第45話 悲劇

永倉と原田が屯所を去って数日後、土方が医学所を訪れ、新撰組は松本良順の紹介で五兵衛新田に向かうと告げる。沖田は身支度を始め自分も同行しようとするが、土方に止められる。

「総司、お前はここにいろ。回復したらいつでも戻って来い。真純、お前は総司についててやってくれ。」

 真純は黙ってうなずく。

「土方さん…今度こそ、彼女も連れて行ってあげてよ。真純ちゃんは小姓でしょ。」

「沖田さん、私はここにいます。」

「君と居ると笑いすぎちゃって、咳が止まらないんだよ。」

「でも―」

「これからは決死の戦いになる。真純、あんたはここに残ったほうがいい。」

 土方が真剣な顔で言う。

「土方さんは分かってないなぁ。真純ちゃんだって、好きな人のそばにいたいに決まってるじゃない。」

 土方はそうなのか、と言いたげだ。

「沖田さん!私は別にそんな―」

「親切の押し売りは結構だよ。君がいなくたって、どうってことないよ。」

 沖田が冷たい口調で言うと、その場に沈黙が走る。誰もが、沖田の厚意だということはわかった。

「真純ちゃんは、大坂にいた時も抜け出して伏見に行こうとしたし、今回また引き止めて恨まれるのはごめんだよ。」

 土方が考えあぐねた末、

「脱走者が多くて人手が足りないのは確かだ。非力なお前でも、いないよりはましかもしれん。」

 と言い、その場は収まった。


 門柱まで真純は土方を見送りに来る。土方の背中には疲労と落胆がにじみ出ている。

「総司のことは松本先生に頼んでいくから安心しろ。だが…隊士は半分以下になっちまったし、新八と原田が離隊しちまうし、総司は…。」

 土方は拳で門を強く叩く。

「土方さん、やられたらやり返す、ですよ。」

 ドラマの名ぜりふがあまりに似合ったので、真純はつい笑みを浮かべてしまう。

「お前は強気だな。開き直ってるのか。この先、俺たちは北に向かうことになるだろう。…しっかりついてこいよ。」

「はいっ」

 真純は沖田のことが心配だったが、背中を押されて沖田の言葉を受け入れた。


 それから、新撰組は五兵衛新田の金子邸に宿泊する。ここで隊士を募集し、隊士がいっきに200人以上に増え、真純は彼らの世話に奔走していた。しかしそれも束の間、新撰組は流山の宿所に移動する。ここで、新撰組は最大の悲劇を迎える。

 流山で新撰組は長岡屋という酒造屋や光明院、流山寺といった寺院に分かれて宿泊していた。

真純は新入りの兵士と共に、軍事訓練のため光明院へ来ていた。そこへ突然、隊士の一人が駆け込んできた。

「長岡屋が新政府軍に包囲されているぞ!」

 その知らせに驚いた実戦経験のない大半の新米隊士達は、散り散りに逃げて行ってしまった。真純は自分の懐に拳銃を押し込み、新撰組本陣がある長岡屋に向かった。そこには近藤や土方が残っているはずだった。

(皆さん、どうか無事でいて…。)

 真純の激しい動悸は止まらなかった。真純が長岡屋の近くまで来ると、周辺は物々しい空気が流れいてる。真純が野次馬に交じって様子をうかがっていると、新政府軍の兵士達が動き出し、その列の中に誰かが乗っている駕篭と、見覚えのある隊士2名の姿があった。歩きながら小声で話している新政府軍の兵士達の会話が聞こえてきた。新政府軍は、江戸が恭順を示しているのに、ここで陣を張り軍事訓練を行っているのを不審に思っているようだ。しかし、新撰組はあくまでこの周辺の取締りを行っており、新政府軍に刃向かうつもりはないと訴えたと言う。

「何者だあいつ?」

駕篭を指差した兵士が言う。

「大久保大和って名乗ったらしいぞ。」

 大久保…!今回の出陣で改名していた近藤の名前だった。

(近藤さんが捕まった?お、落ち着け・・・これからどうするか考えなきゃ。)

 真純は体が震えていた。

 土方は、今後新選組は流山から国府台に行くと言っていたが、恐らく今は近藤救出のために動くことを第一に考えているだろう。

(新撰組の大将をむざむざと引き渡すわけにはいかない。)

 しかし、まだ長岡屋の前には新政府軍の警備が残っているため、中に入っていくことはできない。次々と新撰組が持参した大砲や銃が差し出されている。

(何とか、近藤さんを助け出さなきゃ。)

 真純は、新選組には合流せず、一人で動くことに決めた。流山の住人や新政府軍の兵士に、一般人を装って近藤がどうなるのか聞き込みした。近藤は粕壁にひとまず連行され、のち板橋の総督府に送られることが分かり、真純はひと足先に江戸に戻ることにした。土方達も馬を使ってすでに江戸に向かってくるだろう。

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