第28話 回診
ひと月ぶりに屯所に戻ると、新撰組の幹部たちが出迎えてくれた。留守番の平隊士は、新入り隊士を屯所に案内している。沖田が真っ先に真純に近寄ってきた。
「真純ちゃん、おかえり。気分転換できた?」
「はい、おかげさまで。沖田さんは、少し顔色が悪そうですよ。」
「そりゃぁ、伊東さんが戻ってきちゃったからね。なんで、江戸に置いてきてくれなかったんだよ。」
「それは無理ですって…。伊東さんのおかげで新入り隊士も増えましたし。」
真純が小声でいう。伊東は出迎えた近藤と歓談している。
慶応元年(1865年)5月、将軍徳川家茂が上洛。その後、大坂城に入る途中の警備を新撰組が担当した。将軍上洛に同行した松本良順という医師が屯所を訪ねてきた。松本良順は将軍侍医で、近藤が以前江戸に行った時から親交があった。松本は屯所で隊士たち全員を回診した。真純を見かけた松本が声をかける。
「君も隊士だろう。まだ診ていないと思うが…。」
「あ、わ、私は…」
「松本先生、こいつは女の隊士だ。回診なら別の所で頼みます。」
「な、なんだって!?」
土方は松本を落ち着かせ、うまく説明する。
「事情は分かった。彼女のことはあとで診るとしよう。ところで土方君、この屯所は不衛生極まりない。これでは病人が増える一方だ。病人用の部屋を作り、入浴して体を清潔に保つべきだ。」
土方はため息をつく。
「耳が痛いな。そういや昔、お前にも布団を干せだの、言われてたな…。」
土方は真純を見る。結局、隊士にその任務は与えられなかったが。
「ほぉ、さすが女子がいると違いますな。まぁ、土方君よろしく頼むよ。」
松本と真純は別室へ移動し、診察を終える。真純は気になっていることを打ち明けた。
「松本先生、沖田さんのことなんですが…。」
「沖田君がどうかしたかね?」
「最近、あまり具合がよくなさそうで…もしかして、ある病気ではないかと思って。」
「ある病気?」
「労咳です。」
「いや、特にそういった前兆はなかったが、なぜ君はそう思うのかね。」
「いえ、元気ならいいんです。」
真純は、沖田の病死が間違って後世に伝わったのだと思いたかった。
慶応2年(1866年)1月。近藤、伊東らは幕命で広島に向かった。長州の実態を調査するためである。前年11月にも近藤達は広島に渡航しているが、長州藩入国を拒否され断念していた経緯があった。この頃、世情は落ち着いている風に見えたが、水面下で何かが動き始めていることを新撰組はまだ知らなかった。それが幕末の歴史を大きく変えるものであることを。
巡察中や新撰組内でも、長州や薩摩、土佐といった名前を聞くようになり、幕末の歴史に弱かった真純でも、思い当たる歴史的出来事が頭をよぎり、真純は土方のもとを訪ねた。
「土方さん、もうすぐ『薩長同盟』があるかもしれません。」
「あぁ、そのことは山崎から聞いている。薩摩と長州が手を結んで、幕府と戦うんだろう。お前の言うとおりになったな。」
そして江戸幕府はなくなる。そうなったら新撰組はどうなるのだろう。真純の記憶では、土方は函館で戦死しているが、それまで徹底抗戦していくのだろうか。
「これから、どうするんですか。薩長と戦うんですか。幕府がなくなるとわかっていても。」
「俺たちに鞍替えしろと言うのか。」
「不本意なのは重々承知してますが、新撰組を生かすには―。」
土方は鼻で笑って真純を見据える。
「確かにそれが一番楽なやり方だ。・・・お前に、幕府も武士もいない未来のことを聞いて考えたさ。俺のやっていることは間違っているんじゃないかと。この先、お前の話では、日本は外国との戦争の脅威にさらされるんだよな。朝廷や幕臣、薩長の動向を伺ってるよりやるべきことがあるんじゃねぇかと・・・思うこともある。だが、俺たちは武士だ。主君のために忠義を果たす。それだけは変えられない。」
新撰組にとっての主君、殿様というのは会津侯であり幕府だ。新撰組を預かっている会津藩と最期まで戦うということだ。
「負けると分かっていてもですか。」
「…そうだな。だが、戦はやってみなきゃわからねぇ。本当はお前の話を信じたくもねぇんだがな。」
土方は立ち上がって障子を開け、外の空気を吸う。
「お前はどうなんだ。お前の言ってる事が本当だとして、150年後に幕府なんていうものは存在しないんだろう。負けるやつらのところにいたって面白くねぇだろうが。」
「私が忠義を果たしたいのは、新撰組です。」
新撰組が後世、多くの人を魅了する理由が少し分かった気がした。時勢に流されず、武士道を、自分たちの誠を貫く。幕府に仕える新撰組がいつか負ける日が来るとわかっても、真純は彼らとともにいたいと思った。
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