第44話 惜別

 1868年(慶応4年)3月1日、甲陽鎮撫隊は甲府に向けて出発した。大砲や銃を携え、近藤は黒の羽織を見つけ大名旅籠に乗り、土方は洋装の姿で馬にまたがり、甲州街道を西へ向かった。途中、近藤の故郷の多摩と土方の故郷の日野で、彼らは大いに歓迎された。真純も土方の姉、のぶや義兄、佐藤彦五郎らとの再会を喜んだ。

「綾部さん。京では大変だったようだけど、無事で何よりよ。」

「のぶさんも、お元気そうですね。」

「弟はみんなにずいぶんよくしてもらってるようね。綾部さんが歳三の小姓をやらされてるって聞いた時は、気の毒だなぁと思ったのよ。」

「やらされてるんじゃないですよ。小姓にしてくださって感謝しています。」

「昔、奉公に出されたり行商していた頃に比べると、歳三はすごく生き生きしてるわ。」

 二人は、沖田が相撲の四股を踏む真似をして、彦五郎や土方が談笑している様子を見つめる。

「でも、綾部さん、沖田さんはつらそうよ。」

 石段に腰を下ろし、沖田は咳をして休んでいた。その姿を見ていた真純は、

「やっぱり、無理かな…。」

 その晩沖田は熱を出し、甲府行きを断念した。次の日、甲陽鎮撫隊は甲州方面へ先を急いだ。一方、沖田は迎えに来た駕篭に乗り込み、真純も江戸に戻った。


 甲陽鎮撫隊が江戸を出立してから1週間が過ぎた。沖田は和泉橋の医学所から、浅草今戸の松本良順の邸に移った。しかしそこには何の連絡もない。沖田とともに松本良順の元へ身を寄せいていた真純は近所にある松本の診療所の手伝いを終えて帰ってくると、邸の縁側に腰を下ろす。

(もし、私も出陣していたら何ができるだろう。)

 空を眺め考え込んでいると、障子が開いて沖田が出てくる。

「何してるの、真純ちゃん。」

「皆さん、どうしてるかなぁと思って。」

 沖田も黙って寝床から空を眺める。

「真純ちゃん、君が近藤さんと土方さんに頼んでくれたんでしょ。僕を甲州につれ行ってくれって。」

「それはその…差し出がましいことをしてすみませんでした。」

「いや、感謝してるんだ。出陣はかなわなかったけど、近藤さんと武州に凱旋できたからね。昔、試衛館から出稽古に行ったあの道をさ。」

「近藤さん、日野の方達との宴会で嬉しそうでしたものね。」

「うん。これから新政府軍を攻めるって時に、あんなに豪快に笑って酒飲んでる近藤さんは、さすがだよ。僕も一緒に戦いたかったなぁ。」

 今回、近藤にとって銃や大砲を装備した本格的な戦闘は初めだった。総大将としてなんとしてでも勝たせたいという思いが沖田にはあった。

 その晩、医学所のドアを強く叩く者があった。いち早く気づいた真純が、ドアを開けると

興奮した永倉と原田が立っていた。

「近藤さんはいるか?」


 真純は二人を招き入れ松本良順を呼び、話を聞く。永倉の話では、甲府に向かった甲陽鎮撫隊だったが、すでに甲府城は新政府軍が奪い取っていたのだった。江戸に援軍要請に戻った土方も無駄足に終わった。新政府軍との兵力の差はあまりに大きく、甲陽鎮撫隊は江戸に敗走となった。

「近藤さんは肩の治療もあって、土方さんと先に江戸に戻ってるはずなんだが、どこにもいやしねぇ。ったく、どこで何やってんだか。」

 永倉が苛立って床を叩く。

「甲府で、今回の敗戦の責任を取って隊を俺達に任せると言ってたがな。」

 と、力が抜けた声で原田がつぶやく。

「脱走した兵士も多いし、残ってるやつの士気も低下している。すぐにでも今後のことを話し合いたいんだが。」

「だいたい、この戦にが無理があったんだ。訓練もろくにつんでない兵士を寄り集めて。何のために戦っているかも分からないやつばかりだ。結局、近藤さん、勝安房守に乗せられてただけなんだ。」

 常に近藤に対して冷静だった永倉がぼやく。

「近藤さんが、どうかしたって?」

 沖田が部屋に入ってくる。永倉も原田も、沖田が近藤を心から尊敬しているのを知っているので、言葉に詰まる。

「総司…。はっきりいうが、近藤さんのやり方に不満のある隊士も出てきてる。ここは組織を立て直して、近藤さんも同意してくれるなら共にまた一緒に戦おうと思ってる。」

 永倉がきっぱりという。

「近藤さんを局長から引き摺り下ろすというのかい?」

一同沈黙する。

 松本良順が、なんとか話し合いの場を持つ手配をするからと言い収めて、永倉と原田は帰っていった。


 次の日の夕方、医学所の門の前に永倉と原田が立っている。ほんの数時間前、近藤、土方、永倉、原田、斎藤たち幹部で今後のことについて話し合いが行われた。近藤と永倉・原田の意見が合わず、二人は新撰組と袂を分かつことを決めたのだった。近藤は、江戸に留まり慶喜公を支えるべきだというのに対し、永倉と原田はすぐに会津で陣を立て直し抗戦すべきだという。近藤は最後まで幕府の、慶喜の忠実な家臣であろうとしたが、永倉や原田は受け入れられなかった。

 当初は感情的になっていた永倉も、真純と斎藤の見送りを前に落ち着きを取り戻していた。

「真純には、分からないことだらけだろうなぁ。けど、男にもいろいろあるんだよ。」

 永倉が優しい口調で言う。

「お二人がいなくなると、寂しくなります。」

「そう言ってくれるとは嬉しいもんだな。けど、俺達にも曲げられない信念があるんだ。」

「真純、お前はどうするんだ。」

 原田が尋ねる。

「私は、沖田さんの看病を続けます。」

「…そうだな。総司は真純といる時、元気そうだしな。あいつのことを頼むよ。」

 真純はうなずく。

「斎藤、お前は――聞くまでもないな。」

 斎藤は何も言わない。原田は、

「みんな、譲れないもの、大切な人のために必死だ。だが道は分かれても志は同じだ。またどこかで会える。」

 真純の肩に手を置いて励ます。

「そうだぜ、真純。また一緒に酒を飲みにいこうぜ。」

 二人は明るくいい残して去っていった。誰もがそんな日が来るのだろうかと自問していた。

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