第49話 再会
真純は斎藤一諾斎とともに水戸街道を北上していた。一諾斎も再び新撰組の一員として戦いたいと申し出て、二人で会津に向かう。一諾斎の助言のもと、日光街道や奥州街道といった主要道路は新政府軍によって封じられているので、脇街道の水戸街道を進んでいた。脇街道は、主要道路に比べ関所の取締りが緩い。真純と一諾斎は、怪しまれないよう百姓の身なりをし、時には駕籠を利用した。水戸からは北西に進み、山を越え、田畑を通り抜け、なんとか白河までたどりついた。
白河の城下町で、新撰組が白河郊外(羽太)に宿陣していると聞き、真純は足を速める。やっと新撰組本陣の前に到着し、警備をしている隊士に斎藤のことを尋ねた。
「山口隊長のことですね。隊長はこの先の林の向こうで、鍛錬をしています。」
会津なまりの隊士が教えてくれた。本陣で待つようその隊士が勧めてくれたが、真純は一人で斎藤に会いに駆けていく。
林を抜けた更地に、一人の侍が刀を振っていた。真純は斎藤の華麗な剣さばきに見とれ、挨拶するのも忘れていた。
「誰だ。」
斎藤は鋭い目つきで真純を見る。
「斎藤さん、ご無沙汰しています。」
真純は緊張しながら斎藤のもとへ歩み寄る。
「今は、山口だ。ここへ何しにきた。」
斎藤と感動の再会を期待していたのが、いきなり突き放された。
「自分の『誠』を貫くために来ました。新撰組の一員として私も戦います。」
「近藤さんが投降した後、勝手に隊を抜け、単独行動を取ったあんたが今さら新撰組を名乗るのか。」
「そのことは…申し訳ありませんでした。」
「この会津に来たところで、女のあんたに何ができる。」
「盾になるぐらいはできます。」
「あんたが盾になった所で誰も喜ばぬ。」
「それでも構いません。私自身は納得できます。」
「あんたがいても、足手まといにしかならん。」
「そうかもしれません。でも、女でも侍の心はあります。斎藤さんが、近藤さんや土方さんに恩を感じ、会津藩に忠義を尽くすように、私も新撰組の恩に報いたいのです。」
「言う事だけは一人前になったか。」
斎藤は刀を抜き、真純に向ける。
「では、この俺から一本取ってみろ。」
(私が斎藤さんから一本取るなんて、勝てる訳がない。気合で攻められる相手じゃないこともわかっているけど、ここで引き下がったら追い返されるだけだ。)
真純も刀を抜き、剣を交える。
「えぇええい!」
二人の刀がぶつかる。真純は斎藤から視線をそらさず、刀を握る手に力をこめる。それから、斎藤の刀の振りを真純はなんとか食い止めるが、一瞬の隙に斎藤の一撃が真純の横腹に触れる。ほんの数秒の出来事なのに、真純は汗だくになる。
斎藤は無言で刀を差し、真純は一礼する。
「鍛錬を怠っていたな。」
「すみません。」
「だが、あんたの刀は気迫に満ちていた。腕はまだまだだが、何ものにも恐れず立ち向かっていく度胸だけは認めてやろう。」
真純は斎藤に少しはほめられ、ほっとする。
「あんたは土方さんのもとへ行け。先日、近藤さんの首が梟首され、土方さんはしばらく誰とも口を利かなかったそうだ。」
真純は近藤の斬首の瞬間を思い出し、目をつぶる。
「あんたは江戸で近藤さんを助けようとしたのか。」
「どうしてそのことを…。」
「あんたならやりそうなことだ。」
「でも、だめでした。」
真純は近藤と面会できたこと、近藤自身が死を望んでいたこと、沖田が病死し、原田が彰義隊に加わり上野戦争で亡くなったらしいことを話した。
「そうか…。左之と総司もか…。」
斎藤は彼らの姿を探すように、空を見上げた。
その日は本陣に留まり、次の日真純と一諾斎は会津に向かった。そびえ立つ鶴ヶ城を眺め、土方が療養している清水屋という宿屋を探した。土方の部屋に案内されると、偶然にも松本良順が土方を診察しに訪れていた。
「綾部君、どうしてここに!!」
松本が素っ頓狂な声を出し、一諾斎とともに、真純も挨拶する。真純は手を付いて、単独行動を取ったことを詫びる。
「斎藤さん、よく来てくれた。真純、お前のことは松本先生から聞いていた。しかし、ここまで来るのに、薩長の警備をよくも抜けられたな。」
一諾斎が土方にここまでの経路を説明し、江戸の出来事を聞かせた。一諾斎は再び新撰組とともに戦うと言い、了承された。
「小姓の綾部君がいれば、土方君も無茶せずに療養するだろう。」
