第40話 生徒会室 ※
放課後、坂田は山根の代わりに生徒会室に1年B組の文化祭の出し物の申請に行った。と言っても、用紙に書き込んで来るだけだ。
生徒会室の机の上には申請用紙があって、1年B組以外は全部埋まっていた。先週までに全クラスが決まっていたところを見ると、山根がみんなに働きかけて斉木と坂田が登校してくるのを待ってくれていたのが判る。坂田はそんなクラスメイトたちに心の底で感謝した。
坂田が空いたままの1年B組の欄に、幼少のころから習字で鍛えた達筆で『迷路』と書き込んで鉛筆を置くと、ちょうど生徒会室のドアが開いて1年C組の杉本が入ってきた。
「よぉ坂田、こんなとこで何やってんだ?」
「うちのクラスの登録」
「何やんの?」
「迷路だよ」
「ふーん」
「じゃ、お先」
坂田が杉本の横を通り過ぎようとして、いきなり上腕を掴まれる。
「何?」
「お前斉木とどーゆー関係?」
「は?」
杉本はラグビー部で縦にも横にもガタイがいい。体重だけなら坂田の倍はあるだろう。腕も坂田のウエストくらいの太さがありそうだ。
「お前ゲイなんだろ?」
「おいおい、冗談止せよ」
杉本の絡みつくような視線に生理的な嫌悪を感じて、坂田は急いで生徒会室を出ようとするが、腕を掴む力にそこから一歩も動けない。
「なんだ、違うのか。斉木とデキてんのかと思ったぜ。違うんなら何にも問題ねーよな?」
「何が?」
「俺はどっちもアリなんだよ」
「え?」
「バイ」
次の瞬間、坂田の視界は大きく揺れ、ゴンという鈍い音と共に後頭部に鈍痛が走る。ふっと意識が遠のき、杉本の顔が近づいてくるのが最後に見えた。
押し倒された勢いで後頭部を強打した坂田が、脳震盪を起こして意識を失っている間に、杉本は自分の性的欲求を満たす為に坂田の制服を剥いでいた。
杉本は入学した当初から、他の男子にはない中性的な色気を坂田に感じていた。いつかモノにしてやると狙っていたところにチャンスが舞い込んだのだ、これを逃す手はない。
だが、杉本は制服のカッターシャツを剥がした時点で妙な事に気づいた。――こいつはTシャツの下にも何かを着ている?
Tシャツをも剥がすとそこにはサラシを巻いた『女性の上半身』があった。
――ちょっと待て、何だこれは?
杉本はパニックになり、坂田の制服のズボンを引きずり下ろした。男性用の下着を付けている。が、その腰も脚もどう見ても女性のそれである。
「嘘だろ……」
杉本が事の真相を確かめようと、サラシに手を掛けたところで坂田が目を覚ました。
「痛……」
杉本は手を休めない。
「……わっ……杉本! 何!」
「静かにしろよ」
杉本は左手一本で坂田の両手首をまとめて掴むと、坂田の頭の上で固定する。
「やめろ、放せ!」
「お前、女だったのかよ」
「放せ、畜生!」
サラシを解くと明らかに女性としか思えない上半身が現れた。
「へえ……じゃあ、斉木とはホモダチじゃなくて、フツーにノーマルな関係だったわけかよ」
「うるせえ、放せこの野郎!」
「勝手に喚いてろよ。俺はバイセクシュアルだって言っただろ? お前が女でも大歓迎なんだよ」
「畜生! 放せ! くそっ!」
その時、生徒会室のドアが開いた。坂田も杉本もハッとして顔を上げる。
「おやぁ? お取込み中だったようだな。出直そうか?」
――水谷!
「よぉ、水谷、そこ鍵閉めろや。お前にもいいもん見せてやるよ」
「鍵か? ああ、わかった」
――何故だ、水谷? なんでコイツの言うことを聞く?
