第51話 誠の義

 土方と真純は米沢に到達したが、予想通り米沢藩は新政府軍へ恭順しており、領内を通ることはできなかった。米沢藩士、庄内藩士に交渉を重ねるが認められなかった。

「ちくしょう!」

 土方は、そばにある岩を思いっきり蹴飛ばした。すぐにでも会津へ援軍を送り、自分たちも会津に戻りたい心境なのだ。

 米沢で土方は、松本良順や前桑名藩主で容保の兄でもある松平定敬と面会し軍議を行った。旧幕海軍を指揮していた榎本武揚が仙台に向かっており、会津にいる大鳥には仙台で落ち合うよう伝令を送り、一同仙台に集結する手はずとなった。しかし、会津には新政府軍の攻撃が迫ってきている。援軍なしに旧幕軍諸や新撰組がもちこたえるかどうか。

(やっぱり、仙台に行くのか・・・。)

 真純が筆と紙を土方のところに持っていく。土方は手馴れた筆裁きで、手紙をしたためる。

真純も宿屋の女中に紙と筆を借り、斎藤に手紙を書いた。土方のような流れる字ではなく、小学校で習った楷書体で、仙台で待っていると――。

 真純はこっそり会津へ向かう使者に手紙を託した。


 土方一行は仙台に着いた後、榎本武揚と合流し仙台青葉城での奥州列藩同盟の軍議に出席した(慶応4年・1868年、9月3日)。ここで榎本より総督就任の推薦を受けるが、列藩の藩主たちと意見が合わず拒否した。

 一方、旧幕府軍と新撰組は仙台に向かっているとのことだった。

 真純は、小姓としての仕事の傍ら、宿泊先の「外人屋」の手伝いをしていた。部屋も他の女中と寝泊りした。土方ら幹部達のように一室もらうのは、はばかられた。

 ある時、土方のもとに来客があり真純が出迎えると、外国人が立っていた。

「ボンジュール!私の名前はジュール・ブリュネです。」

 いきなりフランス語で挨拶され、真純も咄嗟にボンジュールと返した。

「あなたはフランス語がわかるのですね。」

 ブリュネというのはフランスの陸軍士官で、もともと江戸幕府陸軍を支援していたのだが、榎本を支援するために旧幕府艦隊に加わったのだ。仙台に来てからも、兵士たちに軍事訓練を行っていた。

 同じ宿に止まっているブリュネは、土方の名前を聞き及んでおり尋ねてきたのだった。通訳を介し、情勢について話した後ブリュネは帰って行った。そのブリュネが挨拶がてら持ってきた西洋のカップとソーサーが座卓に並んでいる。

「土方さん、紅茶の味はどうでしたか?」

 真純が手際よく紅茶をいれ、皆驚いていた。

「何がどううまいのかさっぱりわからん。濃い日本茶の方がうまいな。・・・お前はフランスという国を知っているのか。皆、お前がフランス語を知っているのに驚いていた。」

「はい…フランスには旅行したことがあります。」

「なんだと?行ったことがあるのか!?お前の時代で異国に旅に出るのが普通なのか…。フランスっていうのはどういう国だ。」

「町並みがきれいで、ワイン…っていうお酒や料理がおいしくて…フランス人はフランス語が世界で一番美しいと思っている、と言うのは有名な話です。」

「あのフランス語が世界で一番美しいかぁ?日本語だって美しいと思うがな。」

「土方さんの発句集には美しい日本語がたくさん出てきますしね。」

「あの冊子の話はするな。それで、フランスは日本より進歩している国なのか。」

「今は…150年後は日本もフランスもほとんど同じ豊かさを味わっています。」

「海の向こうには負けられねぇ国がたくさんあるということか…。」

 その時、懐かしい声が飛び込んでくる。斎藤たちとともに会津に留まっていた島田魁だった。

土方は急いで島田を部屋に招き入れ、ねぎらった。

「斎藤はどうした。」

 土方は呆然とした表情で尋ねた。島田一人でここに来た時点で予想がついていた。

 島田の話によると、大鳥が「一度会津を脱出し、仙台で援軍とともに陣を立て直し会津で戦う」と言うのに対し、斎藤は「会津が落城寸前なのに、これを見捨てるのは誠の義ではない。自分はこの地で新撰組の名とともにここで死ぬ覚悟だ」と答えたのだという。

「そうか…あいつらしいな。」

 その話を土方の後ろで聞いていた真純は放心状態だった。

(斎藤さんは手紙を読んでくれなかったのかな。あるいは届かなかったか…。)

「あいつは一匹狼で、自分のことしか考えてないと思っていたが、他のやつのことばかりだな。」

「山口さんは…まず味方を先に逃がし、最後まで残って刀を振っていました。」

 土方と真純の表情が変わる。島田は声を振り絞るように話し始めた。

「山口さんは…討ち死にしたかと。」

「…なに?」

 土方は座卓を強く叩く。斎藤率いる新撰組と旧幕兵士は鶴ヶ城北西部にある高久村の如来堂に守備していた。別の場所に居た島田たちが応援に駆けつけたところ、新政府軍が攻撃を開始し、圧倒的な数の敵に囲まれた新撰組の守備隊は壊滅状態だったという。

「我々も逃げるのに必死で、仲間の亡骸を見つけることすらできませんでした。」

 島田は無念の表情をうかべる。

 試衛館以来の同士であり、新撰組の剣でもあり、土方の片腕でもあった斎藤がいないことは土方にとって大きな痛手だった。


 真純は、外人屋の庭で黙々と洗濯をする。

「行ってきます。」

 と、あたかもすぐ戻るように、真純は斎藤に言い残して行ったが会津には戻らなかった。あれが最後に斎藤と交わした言葉だ。

(斎藤さんは、会津を死に場所に決めていたのですか)

 その疑問が真純のなかに残ったままだった。

「斎藤さん・・・。」

 斎藤の刀に惹きつけられなぜかこの時代に来た。斎藤の剣の腕に憧れ、何度も助けられ、いつも斎藤の背中を追いかけていた。いつもそっけない斎藤だったが、新選組隊士としてどこか通じ合っている部分があったと思う。戦が終わったら、斎藤と酒を飲みたかった。

 真純は、たらいの中の手を大きく動かし、水音を立てながら泣いた。

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