番きれいで、人の中では武士がいちばん優れてるってことでしょ。」

 藤堂が言う。

「もっとも美しい桜が、ぱっと咲いてぱっと散るように、死に際が潔くて美しい武士が最もすぐれているという意味でもあるんだよ。」

 井上が穏やかな口調で解説する。

「僕は別に咲かなくていいから、ぱっと散りたいなぁ。」

「沖田さん…。」

「総司はいつもあぁだから、気にすることないって。」

 藤堂が真純をなぐさめる。明るい藤堂が音頭を取って、 夜桜の下で宴会を催す。

 富沢を宿に送って一行が屯所に戻ると、八木邸の縁側で土方と近藤が話し込んでいた。

「夜桜はどうだったかね。」

近藤が井上たちに声をかける。

「とてもきれいだったよ。富沢さんも満足していたし、勇さんとトシさんも来ればよかったのに。」

 ほろ酔いの井上がうれしそうに語る。

「お前もご苦労だったな。」

土方が、3人の後ろに隠れている真純に言う。真純は、夜中に縁側にいる近藤と土方の姿に、「男色」を想像してしまう。

(いや・・・まさかね。でも、近藤さんと土方さんには、言葉にできない信頼関係というか絆がある気がするなぁ。)


 ある時、真純が使いに出た帰りに壬生寺の前を通ると、珍しい光景が目に飛び込んできた。斎藤と沖田が試合をしていたのだ。二人とも動きの1つ1つが俊敏だが華麗で、試合というより演舞そのもので、まるで映画のシーンのようだ。仲間だけど本気でぶつかって勝負をしている二人がうらやましくさえ思える。

「きれい・・・。」

 思わずつぶやいていた。この二人が男色であっても、違和感がない気がした。

「何がきれいなんだい?」

 振り返ると、幹部の一人、武田観柳斎が立っていた。新撰組の「軍事方」の地位にあり、博学で近藤に重宝されていたが、他の幹部や平隊士からは嫌われていた。近藤の側近という立場で隊士達にはおごり高ぶっている一方、近藤には媚びへつらっているのだ。

「沖田さんと斎藤さんの試合なんてお金払ってもなかなか見られないですよ。」

「ハハハ…それはいい過ぎだな。」

 真純は試合を見守っているが、武田は一向に帰っていかない。

「だが、あういう契りの交わし方もあるんだな。」

 刀を交えている斎藤と沖田を見つめながら言う。

(武田さんが言うと、美しい場面が台無しよ・・・。)

「そういえば、君は京の寺に詳しいらしいが、僕もいいところを知っているよ。」

「いいところって…」

「君も気に入ると思うよ。今度案内してあげるよ。」

 耳元でささやいて武田は行ってしまった。


 数日後、真純は武田に連れられて祇園方面に向かって歩いていた。

「本当はこれから巡察があったんですけど…。」

「大丈夫。道案内に君を借りるって、斎藤君には言ってある。でも、剣はからきし駄目な君がよく斎藤君の組にいるものだ。。」

 確かに言われてみればそうだ。沖田や永倉、斎藤の組には真っ先に駆り出されたり、どんな敵にも対応できるよう剣客がそろっている。

「足手まといになってる拙者の分を補えるのは斎藤さんだけかもしれません。」

「そうかもなぁ。まぁ、斎藤君のやり方は君をいじめてるようにしか見えんがな。それより綾部君、君は男として僕をどう思う?」

「どうって、いきなりどうしたんですか?」

「いいから。」

 しばらく考え込んでから、

「か、観柳斎という名前がとても素敵だと思います。」

 武田はその名にふさわしく、細くて背が高く威厳のある風情をしている。

「そのようなことを言われたのは初めてだ…。ほ、他には?」

 武田が横から真純の顔を覗き込むが、真純は早歩きして避ける。

「ところで、武田さんのいいところというのは、どこのお寺ですか?」

「ん…行ってからのお楽しみ。」

 鴨川に架かる橋を渡り、川沿いを歩く。前に斎藤と来た建仁寺にほど近い。

「ちょっとここで一服していこう」

 外観は一見普通の茶店だが、中には数えるほどの椅子とテーブルしかない。人の出入りもないし、店の奥は暗い。武田が店員と話し、階段を上がっていくよう促す。

 障子を開け、部屋に入ると湿気のにおいがした。何もない。真純は異様な感じがして、窓を開けようとするが背後から武田の手がそれを止めた。

「今は日の光を浴びたくない。」

 武田は、そのまま真純を抱きしめる。真純は体が硬直し言葉が出ない。

「ここがいいところさ。」

「いや、それは…。武田さんのような人なら拙者ではなく…。」

「僕は君がいいんだ。なんなら、僕が君に稽古をつけてあげようか。」

 真純は武田の体を押しやって外に出ようとするが、武田に腕を引っ張られ体勢を崩す。

「声を出したってかまわないよ。ここはそういうところだ。」

「え??」

「俗に言う陰間茶屋だよ。」

 陰間茶屋とは客に男色を売っている茶店のことである。武田は真純を壁に押し付け、身動きをとらせない。

「綾部君は、なんとなく独特なんだよね。うまくいえないんだけど。」

 武田の顔が近づいてくると咄嗟に真純は顔を背ける。しかし、武田はそんなのお構いない。

その時、階下から「御用改めである」との声がし、ガタガタ足音が響いてくる。しかし武田は落ち着いていた。部屋の障子が空いても見向きもせず、真純はそこに立っている姿に目を見張る。

「斎藤さん…。」

 その名前に武田が振り向く。

「斎藤君がなぜここに。」

「この家に長州浪士がいるとの情報があった。」

「ふ~ん、あいにく長州浪士なんかいないから、さぁ帰った帰った。」

 斎藤は真純の顔を見る。

「あんたたち二人が何しようが俺には関係ない。互いに同意の上ならな。」

 武田は真純を押さえつけていた手を離す。

「邪魔が入って気がそがれた。綾部君、楽しみは次に取っておこう。それじゃぁ。」

 武田が部屋を出て行くと、沈黙が走る。

「ありがとうございました。」

「礼を言われる筋合いはない。任務を遂行したまでだ。」

 斎藤は黙って階段を下りていってしまった。

(不覚にも気がつかなった…。武田さんの誘い、そして斎藤さん…!斎藤さんには女だと気づかれてるかもしれない。そろそろ本当のことを話して怪やし者じゃないって分かってほしい・・・。)

 真純の意思にかかわらず、その時期はあっけなく訪れる。

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