ドアに鍵をかけた水谷がこちらにやって来る。
「見ろよ、坂田の野郎、こんな身体だったらしいぜ。これは特別に内緒にしといてやんねーとダメだよなぁ?」
杉本が厭らしくニヤついている。その顔を見て坂田は吐き気がしてくる。
「へぇ、これはこれは。そうだな、みんなには内緒にしといてやろう」
「だけど、内緒にしといてやる代わりに、ちょっと報酬は欲しいよな?」
「それは名案だな。俺も報酬が欲しい」
――水谷、本気で言ってるのか?
「水谷は俺の後でいいか?」
「ああ、いいよ。俺は写真撮らせてもらう。後でゆっくり一人で楽しめるからな」
そう言って水谷はポケットからスマートフォンを出してくる。坂田はそれを見て絶望的な気持ちになる。坂田の体の状態を知っている筈の水谷だけは、助けてくれると思っていたのに。
「早くやれよ。俺はシャッターチャンスは逃したくない」
促されて杉本は自分の下半身を出してくる。そそり立つそれを見て坂田は恐怖のあまり気が遠くなる。杉本が坂田の下着に手をかけた瞬間、水谷が「ちょっと待て」と言い出す。
「お前、いきなりじゃ坂田が気の毒だ。少しくらい気持ち良くしてやれよ。お前セックスもしたことないのか?」
「何?」
「胸くらいしゃぶってやれよ」
「えっ?」
杉本は坂田を押さえつけて馬乗りになったまま水谷を見て呆然と固まった。あの優等生の水谷から出たセリフとは思えなかったからだ。
「み、水谷、なかなか言うねぇ」
「やるのかやんねーのか、さっさとしろよ」
「焦んじゃねーよ」
言いながらも一番焦っている杉本が、おもむろに坂田の白い胸元に顔を寄せる。あまりの気持ち悪さに坂田が顔を背ける。途端に、水谷のシャッター音が響き、杉本がハッと顔を上げる。
「なんだよ水谷、おどかすなよ」
「だからシャッターチャンス狙ってるって言っただろ? 今の杉本の顔、最高にエロかったぜ。変態そのものだ。今晩の俺のオカズにさせて貰うわ」
「は?」
「お前のそのビビり上がって萎えちまったブナシメジも俺のオカズにくれよ」
シャッター音が連続して響く。
「いいねー、杉本。ガタイが良い割にブツはショボいな。最高だ。『粗チン萌え』って知ってるか?」
「ちょ……何言ってんだ、水谷?」
「さ、俺はもう十分すぎるほど報酬はいただいたから坂田の事は内緒にしといてやるよ。杉本はいつまでやってんだ? お前が帰らないと生徒会室閉めらんねーんだけど?」
水谷の黒い笑いに完全に竦み上がった杉本は、自分のモノを仕舞って慌てて出て行こうとする。
「俺はもういいわ。帰る」
「待てよ」
水谷の横を通り過ぎようとした杉本の上腕を、今度は水谷が掴む。下から見上げた水谷が、低い声で凄む。
「お前も約束しろ。坂田の事は誰にも言わない。いいな?」
「い、言わねえよ」
「言ったらどうなるか判ってるな?」
「……どう……なるんだよ?」
百九十センチ近くある杉本が百七十センチそこらの水谷に迫力で押されている。
「お前が女の胸をしゃぶろうとしてるド変態アヘ顔写真と、顔までバッチリ入ってるお前のショボいブナシメジ写真、俺が持ってんだぜ?」
口の端で笑う水谷に、杉本が愕然と目を見開く。
「て……てめえ、そのスマホ寄越せ」
「バカか? とっくに家のPCに転送したよ。スマホのデータだけ消したって、PCから全校生徒に送信できる」
「水谷……」
完全に青ざめた杉本が、怒りに震えている。
「お前以外の誰かの口からでも坂田の事が漏れたら、その犯人が誰であれお前の仕業と見做して写真は一斉送信されるものと思え。それが嫌なら、少しでもそんな噂が流れないようにせいぜい神に祈っとけ。わかったな」
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