第47話 仕事

 二人の仕事は割と順調だった。

 斉木には早くもファンが付き、わずか数日で追っかけまでできていた。斉木は元々が美男子だったし、演奏しているときのなんとも言えない色気が実年齢よりグッと彼を大人びて見せていた部分も手伝っていただろう。客にはゲイも多く、斉木は性別関係なくたくさんのファンを持つことになった。

 ある時、曲の合間に何か適当に喋ってくれと言われた斉木が、仕方なくカタコトのフランス語で挨拶をした事がある。その時、客の一人から「彼女はいるのか」と冷やかされ、斉木は客席にいた坂田をステージに引っ張り上げて「俺の彼氏だ」と紹介し、店中の客から祝福されて坂田も一気に店の常連に知られることになった。

 この店はちょっと変わった客が多い。とは言え、『日本の常識で見たらちょっと変わってる』という事であって、ここでは別段問題にもならない。

 ゲイはもとより、レズビアン、バイセクシュアル、トランスセクシュアル、何でもアリだ。彼らには所謂『ノーマル』よりは芸術的センスに溢れた人が多い。仕事を訊いても、クリエイティヴな事をしている率はとても高いのだ。必然的に似た者同士が集まって来る。勿論ノーマルの方が多いのだが。

 そんな中にあって、坂田の存在は全く珍しくもなんともない。斉木が『男の坂田』といい仲だろうが、『女の坂田』と性的関係にあろうが、全く問題ではないのだ。そしてその坂田もそこにいる時は男でも女でもないただの坂田としてみんなに迎えられている。

 坂田にとってこの上なく居心地の良いこの店に、彼は仕事帰りに毎日入り浸るようになった。

 さて、その坂田である。中学生のような童顔で最初のうちは生徒たちに舐められていたが、大学生顔負けの知識量と咄嗟の機転に、あっという間に人気講師となった。

 何しろ相手は大人だ、思春期くらいに見える講師相手にわざと下ネタを連発するのだが、坂田はそれを平然と受け流し、しまいには自分はゲイだとかトランスセクシュアルのようなものだとか自分をネタにまでしだす始末である。

 日本語の授業の中でいろいろなシーンを日本語に訳すわけだが、坂田は自分の生活をネタにしては生徒たちの笑いを誘い、当然『男』を自称しながらも『彼氏』と同棲していることなども全く隠さなかったので、生徒たちとは友達のように仲良くなることができた。

 大概の場合……というか百パーセント生徒の方が年上という構図なので、人生の先輩として坂田にアドヴァイスしてくれる生徒もおり、生徒同士のホームパーティなどに斉木も連れて来いと言って招待して貰う事もあった。そんな時、斉木はその家のピアノを借りて即興でいろいろ演奏しては大喝采を浴び、二人は次々に友人を増やしていったのだ。

 二人にとってここは最高に居心地のいい環境であった。日本でウジウジと悩んでいたことが本当にバカバカしく感じるほど、ここでは開けっ広げにすることができた。

 その解放感も手伝って、日本で二人の事など気にかけている人はもういないだろうと、勝手に思い込んでいた。もう自分たちは日本では忘れ去られた存在だと思っていた、いや、そう思いたかったというのが正しいのかもしれない。

 いずれにしろ、二人の中から『日本』が消えていくのにそう時間はかからなかった。

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