第47話 彰義隊

 力の抜けた真純の体を支えたのは原田左之助だった。まだ、その現実を受け入れられないまま、真純はゆっくりと立ち上がり、二人は刑場を後にする。原田が松本先生の家まで送っていくと言ってくれた。

「近藤さんは新撰組の局長になった時から、いつかこういう日が来るかもしれないという覚悟はあっただろう。死ぬことを恐れていたら武士にはなれないからな。」

「でも、斬首だなんて…。」

 近藤は、「切腹」ではなく「斬首」刑となった。切腹は武士として自ら責任を取ることを意味するが、斬首となった近藤は「罪人」として処刑されたのだった。

「真純の言いたいことは分かる。だが、徳川の殿様を守るためには、近藤さんが犠牲になるしかなかった。もし、ここで近藤さんを助けたら、新政府軍は戦を始め江戸の町は破壊される。慶喜公はそんなことを望んではない。」

「近藤さんが…江戸を…身を挺して守ってくれたってことですか。。」

「…そう、だな。」

「それでも、近藤さんに生きてて欲しかった。」

 しばし無言の二人。原田はふと、空を見上げる。

「武士って何なんだろうな…。」

 やがて、松本の家が見えてくる。

「原田さん…やっぱり、沖田さんには近藤さんのこと、言わないほうがいいんでしょうか。」

「そうだな。総司なら死ぬ覚悟で近藤さんの仇を討ちに行くだろうよ。そしたら、近藤さんの死が無駄になっちまう。あいつには…言わない方がいいだろう。近藤さんのためにも。」

「そう…ですよね。」

 医学所の門の前で二人は立ち止まる。

「原田さんは、これからどうするんですか。」

 原田は当初、永倉と共に靖共隊を結成し北上していたが、そこから離脱し江戸に戻っていた。

「…いろいろ考えることがあって、家族の元へ帰ろうと思ったんだが、近藤さんの…潔い死に様を見たら…まだ俺は暴れ足りねぇな。俺は上野の彰義隊に行く。土方さんや新八と離れて、俺のやり方で戦う。」

原田は多くを語らず、最後は笑って別れた。


 真純は男装に戻り、沖田がいる千駄ヶ谷の植木屋・柴田平五郎宅に向かう。できることなら、沖田とともに近藤の死を追悼したかった。近藤のことを誰よりも慕っていた沖田の顔を見て、平静を装っていられるか真純には不安だった。

 柴田の妻が沖田の寝ている離れを案内し、真純は明るく話しかける。久しぶりに見る沖田の姿はますますやせ衰えていた。

「沖田さんの顔が見たくて、江戸に戻ってきましたよ。」

「本当は鬼副長か鬼組長に見捨てられたんじゃないの。」

「…。」

 沖田は真純の様子がおかしいことに気づく。

「図星だった?…ねぇ、近藤さんは元気にしてる?」

 真純は、沖田からその言葉を聞いた途端、涙をこらえることができなかった。沖田は、真純がなぜ泣いているのかわからなかったが、肩を抱いてやった。

 少し落ち着いた真純は、沖田のやせ細ってしまった体にはっとする。。

「す、すみません…急に。」

「ねぇ、何か…あった?」

「今はここで…沖田さんのお世話をさせてください。」

「君がいたら、咳が止まらなくなっちゃうなぁ。」

「それでも、沖田さんには笑っていてほしいです。」

「そう…。なんだか…またこの離れが明るくなりそうだな。」

 沖田が笑っている。新選組一の剣客だということを忘れるくらい、今は笑っていてい欲しい。

 それから真純は、以前のように時々松本良順の手伝いと沖田を看病をする日々を送っていた。近藤が投降した後、旧幕府から新政府軍へ江戸城の明け渡しが行われ、それに伴い和泉橋の医学所は廃止された。

 真純が沖田の薬を取りに松本良順の家を訪れていると、松本の内弟子が書状を持って飛び込んできた。書状を読み終えた松本の表情が曇る。

「会津に負傷者がかなりいるらしい。土方君も、宇都宮で足を撃たれ、重傷だ。」

 真純の表情が変わる。流山にいた新撰組は近藤が投降した後、北関東を北上して会津に向かった。土方や島田魁たちは旧幕府脱走軍と合流し、北上して宇都宮城を攻めた。その時に土方は重傷を負ったのだった。

