第41話 策略家

 杉本が大慌てで出ていくと、再び水谷は生徒会室に鍵をかけた。

「坂田、大丈夫か? 怪我は?」

 ぼんやりと起き上がれずにいる坂田を抱き起こし、手を伸ばしてカッターシャツを手繰り寄せる。

「早く着替えろ。そんな恰好されてたら、今度は俺が変な気起こすぞ」

 言いながら水谷は斉木に生徒会室に来るようにメールする。坂田を見ていると本当に変な気を起こしそうだったからだ。

 華奢な肩、白い首筋、細い腕、滑らかな脚、透き通るような肌、形の良い乳房、どれをとっても男にしておくには惜しいほどの美しさだった。

 目を逸らしたままの水谷に、坂田がやっと口を開く。

「水谷、ありがとう」

「いや……それより手首大丈夫か? この前の傷、開いてないか?」

「……うん。大丈夫」

 やっとシャツのボタンを留め始めたころに斉木がやってきて、ドアをドンドンと叩いた。

「どうした? 二人で何やってたんだよ」

「レイプ未遂とリベンジポルノ予告による恐喝」

「はぁ?」

 水谷が順を追って説明すると、斉木の表情がだんだんと険しくなっていく。

「杉本、あいつぶっ殺してやる」

「まぁ落ち着け。その為に脅しておいたんだ。妙な動きしやがったら、俺がちょっとスマホをチラつかせてやれば大人しくなる筈だ。あいつが坂田に少しでも近寄ったら、耳元で『ブナシメジ』って言ってやれ。ビビり上がって逃げる筈だよ」

「ブナシメジは傑作だな」

「だろ?」

 斉木と水谷が黒い笑いをしていると、横から坂田が心配そうに割り込んで来る。

「でも、杉本が被害届を出すかもしれないよ。『自分の局部の写真を撮られて、学校中に拡散すると言って脅されている』って言いだすかもしれないし。事の発端に関して僕が公にしたくない事を知ってるから、僕が何も言えないと思って自分の被害にすることも考えられる」

「そこまであの筋肉バカが頭回るか? お前らとは根本的に脳の作りが違うぞ? 俺も杉本の事は言えないけど」

 斉木が訝しげに言うと、水谷はニヤリと笑って自信満々にスマートフォンを振って見せ、傍のパイプ椅子を引いて腰かけた。

「ああ、あんな筋肉バカと脳の作りを一緒にして欲しくないね。被害届、出すなら出してもらって結構だ。杉本の証言に基づいて俺のスマホや自宅のPCを調べられても何も出て来ないよ。あいつの妄想で片付けられる。俺の方が名誉棄損で訴えてやる」

「データは消しても残るんだぞ? 復元できることくらい水谷も知ってるだろう?」

 慌てる坂田に対して、水谷は落ち着き払っている。

「ああ、当然知ってるよ。勿論、データは消しても消えたように見えるだけでいくらでも復元できる。でもな、最初から存在しないデータは復元のしようがない」

「存在しない?」

「撮ってないんだよ、写真。シャッター音をさせただけ」

 水谷が悪戯っぽく笑う。斉木と坂田はあんぐりと口を開いたまま、水谷の黒い笑いをただ見つめるだけである。

「コイツ……とんでもねー策略家だな」

 確かに、あの短い時間でそこまで計画したのなら、とんでもない頭脳の持ち主というべきであろう。だが、その頭脳は更に先の事を考えていた。

「でもな、杉本がいくらブナシメジをばら撒かれたくないと思っていても、どこからか漏れるもんだよ。坂田は少し覚悟しておいた方がいいかもしれない。カミングアウトも視野に入れて、な」

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