第39話 襲撃
将軍慶喜が新政府(薩長)に恭順を示すため、二条城から大阪へ移ることになった。新撰組は将軍留守中の二条城の警護を依頼されるが、同様の命令が下っていた水戸藩と対立する。交渉は決裂し、新撰組は京を離れ、徳川慶喜のいる大阪城へ向かうことになった。不動堂村の屯所の広間に隊士たちが集合すると、廊下から山崎の声が聞こえてきた。
「沖田さん、まだ熱があるんですから休んでいてください!」
「これくらい…大丈夫。」
出陣する格好で近藤と土方の前に現れた沖田は、顔色が悪く足取りが重い。
沖田は、松本良順の回診の時は労咳の症状は出ていなかったが、日に日に体調が悪くなり寝込んでいることが多くなっていた。持ち前の明るさで人前では気丈に振舞っていたが、隊士達の前に姿を見せるのも少なくなっていた。
「総司、その体で今から出立するのは無理だ。」
土方が言う。
「そうだぞ、総司。これからの戦は長期戦だ。焦らず病を治してから来い。」
近藤が優しくなだめると沖田は何もいえなくなってしまう。
「だが、ここに総司一人を残して行くわけにも行かないな。」
「トシ、それなら俺の休息所を使うといい。綾部君、総司に同行してくれ。」
沖田は観念して力が抜けたようにその場に座り込んだ。
新選組は大坂の北野天満宮に布陣するが、薩長の軍勢が大坂に攻め込んでくれば京と大坂の間の伏見が主戦場になると予想され、新選組は伏見への転陣を命じられた。
沖田と真純は近藤の休息所に移った。沖田が部屋で休んでいる間、真純は壬生村の医者の所に薬をもらいに出かけた。町には薩長の兵士らしき者がうろうろ歩き回っていて、ものものしい雰囲気をかもし出している。
沖田の係りつけ医者は壬生村にあり、真純は薬を受け取った後、懐かしい八木家に立ち寄ろうとしたが、洋装の兵士が坊城通りで立ち話をしている。見慣れない洋装の軍服に真純は圧倒された。
(もしかして、新選組が来ると思って薩長が八木さん達を監視している?)
真純は八木家に行くのを諦めた。急に、休息所に一人残してきた沖田が薩長の兵士に狙われていないか不安がよぎった。病床の沖田が敵に太刀打ちできるかどうか。
(沖田さん、無事でいてください!)
真純は全速力で醒ヶ井の休息所に向かった。扉は鍵が閉まっており、ひとまず安心した。
真純が沖田の部屋を訪れると、沖田は布団から起き出していた。
「沖田さん・・・大丈夫ですか。」
息を切らしながら真純がいう。
「真純ちゃん、どうしたの?」
「いえ・・・お医者さんのところへ薬をもらいに行ったんですけど、洋装の兵士を見かけて、もしかしたらここが見つかったかと思って―」
「ねぇ、僕をいったい誰だと思ってる?一番組の組長だよ。兵士が押し入って来たってどうってことないよ。」
沖田は寝床のそばに刀を置いていた。
「そうですよね・・・。」
「でも、目覚めたら真純ちゃんのうるさい足音が聞こえて、安心した。今、試衛館に内弟子として入門した頃の夢を見たんだ。」
沖田が2歳の時に父親が亡くなり、11歳上の姉・ミツが婿養子をとって沖田家を継いだが、生活が苦しくなり、9歳の時沖田は江戸市谷の試衛館道場に住み込みの内弟子として預けられた。
「いきなり試衛館に連れてこられて、僕は、顔も合わせず帰っていく姉を見送った。一人取り残されて、孤独っていうのはこういうことかと身にしみた。だから、置いて行かれるのは嫌なんだ。」
そのトラウマが沖田を人懐こくしているのだろうかと真純は思った。
「近藤さんのおかげで僕は自分の生い立ちを受け入れ、剣術に目覚めた。この体がどうなってもかまわないから、僕は近藤さんのそばで役に立ちたい。そのためなら、命だって惜しくはない。あぁ、早く刀を振るいたくてたまらないよ。」
「沖田さんは、本物の武士ですね。」
「ハハハ、知らなかった?」
急にいつもの明るい沖田に戻った。
現代を生きる真純には、命は尊いもの、生き永らえてこそという思いがあるが、武士は生き様がすべてなのだ。大切なもののためなら、命を捨てるのもありなのだ。
その後、伝令の隊士が、新選組が大坂から伏見に移ったことを知らせに来て、沖田と真純も
あらたな新撰組の屯所となった伏見奉行所に移った。
明け方、近藤の休息所に御陵衛士の残党が沖田を襲撃しに来るが、その姿はなかった。
しかし、安心したのもつかの間、その日の夕方、御陵衛士残党の憎しみが向けられた近藤が狙撃された。近藤は、旧幕府の軍議に出席するため二条城に向かったその帰り、右肩を撃たれた。なんとか伏見奉行所にある屯所にたどり着いた近藤は、山崎が応急処置を行い、真純も手伝う。新選組の幹部たちがその様子を見守った。
「局長はなんとか一命を取り留めましたが、松本先生に診ていただいた方がよろしいかと思います。」
土方はしばらく考え込んだ後、
「よし、近藤さんを松本先生のところへ連れて行こう。総司も一緒にだ。山崎、真純、お前たち二人も一緒に行ってくれ。」
その時、廊下から大声が聞こえてくる。
「総司、落ち着け!」
「その体じゃ無茶だ!」
原田と永倉が沖田を引き止める。
「僕は近藤さんの仇を取るまで帰らない。」
玄関に向かおうとする沖田が急に咳き込む。近藤のそばにいた土方たちも廊下に出てきた。
「病気のお前が行ったところで何ができる。」
土方が落ち着いた口調で沖田をなだめる。
「僕はどうなったって構わない。だけど、近藤さんを痛い目に遭わせたやつらを放っておくわけには行かないよ。」
「総司、お前の気持ちはわからんでもない。俺たちだって同じだ。だが、新選組はお前を失うわけにはいかねぇんだ。これから先、やつらと一戦交える日が遠からずある。その時までに体を回復させておけ。」
土方は沖田の肩に手を置いた。土方の表情からも悔しさが伝わってくる。沖田は黙ってうなだれる。額とこめかみには汗が吹き出ていた。
山崎と真純は沖田を部屋に連れて行き、薬を飲ませた。沖田は何度も咳き込んでいたが、ようやく落ち着いた。
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