第38話 新遊撃隊御雇

天満屋事件から1週間後。「王政復古の大号令」が発せられ、武家政治が廃止になった。武士に憧れ、武士として名を上げることを考えてきた近藤や土方には衝撃的な出来事だった。この大号令によって薩長は、徳川の領地をすべて返上するよう要求し、さらに追い討ちをかけるように新選組を「新遊撃隊御雇」と改名するよう命令が下った。近藤と土方は、隊士達を集めそのことを告げるが誰も納得しない。

 隊士達が解散し土方も自分の部屋に戻り、机の前に腰を下ろす。机の上の湯のみを飲み干そうとするが空っぽで、勢いあまって湯のみを壁に投げつける。

「くそっ。何が新遊撃隊御雇だ。俺たちは雇われの身なんかじゃねぇ!」

 真純はその様子を見かねて、お茶を入れて持っていく。

「物に当たってもしょうがないですよ。」

 真純はたたみの上に転がっている湯のみを拾う。

幕府の直参から成る見廻組という組織が「遊撃隊」という名前に変わり、新撰組がその「御雇」となったのである。身分の低い新撰組の者たちを雇ってやっているという、見下しの現われであった。

「新選組という名前は会津侯から賜った名前だ。それを易々と改名しやがって。薩長は、

幕府の領地を取り上げた上、京都所司代や守護職もなくしやがった。幕臣のやつらは当然路頭に迷ってる。」

「土方さん、遊撃隊という名前、私は知りません。150年後も新選組は新選組です。」

「おぉ、やはりそうか。」

 土方はいくらか気持ちが落ち着いてお茶を飲む。

「真純、これから…薩長と戦になるだろう。」

 ついにこの時が来たのだ。江戸幕府が滅びるということは、新選組も滅びていく…。その時、近藤や土方、新選組の隊士達はどうなるのだろう。この時の真純は、歴史の教科書が「明治維新」のページに移っていくはざ間に立っていた。

 屯所には、出陣の空気が漂っている。真純も鉢金や鎖帷子といった防具をそろえ、今までにない戦になると覚悟していた。

 次の日、真純は不動堂村の屯所から程近い東寺を訪れた。京を離れるかもしれないと聞き、急に京の町がいとおしく感じられたのだ。東寺の境内をのんびり歩き、五重塔のふもとまで来ると土方の姿があった。

「土方さんがこんな所に来るなんて、めずらしいですね。」

「屯所からはよく見えてるが、間近で見たことがなかったからなぁ。」

 塔のてっぺんに目をやる土方は、いつもとなんとなく違う。

「これから・・・どうなるんでしょうか。」

 土方が鼻で笑う。

「未来から来たお前が聞くのか。」

「そうですよね…。もっと真面目に歴史の勉強をしておけばよかったです。」

 真純は心からそう思う。今だったら、得意科目は日本史だと堂々と言える。

「そうだな、あんたがいた現代とやらに戻ったら、ちゃんと学んでおけ。」

 土方はすっかり真純が未来から来たのだと信じている。それが真純は嬉しかった。

「あんたは、自分がいた時代に戻れないのか。」

 急に土方の口調があらたまる。

「戻れる方法を探すどころではありませんでした。最初、これは夢だとずっと思ってましたから。」

「あんたはここで必死だったからな。だがこの先、あんたの命の保障はできん。戻れるものなら戻ったほうがいい。」

「いいえ、今はここにいたいです。これでも、武士になる決意をしましたから。」

「俺が勝手に作った口実に合わせる事はねぇよ。新選組に留まる必要はない。現代に戻れなくとも、この時代であらたな生活を始めればいい。あんたの面倒を見てくれる人はいる。」

「この前も言いましたが・・・私は新撰組に忠義を果たしたいんです。近藤さんや土方さんをはじめ、皆さんにはお世話になったし、勝手に隊士募集に紛れ込んで、行く当てのなかった私を受けいれてくれて心から感謝しています。私も『誠』の旗にふさわしい生き方をしたいと思っています。自分の命は自分で守るので、どうかこの先も一緒に行かせてください。」

「・・・そうだな。まだ飯代を払えるような働きもしてねぇからな。」

 土方の表情が緩んだ。

 大所帯の新撰組を取りまとめ、引っ張ってきた土方が、自分のことも気に留めていてくれたことを、真純はありがたく思う。土方の目つきと口調はきついこともあるが、いつも彼の優しさを汲み取ることができた。何が正しくて何が間違っているかなんて、今の真純にはわからない。尊王だろうが、左幕だろうが正直どうだっていい。ただ、そばにいる仲間の役に立ちたい、それだけだ。

 新選組は改称に反対し続け、二日後に新遊撃隊御雇の名を返上した。

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