第2話 斉木と坂田

「おい、これお前の?」

 坂田が顔を上げると、そこには背の高い男子生徒が立っていた。

「あ、うん、ありがとう」

 落とした消しゴムを拾ってくれただけだった。そいつが誰なのかも坂田は知らなかった。

「俺、斉木さいき。お前は?」

 斉木は特に興味も無さそうに言うと、坂田の前の席に座った。

「僕は坂田」

「中学何処よ」

「え……ここら辺じゃないから。引っ越して来たばっかで」

「へー」

 入学したてでお互い誰もわからない状況の教室では、坂田にとって引っ越して来たばかりだと言うハンデは全くハンデにならなかった。それぞれが皆『知らない人同士』であり、極稀に同じ中学出身らしい連中が盛り上がっているのが見られる程度である。

 教室の席は名簿順に並んでいて、斉木のすぐ後ろが坂田なのは納得のいく話ではあったが、背の低い坂田にとっては目の前の斉木がとても背が高いことは少し迷惑でもあった。が、どうせこれも最初のうちだけなのであろう、直ぐに席替えをするのは目に見えている。

「なあ、坂田」

 いきなり斉木が後ろを振り返った。

「ん?」

「お前、中学ん時、何部だった?」

「僕は美術部だよ。斉木は?」

「俺は吹奏楽部」

 坂田には少々意外だった。斉木は背も高いしスポーツマンっぽい雰囲気がある。サッカー部やテニス部辺りにしか見えない。

「また美術部入んの?」

「ここ、美術部無いらしいよ」

「あ、そっか。じゃ、どーすんの?」

「どうしようかな……」

 そう言って俯く坂田は一見すると女子に見間違えるほど可愛らしい感じがする。背も小さく眼元もクリッとしていてキュートな感じだ。背が小さいせいか、声も高めだ。声変わりが済んでいないのかもしれない。

「特に考えてないなら、お前も吹奏楽部入んね?」

「僕は音楽なんてやった事無いから」

「俺が教えてやるよ」

「え?」

 坂田は少々腰が引けた。初対面の斉木が思いがけずフレンドリーで、どう切り返していいのかわからなかったからだ。

「ん~、考えとく。ってゆーか、斉木、何の楽器やってんの?」

「パーカス」

「え?」

「打楽器だよ」

「ふーん」

 坂田にはあまり興味が無かった。実は小さい頃にピアノを無理やり習わされていたのだ。自分の意思でやっていたわけではない単調な練習は、ちっとも楽しいものでは無かった。故に、音楽が楽しいものだとはどうしても思えないのだ。

 不意に教室のドアが開いて先生が入って来た。

「これから学年集会があるので体育館に集合。名簿順に並んでおくように」

 それだけ言うと先生は再び出て行く。先生の名前をちゃんと憶えている人はこの中に何人いるのだろうか。

「行こうぜ」

 斉木は当たり前のように坂田に声をかけた。特に断る理由も無い坂田は「うん」と言って立ち上がった。

「斉木、デカいな」

「あー俺、百八十四センチ」

「僕は百五十九センチだよ。せめて百六十は欲しかった」

 体育館へ行くまで、二人は他の生徒たちの好奇の目に晒された。それはそうだろう、二十五センチ差の凸凹コンビが仲良く歩いているのだ。更に言えば大きい方はかなりの美男子で女子の視線を独り占めしているし、小さい方は小さい方で下手な女子よりもキュートで可愛らしい顔立ちである。女子の制服を着ていないのが不思議なくらいだ。

 この二人が半年後に一緒に命を落とすことになろうとは、この時誰も予測などしていなかった。勿論本人たちも。

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