空が茜色に染まるころ

如月芳美

第1話 パリ

 木枯らしが吹き始め、この街にも冬の足音が少しずつ聞こえ始めている。

 今日も駅前には背の高い女子高生と神経質そうな眼鏡の男子高校生が立ち、道行く人にビラを配っている。別の駅では他の生徒が同じようにビラを配っているはずだ。

 一カ月ほど前、二人の通う高校の男子生徒二名が突然行方不明になった。

 最初のうちは、クラスメイト達も二人が欠席しているだけだと思っていた。が、それにしては欠席が長すぎる。

 暫くして捜索願が出されていることが彼らの耳にも入って来た。また警察からの協力要請によって個人の聞き取り調査などが始まった為、彼らと親しかった友人たちが集まって少しずつ手掛かりを探し始めたのだ。

 それから一カ月、生徒会が中心になって二人の捜索作戦が展開された。メールやLINEを使って呼びかけたり、二人の行きそうなところに探しに行ったり、独自に作成したビラを持ってあちこちの駅で配るなどして情報提供を求めた。

 今朝も登校前に少しでもビラを配っておきたくて、LINEで待ち合わせた二人が七時半から学校の最寄り駅に立っている。

「おい山根やまね、そろそろ八時だよ」

 男子の方が銀縁眼鏡を押し上げながら、女子の方に声をかける。

「いい加減学校行かないとあたしたちが遅刻になっちゃうね」

 女子の方は黄緑色のマフラーに顔を半分埋もれさせながら、カバンを持ち直す。

「行こう」

 二人は残ったビラを配りながら学校に向かって歩き出した。

坂田さかた君たちどこ行っちゃったんだろう?」

「ああ、変な事件とか巻き込まれてなきゃいいけどな」

 重い沈黙が爽やかな筈の朝の空気を支配する。この重さに耐えかねて、男子生徒の方が殊更明るく話しかけた。

「山根、期末テストどうよ?」

「なんかもう数学とか絶望的。先生の話、宇宙語にしか聞こえないし。水谷みずたに君は楽勝でしょ?」

「まあ俺はそうだけどさ……坂田が居ないと張り合い無くてさ。あいつがいつもダントツ一番で居てくれるから、俺のやる気に火が付くってのにさ。ライバルのいないテストなんかクソ面白くもねえよ」

 自慢しているわけではない、本気でそう思っているのだ。山根と呼ばれた女子生徒の方もそれが判っているので、「そーだよね」と自然に受けている。

 どんな話題に振ってもどうしても彼らの話に戻ってきてしまう。そして再び重い沈黙に包まれる。二人は溜息をつきながら学校までの道のりを歩く。

「山根ちゃん、水谷君!」

 校門の前まで来て、後ろから二人を呼ぶ声が聞こえた。

「おー、田野倉たのくら、おはよう」

「田野っちおはよ。どうしたの、そんな顔して」

 田野倉と呼ばれた太めの女の子は、今にも泣き出しそうな顔をしながらスマートフォンの画面を見せてきた。

「家出る前に、ニュース見たんだけど……パリのジャズクラブ襲撃事件」

「ああ、見た見た。無差別にマシンガンぶっ放して五十人殺傷だろ?」

「六十九人だって。死者五十二人に増えたらしいの。その中に日本人らしい名前が二人……」

 田野倉が半べそになりながら、スマートフォンの画面を拡大した。

「この名前、見て……」

 そこには見慣れた名前が仲良く二つ並んでいた。


 Kazuya Saiki

 Yuya Sakata


「うそ……」

 膝から崩れていく山根を咄嗟に支えた水谷は、信じられない様子で自分のスマートフォンを出して確認する。田野倉のそれと同じ画面が容赦なく突き付けられ、脚の力が抜けていく。

 校門の前でへたり込む二人と泣きじゃくる田野倉を、校舎から出てきた教師が中に誘導する。二人の持っていたビラが、枯れ葉と共に風に飛ばされていく。

 次第に登校してきた生徒たちに情報が知れ渡り、学校中が「まさか」で覆われていく。警察が来て、報道関係者が次々に集まり、生徒たちは一旦下校することになった。

 ジャズクラブで働いていた従業員が、問題を起こして解雇されたことに腹を立て、オーナーを逆恨みした事で起こった無差別な犯行だった。銃の乱射の中、二人はお互いを庇い合うようにして倒れていたそうだ。


 数日後、二人は無言の帰国を果たした。クラスメイト達は皆、突然の友人の死にただ混乱するしかなかった。

 だが、警察はもっと混乱していた。司法解剖の結果、とんでもない事実が発覚したからである。

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