松本と一諾斎と真純は部屋を退き、土方はひと休みするが、真純だけあらためて土方に呼ばれた。
「よく…無事だったな。」
怒鳴られるかと思ったが土方が発したのは優しい言葉だった。
「土方さん…近藤さんから伝言があります。」
思わず土方は身を乗り出す。
「近藤さんに面会したのか。」
真純は近藤の最期の言葉を伝える。――同じ夢を追いかけてきたのが、歳でよかったと。そして、近藤の遺髪を土方に渡した。土方は目を閉じている。
「近藤さんは…最期まで潔く、立派な武士でした。」
土方は和紙に包まれた近藤の遺髪を握り締める。その手が震えていた。
それから真純は沖田を看取ったこと、原田のことも打ち明けた。土方は労いを込めて真純の肩に触れるが、その手を離さず真純を抱き寄せる。
「お前も…ずいぶんつらい思いをしたな。」
真純は土方の言葉で、今まで一人で背負っていたものが下ろされたような気がした。自分の中に溜め込んでいたものが涙になって流れた。
土方は目頭を押さえながら、
「それにしても、あんたはたいした度胸だな。『やられたらやり返す』と言っただけのことはあるな。」
「土方さんは…運命を信じますか。」
「なんだ、急に。…お前は知っているんだったな。この先の俺のことも。」
真純は黙っている。
「お前の顔みてりゃ、いいことがあるとは思えねな。だが俺は戦い続けるだけだ。不利な戦況の時はどうやってそれをひっくり返すか考え、誰がどう見ても勝ち目がない時は…その時考えるさ。」
この明るさ、逞しさが土方のいいところだと思う。
「お前の処遇のことだがな―」
「私は新撰組のはしくれ、一応土方さんの小姓、ですよね。」
「当たり前だ。俺がお前を江戸に送り返すと思ったか。お前と話してたら、じっとしてられなくなった。」
「無理しないでください。松本先生からもきつく言われています。」
「…分かってる。」
「土方さん、その本は…。」
枕元には「歩兵心得」やアルファベットの文字が書かれている書物がある。
「字を読むのは苦手だが、戦の書は面白い。だが異国の文字を読むのは時間がかかるがな。」
「よろしければ、私が翻訳しましょうか。」
「お前は英語がわかるんだったな。」
その後、真純は小姓としての仕事をする傍ら、海外の軍事書物の翻訳をした。言葉の意味はわかっても、戦闘そのもののことは土方の方が詳しく、二人で話しながら内容を理解していった。真純にはこの共同作業が楽しかった。武器の話になり、真純は彰義隊にいた一諾斎から聞いた話を土方に聞かせる。上野戦争ではアームストロング砲という、威力があって射程距離の長い大砲で勝負がついたという。
「原田は彰義隊に入っていたんだな。どうして靖共隊を離れたんだ、あいつ。」
「家族に会いに行こうとされてました。」
「家族か…。あいつは切腹した傷を見せ付けて自慢ばかりしてやがったが、あいつが一番男気があったなぁ。」
原田は昔、上役の武士とけんかになり、その勢いで自ら腹を切ったことがあった。幸い大事には至らなかったが、原田はよく酒の席で「俺の腹は金物の味を知っているのさ」と自慢げに話していた。真純もたびたびその話を聞かされたことがある。
「そうですね。私にも、所帯を持つよう勧めてくれました。」
「お前は、この時代に来る前に縁談でもあったんじゃないのか。」
「ぜんぜん、ないですよ!」
真純はとんでもない、と手を振って否定する。
「そうなのかぁ?未来の男は見る目がないんだな。」
「土方さん、150年後は自由恋愛が主流ですよ。縁談というかお見合いもありますけど、それは出会うきっかけに過ぎなくて、お互い好きになって結婚…夫婦になるんですよ。女子だって、当然決定権があるんですから。」
「ほぉ…。それはまた複雑だな。」
「どっちみち、土方さんのような色男は苦労しないでしょうけど。」
「俺だっていろいろあるんだ。…お前だって京に来てから5年、色恋沙汰の1つや2つ―」
「ありませんよ!!」
真純は大声で否定する。
「何もそんなに照れることねぇだろう。」
土方は声を出して笑った。
「お前がいてくれて、よかったと思ってる。…総司も、お前がそばにいたから病のことなど忘れて笑って過ごせたんだろう。」
土方は開けっ放しの障子から中庭を見る。外には心地いい春の風が流れていた。
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