第26話 豊玉発句集

半日かけて土方の実家に着くと、家族や親戚、近隣住人が土方を盛大に迎えてくれた。新撰組の功績は日野にも広まっており、出迎えてくれた人たちに囲まれて、土方はとても嬉しそうだ。

「ようこそ、おいでくださいました。いつも弟がお世話になっています。」

 真純の前にいきなり現れて挨拶したのは、土方の姉のぶだった。日野宿組合の名主であり新撰組の後援者でもある佐藤彦五郎の妻であるのぶは、土方の姉らしい貫禄があった。

「まぁ、こんなにかわいい隊士を連れてくるなんて、歳三も隅に置けないわね。」

「歳さんは、男にももてるんだなぁ。」

 どっと笑いが起きる。

「さぁさ、中に入ってゆっくり休みなさい。」

 彦五郎が土方と真純に家の中へ入るよう促す。

「真純、お前も自分の家だと思ってくつろいでかまわないぞ。」

「ありがとうございます。」

 土方は、彦五郎らと酒を飲んで話し込んでいるが、真純が台所に行くとのぶが食事の支度をしていた。

「のぶさん、お手伝いしましょうか。」

「いいえ、綾部さんはお疲れでしょうから、休んでいらしてください。そうだ、綾部さん、歳三の話を聞かせてくださいよ。弟は新撰組の副長になったらしいですけど、皆さんとうまくやっていますか。」

「はい。土方さんは決断力もあるし、実行力もあって、歴史に名を残すだけのことはあります。」

「まだ何もしていないのに。わがままだし、飽きっぽいし、不名誉なことして名を残すんじゃないかしら。」

「そんなことないですよ。土方さんは厳しい隊規を作って新撰組をまとめています。そのおかげで新撰組は大活躍します。」

「厳しい隊規って…山南さんが亡くなったのも、弟のせいなのでしょうか。」

「それは…。」

「二人とも江戸に居た頃は、兄弟のように仲がよかったんですけど。」

 佐藤家にも、山南死去の知らせは届いていた。

 真純も食事の支度を手伝い、親戚家族が広間に集合し宴会が始まる。屯所ではあまり酒を飲まない土方だが、実家ではみんなに勧められ徳利を何度も口に運んでいた。

(土方さんはよく実家に手紙を書いていたし、家族思いなんだなぁ。こうして土方さんを慕ってくる親戚や地元の人もいるし。)

 真純は自分の家族のことを思い出す。夢だと思っていた幕末の生活が現実のものとなり、家族が恋しくなることもあったが、今すぐ現代に戻りたいという訳でもなかった。


 酔っ払って寝てしまったり、大声で歌いながら帰っていく親戚たちを土方は送っていく。のぶは片付けを始め、真純も黙って膳を運ぶのを手伝う。

「綾部さん、余計なことでしたらごめんなさい。綾部さんはもしかして女子では?台所の仕事も慣れてるし、なんかこう…しゃべり方といい、見た感じといい…。」

「…さすが土方さんのお姉さまですね。」

 真純は隠すことなく言ってしまった。土方の姉には、嘘は通用しない気がしたのだ。

「いろいろと事情がおありなんでしょうけど、それにしたって大変でしょうに…。」

「皆さんに助けていただいて、なんとかなっています。特に土方さんには、行くあてのない私を置いてくださって本当に感謝しています。」

「そうですか…。弟のこと、よろしくお願いします。」

 のぶは床に手を付いて頭を下げた。こちらこそ、と真純も床に手を付いた。

「歳三は、綾部さんに心を許しているようだから…いいものを見せてあげる。」

 のぶは、別の部屋に行って冊子を取って来て、真純に渡す。冊子の表紙には「豊玉発句集」と書かれている。

「土方さんが俳句を?」

「そうなのよ、顔に似合わず。」

 ページをめくってみると、土方の字は改めてみると達筆だ。達筆すぎて読めない字もある。しかし、最初の句で、


うぐひすや はたきの音も ついやめる


 真純は読んだ瞬間、吹き出してしまった。解釈の必要もないくらい、分かりやすい。うぐいすの鳴き声に心を躍らせている土方のなんと感受性の豊かなことか。さらに、ページをめくっていくと「雪」「梅」「月」といった言葉が句の中に織り込まれていて、風流な土方をうかがい知ることが出来る。

 真純はふと手が止まる。


水の北 山の南や 春の月


「山の南…。」

 この字が偶然とはいえ並んでいたら、山南のことを思い出さずにはいられない。土方も、句を詠んでいる時、山南のことをも思い浮かべたはずだ。意見の対立はあったが、それでも二人はよき仲間だったのだろう。

「やっぱり、歳三の句の中での一番はこれよ。」

のぶが冊子をめくっていく。


しれば迷ひ しなければ迷はぬ 恋の道


「土方さんでも、恋に迷うことがあったんですね。」

 真純はふと、今朝の三味線屋の娘のことを思い出す。それにしても土方から「恋」という文字が出てくるとは。

「俳人としても男としてもまだまだね。」

「誰がまだまだだって?」

 土方が広間に戻ってくる。真純が手にしている発句集に目が行き、取り上げようとするが、のぶが咄嗟に自分の懐にしまう。

「姉さん、勝手に見せるな!」

「あら、いいじゃない。やっかいな歳三のことを知っておいてもらうには、この句集が一番よ。ねぇ、綾部さん。」

「なかなかいい俳句でしたよ、土方さん。しれば迷ひ~」

「おい、やめろ!」

夜遅くまで佐藤家は笑いが絶えなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る