第55話 贈り物
真純は箱館病院のベッドの上で目を覚ます。真純の脳裏に土方の死に顔がよぎる。土方側近の沢忠助と立川主税とともに土方の遺体を五稜郭まで運んでいたが、その途中真純は倒れ、新撰組の隊士が箱館病院まで連れてきてくれたのだった。真純はベッドを降り、部屋を出ようとすると小野権之丞と鉢合わせする。
「君はまだ寝てないといかん。」
真純は土方に心臓マッサージをしているときに、新政府軍の兵士に背中を斬られた。
「小野さん、土方さんは…。」
「すぐに通夜が行われるとのことだ。」
「では、私も。」
歩くと背中に激しい痛みが走る。
「今の君の体では無理だ。傷は思ってた以上に深かった。助かったのが不思議なくらいなんだぞ。」
真純は断念してベッドに戻る。まだ頭がくらくらする。
「新政府軍はおそらく土方君の首をねらってくるだろうと思われるので、遺体をすぐに埋葬するそうだ。」
「そうですか…。」
真純は、土方が本当にもうこの世にはいないという事実を噛み締める。
「以前、これを預かったよ。」
小野は風呂敷包みを真純に渡す。中を開くと、金子の他にえんじ色の女物の着物があった。
「土方君から女子の着物だと聞いて、まさかあんたにだとは思わんかったよ。もし、あんたがここに戻ってきたら、女子でいたほうが安全だと、土方君は言っていた。」
「土方さん…。」
土方がそこまで自分のことを考えてくれたのかと思うと、泣けてくる。真純は風呂敷包みを強く抱きしめた。涙がとめどなく流れ、真純は人目をはばからず泣いた。
土方が討死して数日後、弁天台場に籠城していた新撰組、榎本武揚がいる五稜郭が続けて降伏した。
真純は箱館病院で保護され身の危険の心配はなかったが、毎日土方が眠っている五稜郭の方を見て、ぼんやりしていた。土方が箱館で死を迎えることを知っていながら、結局何もできなかったことを悔やんだ。どうあがいても歴史を変えることはできなかった。土方歳三が戊辰戦争で敗れても生き抜いていたら、どうなっていただろう。近藤と同じように斬首刑とは考えたくないが、明治政府は土方の能力を見込んで、陸軍や海軍の職を与えるかもしれない。そんな土方の姿を見てみたいと思った。しかし、あの土方がおとなしく投降する姿は想像できない。
なんとか歩けるようにまで回復していた真純は、病院の玄関で久しぶりに外の空気を吸った。
「どこの女子かと思ったら、綾部君じゃないか。」
中から出てきた小野権之丞が真純に声をかけた。真純はこの日初めて、土方が贈ってくれた着物に袖を通してみたのだ。
「こういう格好は慣れないので動きにくいし、それにちょっと照れくさいです。」
「いやいや、よく似合っている。土方君は抜け目ないな。」
二人は土方が眠っている五稜郭の方へ目を向けた。
突然、明治政府軍の兵士数人がこちらに向かってくるのが見えた。まさかとは思ったが、病院の前で立ち止まる。兵士達は、旧幕府軍関係者を捕縛しに来たといい病院内に入って行き、目の前にいる小野のことも連行する。
「ちょっと待ってください――」
真純が小野と兵士の行く手を阻む。
「君はここにいなさい。君は幕府とは何の関係もない人間だ。」
「しかし――」
小野が真純に真剣な真ざしで訴える。
「土方君の厚意を無駄にするな。あんたは、生き延びるんだ。」
耳元にそう言い残して、小野は明治政府軍に投降した。
「小野さん!」
院長の高松凌雲医師が、けが人を動かすなと必死に説得するも兵士たちは動じなかった。高松凌雲は、中立の立場で旧幕府軍と新政府軍の負傷者の治療に当たった。しかし、彼の申し出は聞き入れてもらえなかった。
新撰組は称名寺に収容され、その後青森の寺院に送検された。真純は箱館病院に残り、働いていた。真純自身の戦いは終わったはずなのだが、かつての同志は謹慎させられているのと思うと、とうてい気分が晴れるものではなかった。
五稜郭は明治新政府の管轄になり、立ち入り禁止となっていた。真純は時々五稜郭のそばまで行って、ひそかに手を合わせた。
真純が病院内の自室で、ふと隅においてある「池田鬼神丸国重」に目が留まり、懐かしく手に取る。斎藤の厳しい稽古を受け、この刀で戦った頃のことが思い出される。鬼神丸国重を携えているだけで、強くなれた気がした。
(斎藤さん・・・。)
ふと、真純は小野が言ってたことを思い出す。
「藩士は捕虜となって江戸と越後高田で謹慎させられることになった。」
その後聞いた話では、会津藩主の松平容保は滝沢村妙國寺で謹慎、会津若松城(鶴ヶ城)の場内にいた藩士は猪苗代、城外の藩士は塩川村での謹慎を命じられた。翌年の明治2(1869)年正月、藩士の処分が決まり猪苗代組は東京、塩川組は高田藩で「永のお預け」を命じられたという。
斎藤は恐らく城外で戦っており、もし生きているなら越後高田にいるかもしれない。土方は、斎藤はどこかで生きているかもしれないと言っていた。そう思うと、真純はいてもたってもいられず、院長の高松に高田へ行くことを申し出た。
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