第31話 図星

「お前ホントに大丈夫?」

「うん」

 エアコンの風にアロカシアの葉が揺れている。この場所は風が当たって、植物を置くには良くないのではないかと坂田はぼんやり思う。

「水谷に何か言われたのか?」

「……水谷は、僕が何者か知ってるよ」

 コーヒーをカップに注ぐ斉木の手が止まる。

「認めたのか?」

「勿論白を切り通したよ。だけど、決定的にバレた」

「なんで?」

 坂田が溜息をついて、ゆっくり口を開いた。

「……胸、掴まれた」

「え? はあぁぁぁ? あの変態野郎!」

「お前が言うか?」

「いいんだよ俺は! 何、あの対局の時か?」

「うん」

「ちっくしょー、俺もあの部屋に残れば良かった。お前もう水谷に近寄んな」

 斉木は文句を言いながらコーヒーを二つ持ってきて、坂田の横に座る。

「違うんだ。水谷は……なんて言ったらいいかな、僕たちの……うーん、多分今の斉木には何をどう言ったところで正確に伝わらないと思うから、今は言わないでおく」

「なんだよそれ」

 斉木が口を尖らせる。普段大人びて見える斉木もこんな表情をするとまだ子供だな、と坂田は心の中で苦笑いしてしまう。

「僕の胸を触ったのは、坂田優弥ゆみであることを認めさせるためだけだよ。別に変な下心じゃない」

「そんなのわかんねーだろ」

「ほら。何をどう言ったところで斉木には先入観があるから伝わらない。だからこれ以上は話さない。良くない印象を植え付けるだけで、お互い不幸なだけだよ」

 静かにコーヒーを口元に運ぶ坂田を見て、斉木は指された図星の回収の仕方に悩む。確かに坂田の言う通りだ。斉木は水谷を警戒しているから、坂田が何を言ったとしても確実に好意的には受け取らない。そこを既に坂田に読まれている。

「まあ、確かにそうだけど……」

「斉木の先入観が無くなったら話すよ。それまでお預け」

「そんなこと言ったって、お前、水谷と最近仲いいから……」

「は? 何それジェラシー?」

 坂田が笑うと斉木がますます口を尖らせてそっぽを向く。

「別に!」

「バカだな斉木は。あれがお前だったら僕の方から続きを誘ってるよ」

 坂田が斉木の手を握り、自分の胸元に誘導する。斉木は坂田の熱っぽい視線に射抜かれ、そのまま彼をソファに押し倒すと、首筋に顔をうずめる。

「水谷は僕にこんな事できないだろ?」

「ちくしょ、俺、弱えぇなぁ、マジで」

 間接照明に浮かび上がる二つの影が一つに重なった。



 薄暗い部屋に細く白い肩が際立っている。そこから延びる華奢な手は、斉木の黒髪を大切なもののようにしっかりと抱き締めている。

 鎖骨の辺りにチクリとした僅かな痛みと共に、また紅色の花弁が一枚残される。

 つい声を漏らしてしまった坂田が恥ずかし気に顔を逸らす。そんな『彼』が可愛くて、ついつい斉木はいくつもその跡を残したくなるのだ。

「なぁ。さっきの水谷の話、教えろよ。あいつの目的は何なんだ?」

 斉木は坂田の頬を撫でながら優しく尋ねる。もう先程のような嫉妬の色は感じられない。

「水谷は、僕が坂田優弥ゆみであることを確認したかっただけなんだ。僕たちの関係も知ってた。あいつ頭良いからすぐにわかったんだろうな。僕たちの邪魔をする気はないと言ってたよ。……それでも僕が素性を隠し通すのはとても難しい事だから、だから二人でどうにもならなくなった時は自分に相談してくれって。力になりたいって申し出てくれたんだよ」

「そっか……」

「僕は水谷の言葉は信用できると思った」

 斉木は坂田の耳元に顔を寄せると「わかった」と囁いてその耳朶を唇で挟む。

「向こう、行こうぜ」

 斉木は坂田の返事を待たずに彼を抱き上げ、そのまま二人でベッドルームへと消えていった。

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