 松本はその二日後、内弟子を連れて会津に向かった。真純には

「沖田君は残念ながらそう長くはないだろう。」

と言い残して。


 江戸市中では新政府軍の兵士と彰義隊の対立が見られ、不穏な空気が漂っていた。そんな中、

原田が沖田と真純のもとを訪れた。原田は近くを通ったからと言って、最中とかりんとうを手土産に持ってきてくれた。

「菓子屋の女将が持ってけってうるさくてな。真純が一番喜ぶと思って持ってきた。」

「ふーん。そんな口実がなきゃ、ここに来づらかったんでしょ。」

「総司、俺と新八が抜けたこと、まだ根に持っているのか?」

 真純がお茶を運んでくる。

「原田さん、彰義隊が夜中、薩長軍の兵士を斬り殺したりしているそうですけど、これからどうなるんですか。」

「俺は正々堂々とした戦しかするつもりはないぜ。だが、薩長軍と戦うのは時間の問題だ。上野の方は戦場になるから、近づかないほうがいい。」

「僕も彰義隊に入ろうかな。」

「新撰組の1番隊組長が何言ってやがる。」

3人は「新撰組」という響きに懐かしさを覚える。

「この前、宇都宮で新八が土方さんを見かけたらしいぜ。」

「ねぇ、近藤さんにも?」

 沖田が甘えん坊の子供のように尋ねる。

「あぁ、近藤さんも一緒だったって言ってたかな。」

 原田と真純は目を合わせる。

「そうか…。土方さんの戦狂に振り回されてないといいけど。」

 原田を見送りに玄関に立つ真純は、土方が負傷し、松本が会津に向かったことを話した。

「総司はまだ知らないんだな、近藤さんのこと。」

「はい…。」

「俺がいうのも変だが、総司を頼むぜ。真純がいて元気そうだったな、あいつ。」

「原田さんも、どうか無事でいてください。」

「あぁ。今度こそ飲もうな。」

 原田の言葉通り、上野戦争が勃発し、長州藩の大村益次郎が指揮する新政府軍の砲撃が開始された。当初、彰義隊は優勢であったが、新政府軍のアームストロング砲という射程距離の長い砲撃により、彰義隊は惨敗した。

 真純は千駄ヶ谷でかすかな砲声を聞いた。彰義隊の別働隊や諸藩の応援隊が江戸市中で戦っていたが、敗走していく様子を見かけた。

 数日後、真純は彰義隊の屯所があった上野の寛永寺へ足を運ぶ。新政府軍の兵士数人が包囲している後ろには、彰義隊隊士の遺体が放置されている。

(まさか、あの中に原田さんも・・・?)

 真純は兵士の目もはばからず、遺体に近づき原田を探した。真純以外にも遺体の縁故者と思われる者が、遺体を返して欲しいと言い合いになっていた。

 結局原田の遺体を見つけることなく、寛永寺を後にする。遺体が見つからず安堵していいものか、わからなかった。道行く人に彰義隊やその別働隊の隊士が「神保山城守屋敷」というところに落ち延びたらしいという話を聞き、真純はその場所へと向かう。神保山城守屋敷というのは、陸軍奉行を務めた神保相徳の屋敷で、広い敷地があり、この神保相徳も彰義隊に加勢した。

 なんとか真純は神保山城守屋敷を捜し当てたが、原田の姿はなかった。彰義隊の隊士や関係者にも原田のことを尋ねてみたが、誰も知らなかった。原田が来ているかもと淡い期待を抱いて、柴田平五郎宅へ戻ったが、原田はいなかった。  

 離れに行くと珍しく沖田が縁側に腰を下ろしている。

「お帰り、真純ちゃん。左之さんは見つからなかった?」

 真純は黙ってうなずく。

「彰義隊に行くなんて言って、本当は家族に会いに行ったんじゃない。それか新八さんのところだったりして。」

 二人は無言で空を見上げていた。

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