第4話 青箱三番
「坂田の存在マジ助かってる」
「は? 何が?」
「自慢じゃねーからな、勘違いすんなよ? 俺、一人で歩いてると女子に囲まれんのよ。正直ウザいんだよな。キャーキャーとうるせーし」
「女子嫌いなの?」
「ちゃうちゃう、物静かな子が好みなの。そういう子って肉食系の陰に隠れちゃってるじゃん? お前どーよ? どんな子が好み?」
いきなり話を振られて坂田はオドオドする。
「えっ、あー、まあそうだな、特にこれと言って無いかな。フィーリングかな」
「坂田が女だったらいいのになー。俺、お前みたいなの好み」
「ホモかよ」
「ちっげーよ。お前が女だったらつってんだろ」
「ビミョーだよ」
二人は肩を並べて歩きながらゲハゲハと笑う。
「お前さ、言いたくなければ言わなくていいんだけどさ……」
突然斉木が声を落とす。坂田が見上げると、斉木はやや心配げな目を坂田に向けた。
「どっか体、悪いの? 何か病気とか?」
「なんで?」
「体育、見学する事多いし」
「病気って訳じゃないけど、ちょっと体弱いかな」
「ふーん……。いや、特に病気でなければいいんだけどさ。病気とかで身長伸びなかったりするのかと思って」
「そんなんじゃないよ」
「ん。そんならいいんだ」
暫くどちらも何も言わずに歩く。雑踏に紛れていてもこの凸凹な二人は目立っているに違いないと、二人とも心の底で笑っている。足元をウロウロしているたくさんの鳩はどれも似たような感じで見分けがつかないというのに、全く同じ制服を着た斉木と坂田がこれだけ違うのが何だか笑えてくる。
ふと、斉木が「ここ」と言って、一軒のビルに入って行く。坂田が慌てて後を追う。身長が二十五センチ違うのだ、当然、一歩の歩幅も全然違う。坂田は斉木について行くだけでも結構必死なのだ。
斉木はしょっちゅう来ているのか、勝手知ったる我が家に入って行くかのように、全く迷うことなく真っ直ぐエスカレーターに向かう。
「ここ、初めてだよ」
「そーなん? 二階がキーボードとピアノ、三階が管楽器、四階が打楽器、五階が弦楽器なんだよ。俺は三階と四階ばっかだけどな」
三階で降りると、「こっち」と言って斉木が坂田を案内する。ショーケースの中にはたくさんの金ピカに輝く楽器が並んでいて、坂田はただ目を白黒させている事しかできない。
「なあ斉木、あれ、あの太ったトランペットみたいなヤツ、あれ何?」
「んあ~? ああ、フリューゲルだよ。フリューゲルホルン。大体トランペットの1stが持ち替えするなぁ。柔らかい音がするんだよ。ハーブ・アルパート辺りが吹いてんの聴くといいよ。ファンダンゴくらい知ってんだろ?」
「……知らない」
「今度貸す。ウチにCDがある」
「え? CDなんてまだあるの?」
「俺んちCDが万単位である」
「マジか。斉木んちって何屋さんなんだよ」
「親父はスタジオミュージシャンだよ」
「なーる……」
「あ、あった。これ」
斉木が小さなネイビーの箱を引っ張り出してくる。
「これはバンドレンだけど、他にもリコとかあるし」
「何これ」
「リードだよ」
斉木は箱に書いてあるリードの厚さ表示を見せる。
「坂田はバンドレンのトラディショナル使うといいよ、この青箱な」
「今日は金持ってないよ」
「俺が使うから買うんだよ。お前は必要な時に買えばいいから、今日はどこに何が売ってるかとか、どんなの買ったらいいかとか、そんなこと憶えて帰ればいいんだよ」
斉木は笑いながらバンドレン青箱の三と三ハーフを選ぶ。
「マッピパッチってのはこれな。シールになってんだよ。大体こうやって四枚セットで売ってる。ちゃんとテナーの確認しろよ」
「うん」
「じゃ、ちょっと買ってくるわ」
斉木のすらりとした後ろ姿を眺めながら、坂田は不思議な気分でいた。何故か斉木が気になるのだ。友達以上の何かを感じる。それが何かと言われると自分でもわからないのだが。
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